【ナナフシギ~伍拾睦~】
文字数 1,106文字
生暖かい風が吹いた。
その風は髪をゆるくなびかせ、肌の体温を0.1℃上げさせた。僅かな水音を立てるプールの水面が、周囲の静けさをより強調していた。ビショ濡れの石川先生が濡れた衣服を乾かすことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。
「センセー、取り敢えず職員室行こうよ。着替えとかあるだろ?」
森永がいった。確かに小学校の教員ともなれば体育の授業も自分で行うことが殆どなので、体育用のジャージくらいならあっても全然可笑しくはなかったし、それにもしイヤでなければ、誰かしらの衣服があるかもしれなかったーーもちろん、サイズが合うとはいわないが。
「うん、ありがとう。でも、どうしよう、こんなビショ濡れじゃ校舎がグショグショ」
「いいよ、そんなの!」森永は叫んだ。「どうせここは普通の学校じゃないんだしさ、濡れたところで何の問題もないよ!」
「うん、でもねぇ......」
「弓永! お前からも何とかいってくれよ! このままじゃおれたちここに閉じ込められて幽霊のエサになっちゃうよ!」
弓永はまるで必死に訴え掛ける森永を嘲笑うかのように鼻で笑って見せた。それが森永の怒りを買ったのはいうまでもなく、森永は弓永の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、何が可笑しいんだよ!」
弓永は森永の手をゆっくりと離そうとした。普段なら腕を極めて脱出するか、乱暴に腕を振りほどくかする弓永にしては珍しかった。そんな穏やかな様子の弓永に、森永は流石に驚いたようで、力強く掴んでいた胸ぐらもゆっくりスルリと離した。
「今、音楽室だってさ」弓永はいった。「祐太朗たち」
「......は?」流石に森永も弓永のことばの意味を理解しかねたようだった。「お前、突然何だよ。そんなこと、どうしてーー」
「どうしてか、何て説明してもどうせ信じねぇだろ?」
少々皮肉っぽく、弓永はいった。石川先生も弓永がどうしてそういい出したのか、理解が追いついていないようで、不思議そうな表情を浮かべて弓永のほうを眺めていた。森永は呆然としていたが、また姿勢を正すようにして口を開いた。
「......何の説明もなくてわかるかよ。で、どういうことなんだよ?」
「テレパシーだよ」
弓永は自信満々の笑みを浮かべていった。森永と石川先生がそのことばの意味を計りかねたのはいうまでもなかった。
そもそもテレパシーとは、早い話が遠く離れた人が、遠く離れた誰かに念でメッセージを送るといういってしまえば超能力である。そんなことをクラスメイトが出来るなんて聞かされて、信じられるほうが珍しい。だが、弓永にいった手前、森永は素直だった。
「......で、鈴木は何て送って来たんだよ」
弓永はうっすらと笑った。
【続く】
その風は髪をゆるくなびかせ、肌の体温を0.1℃上げさせた。僅かな水音を立てるプールの水面が、周囲の静けさをより強調していた。ビショ濡れの石川先生が濡れた衣服を乾かすことも出来ず、ただ立ち尽くしていた。
「センセー、取り敢えず職員室行こうよ。着替えとかあるだろ?」
森永がいった。確かに小学校の教員ともなれば体育の授業も自分で行うことが殆どなので、体育用のジャージくらいならあっても全然可笑しくはなかったし、それにもしイヤでなければ、誰かしらの衣服があるかもしれなかったーーもちろん、サイズが合うとはいわないが。
「うん、ありがとう。でも、どうしよう、こんなビショ濡れじゃ校舎がグショグショ」
「いいよ、そんなの!」森永は叫んだ。「どうせここは普通の学校じゃないんだしさ、濡れたところで何の問題もないよ!」
「うん、でもねぇ......」
「弓永! お前からも何とかいってくれよ! このままじゃおれたちここに閉じ込められて幽霊のエサになっちゃうよ!」
弓永はまるで必死に訴え掛ける森永を嘲笑うかのように鼻で笑って見せた。それが森永の怒りを買ったのはいうまでもなく、森永は弓永の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、何が可笑しいんだよ!」
弓永は森永の手をゆっくりと離そうとした。普段なら腕を極めて脱出するか、乱暴に腕を振りほどくかする弓永にしては珍しかった。そんな穏やかな様子の弓永に、森永は流石に驚いたようで、力強く掴んでいた胸ぐらもゆっくりスルリと離した。
「今、音楽室だってさ」弓永はいった。「祐太朗たち」
「......は?」流石に森永も弓永のことばの意味を理解しかねたようだった。「お前、突然何だよ。そんなこと、どうしてーー」
「どうしてか、何て説明してもどうせ信じねぇだろ?」
少々皮肉っぽく、弓永はいった。石川先生も弓永がどうしてそういい出したのか、理解が追いついていないようで、不思議そうな表情を浮かべて弓永のほうを眺めていた。森永は呆然としていたが、また姿勢を正すようにして口を開いた。
「......何の説明もなくてわかるかよ。で、どういうことなんだよ?」
「テレパシーだよ」
弓永は自信満々の笑みを浮かべていった。森永と石川先生がそのことばの意味を計りかねたのはいうまでもなかった。
そもそもテレパシーとは、早い話が遠く離れた人が、遠く離れた誰かに念でメッセージを送るといういってしまえば超能力である。そんなことをクラスメイトが出来るなんて聞かされて、信じられるほうが珍しい。だが、弓永にいった手前、森永は素直だった。
「......で、鈴木は何て送って来たんだよ」
弓永はうっすらと笑った。
【続く】