【明日、白夜になる前に~参拾四~】

文字数 2,400文字

 ウィークデーというのは、どうしてこうもかったるいのだろう。

 ぼくは会社にて自分のデスクで頬杖をつきながらボーッと窓の外を眺めている。

 やる気が出ない。

 元々やる気のある社員ではないが、今日はいつも以上にやる気が出ない。

 ふとぼくの頭を掠めるのは、昨夜、中学校の校庭で見た春香さんの涙ーー流れ星のようにキラリと光り、儚く消える夜の宝石。

 これで良かったのだ。

 ぼくは何度も自分にそういい聞かせる。そう、ぼくは直人の代わりにはなれない。だからこそ、あそこはあぁ答えるのが正解だった。

 それは、本当か?

 試してもいないのに自分の可能性を見限って本当に良かったのか?

 お前は春香さんが好きだったのではないのか?

 潜在意識に潜む後悔がぼくを責める。だが、そうはいっても、ぼくは直人を裏切ることは出来ない。仮に直人が死んでも、直人の存在はぼくの中に生き続ける。

 あそこで彼女の腰に手を回してしまえば、ぼくは生涯直人の遺影に顔向け出来ないだろう。

 こころの中で詫び続けることとなるだろう。

 それはイヤだった。誰かが好きーーそんなの所詮は一時の欲望であり、幻想でしかない。

 確かに彼女が好きだという気持ちは本物だったかもしれない。だが、ぼくと直人の友情も紛れもない本物だったのだ。

 そんな直人を裏切ることは出来なかった。

 ……こんなことを考えてしまう自分は、きっと生涯結婚出来ないだろう。

 この先、彼女が出来ることもないだろう。

 だが、それも仕方ないのかもしれない。ぼくは臆病なだけでなく、他人の気持ちをものさしで測ってばかりいるのだから。

「斉藤さんッ!」

 ボリュームの壊れたステレオのような大きな声。ぼくは振り返る。そこにいたのは、宗方あかりだ。何処となく元気がなさそうな宗方さんは、悲しそうな表情でぼくを見つめている。

 ドキッとした。いや、別にときめいたとかではなく、ぼくは無意識の内に彼女を傷つけてしまっていたのでは、と思ったのだ。

 確か彼女の友人である桃井カエデ曰く、宗方さんはぼくのことを好きということだが。もしかして、桃井カエデと個別で話していたことを知って、悲しんでいるのでは。誤解されているのでは。いや、そんなバカなーー

「あ、いや、別にアレはそういうことじゃなくて、さ!」

「え、何がですか?」

 宗方さんはポカーンとする。何だか、状況をよく理解していないようだーーあれ?

「あ、いやぁ……、この前、桃井さんがぼくのところへ来て休憩室まで連れていっただろ?
アレは別にーー」

「え!?」宗方さんの表情が驚きに満ちる「カエデがそんなことしたんですか……?」

 驚きに満ちていたかと思いきや、今度は一気に不安が表情に現れていく。ぼくは完全に呆気に取られていた。

「え、違うの?」バカみたいな答え。

「カエデと何があったんですか……?」

 マズイ。彼女の表情が悲しみと疑念に満ちているのがわかる。下手したら今すぐにでも目から涙がこぼれ落ちるかもしれない。

「あ、いや、ちょっと、ね」

 それでは誤解を招くだけではないか、と自分ではわかっている。わかっているのだけど、いい誤魔化しの文句が出て来ない。だが、ぼくが狼狽えている時間というのは、彼女の疑念を加速させるだけのドラッグでしかない。

「ほら、あの、ついこの前、宗方さんがぼくに気を掛けてくれたことがあったじゃん。でも、その時ぼくが酷いことしちゃったじゃない?
そのことで怒られて、ね」

 まるで桃井さんを売ったみたいで気分が悪いが、「桃井さんが、どうして宗方さんの気持ちに気づいてあげないのか、といっていた」のいうよりは圧倒的にマシだ。

 まぁ、とはいえ、いくらウソをついたところで、今は知らないというだけで、誰かの口からウワサとして耳に入れるかもしれーー

 だとしたら、本当のことをいうべきでは?

 いや、それはーーそれをぼくがいうのは何か違う気がする。というか、絶対違うよな。

「あぁ、そう、だったんですね!」宗方さんはハッとする。「もぉ、カエデッ! 別に斉藤さんは何も悪くないのにッ! ごめんなさい。わたし、変に疑っちゃって」

「あぁ、いいよ全然」疑うのは当然だーーなんせウソをついているのだから。「それより、何か用かな?」

「え?」今度呆気に取られたのは宗方さんのほうだった。「あぁ! ごめんなさいッ! 何か変なことになっちゃいましたねッ!」

「いや、ぼくこそ変な勘違いしてしまって」

「いえ、勘違いさせてしまったわたしが悪いんですッ! 確かに、話し掛けた時のわたしの態度見たら不安になりますよね……。でも、何というか、今日の斉藤さん、ボーッとしているというか、元気がない気がしたので……」

「え?」なるほど、そういうことか。「……あぁ、昨日ちょっと色々あってね」

「もしかして……、彼女さんにフラれた……、とか、ですか?」

 彼女の声が震えているのがわかった。きっと不安なのだろう。それもそうだ。ぼくに彼女がいれば、彼女の「片想い」もその場で終了してしまうのだから。まぁ、そうなる未来は少なくともこの瞬間には来ないのだけどーー

「彼女? いないよ? フラれてもないし」

「え、あ、そうだったんですね……」ほんのりと彼女の表情が緩んだ。

「まぁ、でも……、女性関係、ってことではあるんだけど、さ」

「え……?」

 再び彼女の表情が暗くなる。顔を赤くしたり青くしたりと忙しい人だ。

「いや、別にそういうことじゃなくてね」まったく困ったモンである。「んー、そんなことより、あの、もしよかったらーー」ぼくは無意識に口走る。「今日、一緒に昼食とか、どう?」

 自分でも何でこんなことをいっているのかわからなかった。だが、そこにやってしまったというような感覚はまったくなかった。

 宗方さんは驚きつつも、ぼくのことばを飲み込むとコクりと頷いて見せた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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