【ナナフシギ~伍~】
文字数 2,009文字
夜の学校ほど不気味なモノはない。
それは昼の賑やかさとは打って変わって、死んだようにまったくの活気が消えてしまうからだろう。
それをいうなら、一般的な企業のオフィスもそうではないかとも思われるかもしれないが、不思議とそういったオフィスは学校と比べるとそこまでの不気味さはない。
恐らく、これはそこにいる人の違いが大きいと思われる。というのも、一般的な企業は当たり前だが、大人がメイン。ともなると、賑やかさよりも落ち着いた雰囲気のほうが強い。反面、学校のメインは子供。授業中は静かにしても、それ以外の時間はとても賑やかだ。
恐らく、夜の学校が不気味なのは、昼の学校の反動なのだろう。
そこに良からぬウワサの到来である。
子供が夜の学校に侵入しようとしている。その理由は、『ナナフシギ』と呼ばれるこの学校の間でウワサされている学校の怪談が原因だということだ。
まったくバカげた話ではあるが、こういった話は、苦手な人間はとことん苦手だ。
石川先生もそんなひとりだった。
夜の学校に居残り、というのは不本意もいいところだった。確かに子供の身の安全を考えたら当たり前のことなのかもしれないが、それ以上に石川先生は怖いモノが苦手だった。
居残りは子供が眠るであろう夜の22時まで。担当の教員は日に三人ずつのローテーション形式。つまり、今学校にいるのは石川先生の他にふたりの教員がいるのみ。
なのだが、先ほどから他のふたりの姿が見えなくなっていた。ひとりはトイレに向かったまま帰ってこず、もうひとりは見回りに行ったままで、石川先生はひとり職員室にいる。
一応今日が終業式。やるべき仕事はまったくないとはいわないが、学期内における忙しさと比べると大したことはない。
それにこの雰囲気である。
真っ暗な校庭に廊下。その中で職員室だけがポツンと明るい。これといって物音など聴こえるはずがない。しかも何故かいつもはやかましいほどに鳴いている鈴虫も、この時ばかりは完全に息を潜めている。
何でこんな時にと石川先生もさすがに緊張を隠せない。自分のデスクに座って仕事に打ち込もうとするも、集中なんか出来やしない。
気が散る。
ペンが走らない。まるで頭の中にモヤが掛かったように思考は混濁している。焦燥感が沸騰するようにジワジワと込み上げて来る。
石川先生は大きくため息をついてペンをデスクの上に置くと、気を紛らわすかのように大きく伸びをした。流石に強張った身体に新鮮な酸素が入ると気分も一転するモノだ。恐らくは、この緊張感も身体の強張りによるモノだったに違いない。
「そんなワケないよね」
石川先生はまるで自分を安心させようとするかのように、そう呟いた。
「何が?」突然、そう聴こえた。
石川先生はデスクから飛び上がらんとするようにビクッと身体を緊張させると、顔をキョロキョロさせて辺りを見回した。
……確かに聴こえた。
人の声だ。
それも一緒に校内に残っている先生のモノとは違う、音程は高くも何処か鈍重な声。子供の声か。いや、大人の声にも聴こえなくはない。
……まさか。
きっと、こんな状況だからそんな感じの声が聴こえたような気がしただけだろう。石川先生はそんなことを自分にいい聞かせるように引き吊った笑みを浮かべた。
「どうかした?」
またもや聴こえた。
今度は幻聴では……。いや、ここ最近、学期末で生徒の成績やら何やらで仕事に忙殺されていたこともあって、きっと疲れているのだろう。石川先生は無理矢理な笑みを浮かべて、
「そうだよね、……そうだよね!」
と誰もいない職員室の中でひとりいった。
「何が?」
また聴こえた。やはり幻聴なんかではない。確かに誰かが自分のひとりごとに対してレスポンスしている。石川先生の顔から笑みが消えた。
「誰……ッ!?」そう問い掛けるも、今度は空気が死んだように何も聴こえなかった。「誰かいるの……ッ!?」
だが、依然として答える者はいない。
石川先生は辺りを伺うようにゆっくりと立ち上がった。やはりそこには誰もいない。それからそろり、そろりと廊下のほうへと向かう。
共に残っている先生の名前を呼んでみる。だが、応答はない。いい年した大人が、こういう時にそういったイタズラをすることはないだろう。確かに学校というコミュニティでは生徒間だけでなく教員間でもイジメというのは存在するが、今日石川先生と共に残っている教員は特段仲良くもなければ、わだかまりもない。
だからこそ、先程の呼び掛けが誰のモノかわからない。
職員室のドア際まで来た石川先生は、そのままゆっくりと、ゆっくりと廊下を覗き込んだ。
……何もいない。
反対側を見ても何もいなかった。
やはり、自分の気のせいだったのだろう。石川先生はいいワケするように笑い、息を漏らした。それから一度コクリと頷き、そのままうしろを振り返った。
青白い顔をした子供がいた。
【続く】
それは昼の賑やかさとは打って変わって、死んだようにまったくの活気が消えてしまうからだろう。
それをいうなら、一般的な企業のオフィスもそうではないかとも思われるかもしれないが、不思議とそういったオフィスは学校と比べるとそこまでの不気味さはない。
恐らく、これはそこにいる人の違いが大きいと思われる。というのも、一般的な企業は当たり前だが、大人がメイン。ともなると、賑やかさよりも落ち着いた雰囲気のほうが強い。反面、学校のメインは子供。授業中は静かにしても、それ以外の時間はとても賑やかだ。
恐らく、夜の学校が不気味なのは、昼の学校の反動なのだろう。
そこに良からぬウワサの到来である。
子供が夜の学校に侵入しようとしている。その理由は、『ナナフシギ』と呼ばれるこの学校の間でウワサされている学校の怪談が原因だということだ。
まったくバカげた話ではあるが、こういった話は、苦手な人間はとことん苦手だ。
石川先生もそんなひとりだった。
夜の学校に居残り、というのは不本意もいいところだった。確かに子供の身の安全を考えたら当たり前のことなのかもしれないが、それ以上に石川先生は怖いモノが苦手だった。
居残りは子供が眠るであろう夜の22時まで。担当の教員は日に三人ずつのローテーション形式。つまり、今学校にいるのは石川先生の他にふたりの教員がいるのみ。
なのだが、先ほどから他のふたりの姿が見えなくなっていた。ひとりはトイレに向かったまま帰ってこず、もうひとりは見回りに行ったままで、石川先生はひとり職員室にいる。
一応今日が終業式。やるべき仕事はまったくないとはいわないが、学期内における忙しさと比べると大したことはない。
それにこの雰囲気である。
真っ暗な校庭に廊下。その中で職員室だけがポツンと明るい。これといって物音など聴こえるはずがない。しかも何故かいつもはやかましいほどに鳴いている鈴虫も、この時ばかりは完全に息を潜めている。
何でこんな時にと石川先生もさすがに緊張を隠せない。自分のデスクに座って仕事に打ち込もうとするも、集中なんか出来やしない。
気が散る。
ペンが走らない。まるで頭の中にモヤが掛かったように思考は混濁している。焦燥感が沸騰するようにジワジワと込み上げて来る。
石川先生は大きくため息をついてペンをデスクの上に置くと、気を紛らわすかのように大きく伸びをした。流石に強張った身体に新鮮な酸素が入ると気分も一転するモノだ。恐らくは、この緊張感も身体の強張りによるモノだったに違いない。
「そんなワケないよね」
石川先生はまるで自分を安心させようとするかのように、そう呟いた。
「何が?」突然、そう聴こえた。
石川先生はデスクから飛び上がらんとするようにビクッと身体を緊張させると、顔をキョロキョロさせて辺りを見回した。
……確かに聴こえた。
人の声だ。
それも一緒に校内に残っている先生のモノとは違う、音程は高くも何処か鈍重な声。子供の声か。いや、大人の声にも聴こえなくはない。
……まさか。
きっと、こんな状況だからそんな感じの声が聴こえたような気がしただけだろう。石川先生はそんなことを自分にいい聞かせるように引き吊った笑みを浮かべた。
「どうかした?」
またもや聴こえた。
今度は幻聴では……。いや、ここ最近、学期末で生徒の成績やら何やらで仕事に忙殺されていたこともあって、きっと疲れているのだろう。石川先生は無理矢理な笑みを浮かべて、
「そうだよね、……そうだよね!」
と誰もいない職員室の中でひとりいった。
「何が?」
また聴こえた。やはり幻聴なんかではない。確かに誰かが自分のひとりごとに対してレスポンスしている。石川先生の顔から笑みが消えた。
「誰……ッ!?」そう問い掛けるも、今度は空気が死んだように何も聴こえなかった。「誰かいるの……ッ!?」
だが、依然として答える者はいない。
石川先生は辺りを伺うようにゆっくりと立ち上がった。やはりそこには誰もいない。それからそろり、そろりと廊下のほうへと向かう。
共に残っている先生の名前を呼んでみる。だが、応答はない。いい年した大人が、こういう時にそういったイタズラをすることはないだろう。確かに学校というコミュニティでは生徒間だけでなく教員間でもイジメというのは存在するが、今日石川先生と共に残っている教員は特段仲良くもなければ、わだかまりもない。
だからこそ、先程の呼び掛けが誰のモノかわからない。
職員室のドア際まで来た石川先生は、そのままゆっくりと、ゆっくりと廊下を覗き込んだ。
……何もいない。
反対側を見ても何もいなかった。
やはり、自分の気のせいだったのだろう。石川先生はいいワケするように笑い、息を漏らした。それから一度コクリと頷き、そのままうしろを振り返った。
青白い顔をした子供がいた。
【続く】