【明日、白夜になる前に~漆拾漆~】
文字数 1,092文字
「元気そうで良かった」
ぼくはこころの底から彼女にそういった。だが、彼女はややうつむき加減になって複雑そうに顔を歪めながら、うんと頷くだけ。それもそうだろう。多重人格という想像もつかないーー当事者としてもどういうモノかわからないであろうし、そこから離れた人間にはそれがどんなモノか理解出来るはずがない。
ぼくは自分の発言のデリカシーのなさを後悔した。だが、ぼくから彼女に掛けられることばなど、他に何もなかった。
「ごめん......」
「ううん、全然大丈夫」彼女はとても大丈夫そうでない様子でいう。「大丈夫だから......」
それはまるで自分自身にいい聴かせているようにも思えた。ぼくを制するには、力強さが圧倒的にない。やはり不安が彼女の胸の中で渦巻いている。きっと、そこにあるのは、いつ明けるかわからない無限の闇。彼女は今、きっと『カスミ』という強大な闇の中で自分がどうなるか、その行く末に怯えている。
そんな時、ぼくはーー
「不安?」訊ねた。
彼女は依然としてうつむいたままま、曖昧に頷いて見せた。
「そうだよね。そっかぁ......」
ことばなど続きはしない。いや、続けようと思えば続けられる。だが、それには多大な勇気が必要だった。ぼくは、ここまで何をしに来たのか。時計の針の音が鳴り響く。神経が研ぎ澄まされる。唾をゴクリと飲み込む。目が見開かれる。
「ダメだ......」ぼくは思わず呟く。
「ダメ......?」
「うん......。このままじゃ、ぼくがここまで来た意味がないよ」
彼女がぼくの顔を不思議そうに眺めている。気持ちが昂っていく。自分の気持ちを抑えている堤防は今にも決壊しそうだった。
そして、決壊した。
「あの時、ふたりで新宿の街を歩いていたのを覚えてる?」
「え......?」彼女は考える素振りを見せ、そして微かな笑みを浮かべる。「あぁ......、懐かしいね」
「うん......。あの時さ、こういってたの覚えてる?」ぼくは彼女の反応を伺いながらいう。「その夜が、さ。どんなに暗くても、好きな人が一緒ならまるで白夜になったように明るくキレイに見えるんだよ、って。......ぼくじゃ、その役には相応しくないかもしれない。でも、ぼくは......」
「明日」彼女が口を開く。「明日のことなんて、誰にもわからない。もしかしたら明日は少しはいい調子になっているかもしれないし、ダメかもしれない。でもさ、もしかしたら明日が白夜になるかもしれない。だからーー」
「だから! だから、明日、白夜になる前に、ぼくはあなたを迎えに行きます!明日の夜が、とても美しいモノになるように」
【続く】
ぼくはこころの底から彼女にそういった。だが、彼女はややうつむき加減になって複雑そうに顔を歪めながら、うんと頷くだけ。それもそうだろう。多重人格という想像もつかないーー当事者としてもどういうモノかわからないであろうし、そこから離れた人間にはそれがどんなモノか理解出来るはずがない。
ぼくは自分の発言のデリカシーのなさを後悔した。だが、ぼくから彼女に掛けられることばなど、他に何もなかった。
「ごめん......」
「ううん、全然大丈夫」彼女はとても大丈夫そうでない様子でいう。「大丈夫だから......」
それはまるで自分自身にいい聴かせているようにも思えた。ぼくを制するには、力強さが圧倒的にない。やはり不安が彼女の胸の中で渦巻いている。きっと、そこにあるのは、いつ明けるかわからない無限の闇。彼女は今、きっと『カスミ』という強大な闇の中で自分がどうなるか、その行く末に怯えている。
そんな時、ぼくはーー
「不安?」訊ねた。
彼女は依然としてうつむいたままま、曖昧に頷いて見せた。
「そうだよね。そっかぁ......」
ことばなど続きはしない。いや、続けようと思えば続けられる。だが、それには多大な勇気が必要だった。ぼくは、ここまで何をしに来たのか。時計の針の音が鳴り響く。神経が研ぎ澄まされる。唾をゴクリと飲み込む。目が見開かれる。
「ダメだ......」ぼくは思わず呟く。
「ダメ......?」
「うん......。このままじゃ、ぼくがここまで来た意味がないよ」
彼女がぼくの顔を不思議そうに眺めている。気持ちが昂っていく。自分の気持ちを抑えている堤防は今にも決壊しそうだった。
そして、決壊した。
「あの時、ふたりで新宿の街を歩いていたのを覚えてる?」
「え......?」彼女は考える素振りを見せ、そして微かな笑みを浮かべる。「あぁ......、懐かしいね」
「うん......。あの時さ、こういってたの覚えてる?」ぼくは彼女の反応を伺いながらいう。「その夜が、さ。どんなに暗くても、好きな人が一緒ならまるで白夜になったように明るくキレイに見えるんだよ、って。......ぼくじゃ、その役には相応しくないかもしれない。でも、ぼくは......」
「明日」彼女が口を開く。「明日のことなんて、誰にもわからない。もしかしたら明日は少しはいい調子になっているかもしれないし、ダメかもしれない。でもさ、もしかしたら明日が白夜になるかもしれない。だからーー」
「だから! だから、明日、白夜になる前に、ぼくはあなたを迎えに行きます!明日の夜が、とても美しいモノになるように」
【続く】