【帝王霊~漆重苦~】
文字数 1,061文字
悪女も微笑しない時があるらしい。
まぁ、人間であれば表情があるのだから、それも当然だろう。だが、今あたしの目の前にいるのは、感情までもを自分の都合のいいようにコントロールする女。正直、今そこにある真顔も戦略的真顔であろうことは何となくわかっていた。
「そんな顔して、自分はそんなことしたくなかったとでもいいたげだね」
あたしは皮肉混じりにいってやった。だが、佐野はあたしの挑発には乗らずに、流し目気味にあたしのほうを見るといったーー
「いいたいことがあれば、何でもいうといいよ。正直やりたくなかった、何ていっても信じて貰えないだろうしね」
そんなことを誰が信じるだろうか。あたしだっていい加減、この女の出任せに振り回されるのはウンザリだった。
「なるほど? てことは、ここにいるイカレたベンチャーの取締役に命令されたから残虐非道なことでも平気でやったと、そういうワケ?」
佐野は肯定もせず、否定もしなかった。普通の人であれば、これは殆ど肯定しているモノだと判断して問題ないのだが、相手はこの女、やはりその闇の中で蠢いているドス黒い感情はわかりっこない。
突然、成松を名乗る男が笑い出した。本当に不快な笑い声だった。
「何が可笑しいの?」あたしは訊ねた。
「いえいえ」成松を名乗る男は笑いを振り切るようにしていった。「馬鹿が仲間割れしている様は見ていて面白いなぁ、と思って」
煽りことばに突っ掛かって行きそうになった。怒りよりも疑問のほうが先に浮かび上がって来たお陰だった。
仲間割れしている様ーーこれはどういうことだろう。あたしと佐野がそういう関係でないことは成松も知っているはずだ。だとしたら、成松は本当に佐野のことも敵対視しているということか。
確かに、成松が殺害された後に姿を消したことを考えると、犯人は佐野と考えて間違いはないだろう。身の危険を察して逃亡したとも考えられもするが、逆にいってしまえば、この女ならば自分で自分の身を守れるはず。更にいえば、身を隠せば逆に自分の立場が悪くなることぐらいこの女にはまるわかりのはずだった。それにもし、あの殺人が組織ぐるみのモノだとしたら、その後処理が杜撰すぎはしないか。
考えれば考えるほどにわからなかった。
あたしは成松にいい返すこともなく、ただ思案を続けていた。その間も成松はあたしに皮肉めいた雑言を浴びせていたようだが、あたしにはことばの輪郭だけが聴こえたのみで、それ以上のことは聴こえなかった。
突然、成松がバッタリと倒れた。
その奥には、弓永くんの姿があった。
【続く】
まぁ、人間であれば表情があるのだから、それも当然だろう。だが、今あたしの目の前にいるのは、感情までもを自分の都合のいいようにコントロールする女。正直、今そこにある真顔も戦略的真顔であろうことは何となくわかっていた。
「そんな顔して、自分はそんなことしたくなかったとでもいいたげだね」
あたしは皮肉混じりにいってやった。だが、佐野はあたしの挑発には乗らずに、流し目気味にあたしのほうを見るといったーー
「いいたいことがあれば、何でもいうといいよ。正直やりたくなかった、何ていっても信じて貰えないだろうしね」
そんなことを誰が信じるだろうか。あたしだっていい加減、この女の出任せに振り回されるのはウンザリだった。
「なるほど? てことは、ここにいるイカレたベンチャーの取締役に命令されたから残虐非道なことでも平気でやったと、そういうワケ?」
佐野は肯定もせず、否定もしなかった。普通の人であれば、これは殆ど肯定しているモノだと判断して問題ないのだが、相手はこの女、やはりその闇の中で蠢いているドス黒い感情はわかりっこない。
突然、成松を名乗る男が笑い出した。本当に不快な笑い声だった。
「何が可笑しいの?」あたしは訊ねた。
「いえいえ」成松を名乗る男は笑いを振り切るようにしていった。「馬鹿が仲間割れしている様は見ていて面白いなぁ、と思って」
煽りことばに突っ掛かって行きそうになった。怒りよりも疑問のほうが先に浮かび上がって来たお陰だった。
仲間割れしている様ーーこれはどういうことだろう。あたしと佐野がそういう関係でないことは成松も知っているはずだ。だとしたら、成松は本当に佐野のことも敵対視しているということか。
確かに、成松が殺害された後に姿を消したことを考えると、犯人は佐野と考えて間違いはないだろう。身の危険を察して逃亡したとも考えられもするが、逆にいってしまえば、この女ならば自分で自分の身を守れるはず。更にいえば、身を隠せば逆に自分の立場が悪くなることぐらいこの女にはまるわかりのはずだった。それにもし、あの殺人が組織ぐるみのモノだとしたら、その後処理が杜撰すぎはしないか。
考えれば考えるほどにわからなかった。
あたしは成松にいい返すこともなく、ただ思案を続けていた。その間も成松はあたしに皮肉めいた雑言を浴びせていたようだが、あたしにはことばの輪郭だけが聴こえたのみで、それ以上のことは聴こえなかった。
突然、成松がバッタリと倒れた。
その奥には、弓永くんの姿があった。
【続く】