【いろは歌地獄旅~みんなの歌~】
文字数 1,848文字
怒りが音楽を奏でる。
血管を破り、皮膚を裂き、骨を砕く、とてつもなく激烈な音楽を。感情が音を立ててうねる。そこにあるのは、純粋な想い。
最後に立ち尽くしている者、それこそが勝者。途中、どんなに敗北の土を舐めさせられようと、最終的に勝てば、それは勝利に他ならない。敗北などなかった。
ぼくに名前などない。少なくとも世間ではそう思われている。今頃、ぼくの存在を明白にしようと動いている人間はたくさんいることだろう。だから何だというのだ。ぼくが『歌った』ことがそんなにマズかったというのか。いや、ぼくがヤツラを『歌わせた』のか。
夜がそこにある。だが、ぼくにとってはそれが夜明けに見えたのは事実だった。というのは、ヤツラにとっての昼が、ぼくにとっての夜でしかなかったということだ。
弾ける音がバッキング・トラックだった。背景音、バックグラウンドミュージック。それらは打ち付ける音とせせら笑う声だった。
ヤツラは歌っていた。非常に楽しそうに。ぼくは全然楽しくなかった。むしろ苦痛だった。肉体と精神を楽器にされる気分は最悪だった。挙げ句の果てには、母が作った弁当までもをメリスマにする始末。弁当箱の白いキーノートに黄色いメロディを打ち込むのは楽しかったか。
ぼくは耐えられなかった。
自分のことならまだマシだった。耐えられるだろう。そう思った。だが、そこに誰かの感情が入り込むことだけは耐えられなかった。
だからぼくは動いた。
ぼくは打楽器奏者。学生鞄に『バチ』を仕込んだ。先端に金属の槌がついたバチ。それを仕込んでいると、不思議と自分が強くなったような気がした。
出来る。
ぼくなら絶対に出来る。そう思った。
朝、いつもの空間。ぼくは鞄を机の上に置く。と、やはりいつものクルーがやって来る。笑い声を奏でながら。
皮膚を押す音、小突く音、衣擦れする音。またもやぼくに無断でセッションを始める。
だからぼくは鞄から『バチ』を出した。
そこからは殆ど何も覚えていない。夢中だったから。意識が介入する余地などなかった。ただ、この時ばかりは、ぼくも彼らのセッションのメンバーだったということだ。
ぼくは先が赤黒く染まった『バチ』を片手に佇む。床にはぼくを歓迎するレッド・カーペットが敷かれている。メンバーはグッタリしている。ハードな演奏だったから。
オーディエンスが甲高い歓声を上げる。中には涙を流す者もいる。みんな総出のスタンディング・オベーション。いつもは見てみぬ振りか、今日のセッション・メンバーのセッション中、遠巻きにインプロをしているというのに、今日はぼくの演奏に顔を青くしている。
ぼくは笑っていた。ここちよい気分。これがライヴの爽快感なのだろう。
風が吹いた気がした。気持ちのいい風。風がぼくの前髪をヒラリとなびかせる。自惚れで申しワケないけれど敢えていうと、今のぼくはきっとカッコイイ。イケている。そう思った。
ふと、先生が現れる。いつもは無関心を装っている先生も、今日のぼくの演奏にはとても感動したようで、思わずことばを失っている。
ぼくが歩くとみんな道を開けてくれた。まるで、卒業生を送るために在校生が作る花のアーチのようだった。
そして、ぼくは半ば強引にスカウトされた。白と黒の車に乗ったネイビーの制服を着たスカウトマンは、ぼくを遠巻きに見つつ、ぼくにスカウトのことばを掛ける。
ぼくはそれを受け入れた。
だから今、ぼくはここにいる。
最高の演奏をしたぼくは今や全国に名を轟かす有名人。だが、世間はぼくの名前を隠そうとする。素晴らしいアーティストも未成年であればプライバシーは守られるべきとのこと。
だが、関係ない。
ぼくが有名になるのはもはや時間の問題だろう。『事務所』の人間が来た。何でもこれから『打ち合わせ』が始まるらしい。きっと長丁場になるだろう。だが、それも仕方がない。だって、ぼくは一流のアーティストなのだから。
案の定、『打ち合わせ』は長丁場となった。その場で、あの時のセッション・メンバー全員がこの世をクビにされたと知らされた。まぁ、仕方がないだろう。
アイツら、みんなして下手くそだったから。存在がノイズだったし、キャンセラーに掛けられたところで何も驚かない。
こういう結果に終わったことに関して、人はとやかくいうだろう。
だが、後悔はない。
後悔などあるはずがない。
だって、ぼくは『みんなの歌』を奏でた、本物のアーティストなのだから。
ぼくの人生は『シ#』に突入した。
血管を破り、皮膚を裂き、骨を砕く、とてつもなく激烈な音楽を。感情が音を立ててうねる。そこにあるのは、純粋な想い。
最後に立ち尽くしている者、それこそが勝者。途中、どんなに敗北の土を舐めさせられようと、最終的に勝てば、それは勝利に他ならない。敗北などなかった。
ぼくに名前などない。少なくとも世間ではそう思われている。今頃、ぼくの存在を明白にしようと動いている人間はたくさんいることだろう。だから何だというのだ。ぼくが『歌った』ことがそんなにマズかったというのか。いや、ぼくがヤツラを『歌わせた』のか。
夜がそこにある。だが、ぼくにとってはそれが夜明けに見えたのは事実だった。というのは、ヤツラにとっての昼が、ぼくにとっての夜でしかなかったということだ。
弾ける音がバッキング・トラックだった。背景音、バックグラウンドミュージック。それらは打ち付ける音とせせら笑う声だった。
ヤツラは歌っていた。非常に楽しそうに。ぼくは全然楽しくなかった。むしろ苦痛だった。肉体と精神を楽器にされる気分は最悪だった。挙げ句の果てには、母が作った弁当までもをメリスマにする始末。弁当箱の白いキーノートに黄色いメロディを打ち込むのは楽しかったか。
ぼくは耐えられなかった。
自分のことならまだマシだった。耐えられるだろう。そう思った。だが、そこに誰かの感情が入り込むことだけは耐えられなかった。
だからぼくは動いた。
ぼくは打楽器奏者。学生鞄に『バチ』を仕込んだ。先端に金属の槌がついたバチ。それを仕込んでいると、不思議と自分が強くなったような気がした。
出来る。
ぼくなら絶対に出来る。そう思った。
朝、いつもの空間。ぼくは鞄を机の上に置く。と、やはりいつものクルーがやって来る。笑い声を奏でながら。
皮膚を押す音、小突く音、衣擦れする音。またもやぼくに無断でセッションを始める。
だからぼくは鞄から『バチ』を出した。
そこからは殆ど何も覚えていない。夢中だったから。意識が介入する余地などなかった。ただ、この時ばかりは、ぼくも彼らのセッションのメンバーだったということだ。
ぼくは先が赤黒く染まった『バチ』を片手に佇む。床にはぼくを歓迎するレッド・カーペットが敷かれている。メンバーはグッタリしている。ハードな演奏だったから。
オーディエンスが甲高い歓声を上げる。中には涙を流す者もいる。みんな総出のスタンディング・オベーション。いつもは見てみぬ振りか、今日のセッション・メンバーのセッション中、遠巻きにインプロをしているというのに、今日はぼくの演奏に顔を青くしている。
ぼくは笑っていた。ここちよい気分。これがライヴの爽快感なのだろう。
風が吹いた気がした。気持ちのいい風。風がぼくの前髪をヒラリとなびかせる。自惚れで申しワケないけれど敢えていうと、今のぼくはきっとカッコイイ。イケている。そう思った。
ふと、先生が現れる。いつもは無関心を装っている先生も、今日のぼくの演奏にはとても感動したようで、思わずことばを失っている。
ぼくが歩くとみんな道を開けてくれた。まるで、卒業生を送るために在校生が作る花のアーチのようだった。
そして、ぼくは半ば強引にスカウトされた。白と黒の車に乗ったネイビーの制服を着たスカウトマンは、ぼくを遠巻きに見つつ、ぼくにスカウトのことばを掛ける。
ぼくはそれを受け入れた。
だから今、ぼくはここにいる。
最高の演奏をしたぼくは今や全国に名を轟かす有名人。だが、世間はぼくの名前を隠そうとする。素晴らしいアーティストも未成年であればプライバシーは守られるべきとのこと。
だが、関係ない。
ぼくが有名になるのはもはや時間の問題だろう。『事務所』の人間が来た。何でもこれから『打ち合わせ』が始まるらしい。きっと長丁場になるだろう。だが、それも仕方がない。だって、ぼくは一流のアーティストなのだから。
案の定、『打ち合わせ』は長丁場となった。その場で、あの時のセッション・メンバー全員がこの世をクビにされたと知らされた。まぁ、仕方がないだろう。
アイツら、みんなして下手くそだったから。存在がノイズだったし、キャンセラーに掛けられたところで何も驚かない。
こういう結果に終わったことに関して、人はとやかくいうだろう。
だが、後悔はない。
後悔などあるはずがない。
だって、ぼくは『みんなの歌』を奏でた、本物のアーティストなのだから。
ぼくの人生は『シ#』に突入した。