【いろは歌地獄旅~昼間の出来事~】
文字数 1,998文字
夜型になって以降、昼というのがとてつもなく苦手になってしまった。
それもそうだろう。夜起きて昼に寝るという生活リズムは、この社会を生きる人々の大多数と真逆になるワケで、寝ようとすれば騒音は酷いし、そもそもが差し込む陽光のせいで眠るにもひと苦労なのはいうまでもない。そう考えると人間というのは、夜に寝て朝には起きる構造になっているのだとわかる。
野永は工場の深夜勤務をしている男だ。深夜勤務ということで、当然その昼夜は逆転しており、夜に働き、昼になったら寝るというスタイルで生活している。
だが、この生活スタイルは野永にとって、かなりの負担を強いていたのはいうまでもない。
昼間に寝るとはいえ、カーテンから差す太陽光で安眠を促す暗闇を生み出すことは困難で、その眠りは自ずと浅くなってしまう。また、昼間は人間の活動が活発になる時間帯であり、睡眠を取ろうとする人間にとっては騒音がキツすぎる。オマケに本来浴びなきゃならない日光を浴びない影響からか、ストレスは溜まる一方で、イライラは止まらず、何処か精神的に鬱傾向になってしまい余りいいことはない。
強いていうなら給料が多少いいことであるが、賃金の良し悪しよりも、健康的な生活を送れるか、こちらにフォーカスしないことには身体はどんどん駄目になり、働くにも働けなくなってしまうのはいうまでもない。
そんなことを証明するかのように野永は何処か情緒不安定で体調も常に悪いといったような状況に陥っていた。今年で四十二歳、決して若くはない。オマケに運動不足に暴飲暴食の習慣のせいで、身体はブクブク太ってしまっている上、タバコに酒の影響で肌は荒れ、実年齢よりも老けて見える。
本当なら痩せなければならないし、食事にも気を付けなければならず、酒とタバコも控えなければならないのだが、そうもいかない。野永にとって、日々のストレスを解消する数少ない方法が酒とタバコと食うことでしかなかった。
この日も野永は築年数六十年のボロアパートの自室に帰ると、貯まっていた郵便物をいっぺんに引っこ抜き、それらを雑に改めながら室内に上がると、冷蔵庫に冷やしてあったビールを手に取ってリビングへと入っていく。
室内は散々な有り様。散らかりっぱなしで、殆ど足の踏み場がない。飲み終わったビールの缶だったり、菓子の袋だったりがそこら中に転がっている。だが、家と職場を往復するだけの人生の中で、野永はもはや部屋の片付けを行うだけの余裕は残っていなかった。仕事から帰ればすぐに酒と菓子、またすぐ寝て仕事へ行き、帰って来たらというルーティンの繰り返し。
この日も同様だった。
干してもいなければシーツを洗濯もしていない黄ばみ出した布団の上にドカッの座り、早速ビールのタブを開ける。そして、
騒音が響く。
とてつもない重機の音。野永は顔をしかめ、窓の外を見る。やはり、工事だ。とはいえ、この辺りは特に工事をやらなきゃいけないような状況ではまったくなく、恐らく来年度の予算を確保するためだけの穴を掘って埋め直すだけの殆ど意味のない工事であるのは明白だった。
これが自分の住むアパートのすぐ前で行われている。こんなの聴いてないと玄関に挟まっていた郵便物を改めると、本日付けで始まる工事についてのアナウンスが書かれた紙があった。
うるせぇな。
野永は水を差されたような気分となりながらも酒と菓子を呷る。だが、騒音は神経を逆撫でする。うるさい。その現実が苛立ちを増長する。確かに今は昼間で世の中の多くの人間は学校か仕事へ行っている時間だ。
だが、自分のような深夜勤務の人間だって存在はするのだ。そんな殆ど意味のないような工事のせいで神経を逆撫でされて、いい気がするワケがなかった。それは飲んでいても同じで、折角の楽しい時間に水を差され、もはやそのまま楽しむことも困難になってしまった。
だが、寝るにも寝られない。工事がうるさ過ぎて神経はささくれ立ち、やけに目が冴えてしまう。だが、寝なければ仕事に支障が出る。
結局、野永は眠りにつくことが出来ぬまま出勤することとなってしまった。
出勤する頃には工事も当然引き上げている。だが、それが逆に野永を苛立たせた。何でおれが疲れて帰って来た時にワケもわからない工事をしてやがるんだ。そう思った。
工事の騒音は野永の精神と肉体を日に日に蝕んで行った。そしてある時、睡眠不足が原因で寝落ち寸前となった野永は仕事中に事故を犯してしまう。もはや野永は限界だった。
工事に対してクレームを入れもしたが、当たり前のように何の対処はない。もはや野永にはまともな判断力は残っていなかった。
あるのは……。
野永はキッチンへ向かった。
震える手で包丁を取った。
震える包丁の切先を見た。
外を眺めた。
うるさい工事の音が、響き渡った。
そして数分後、血は流れた。
重機の音は止まった。
それもそうだろう。夜起きて昼に寝るという生活リズムは、この社会を生きる人々の大多数と真逆になるワケで、寝ようとすれば騒音は酷いし、そもそもが差し込む陽光のせいで眠るにもひと苦労なのはいうまでもない。そう考えると人間というのは、夜に寝て朝には起きる構造になっているのだとわかる。
野永は工場の深夜勤務をしている男だ。深夜勤務ということで、当然その昼夜は逆転しており、夜に働き、昼になったら寝るというスタイルで生活している。
だが、この生活スタイルは野永にとって、かなりの負担を強いていたのはいうまでもない。
昼間に寝るとはいえ、カーテンから差す太陽光で安眠を促す暗闇を生み出すことは困難で、その眠りは自ずと浅くなってしまう。また、昼間は人間の活動が活発になる時間帯であり、睡眠を取ろうとする人間にとっては騒音がキツすぎる。オマケに本来浴びなきゃならない日光を浴びない影響からか、ストレスは溜まる一方で、イライラは止まらず、何処か精神的に鬱傾向になってしまい余りいいことはない。
強いていうなら給料が多少いいことであるが、賃金の良し悪しよりも、健康的な生活を送れるか、こちらにフォーカスしないことには身体はどんどん駄目になり、働くにも働けなくなってしまうのはいうまでもない。
そんなことを証明するかのように野永は何処か情緒不安定で体調も常に悪いといったような状況に陥っていた。今年で四十二歳、決して若くはない。オマケに運動不足に暴飲暴食の習慣のせいで、身体はブクブク太ってしまっている上、タバコに酒の影響で肌は荒れ、実年齢よりも老けて見える。
本当なら痩せなければならないし、食事にも気を付けなければならず、酒とタバコも控えなければならないのだが、そうもいかない。野永にとって、日々のストレスを解消する数少ない方法が酒とタバコと食うことでしかなかった。
この日も野永は築年数六十年のボロアパートの自室に帰ると、貯まっていた郵便物をいっぺんに引っこ抜き、それらを雑に改めながら室内に上がると、冷蔵庫に冷やしてあったビールを手に取ってリビングへと入っていく。
室内は散々な有り様。散らかりっぱなしで、殆ど足の踏み場がない。飲み終わったビールの缶だったり、菓子の袋だったりがそこら中に転がっている。だが、家と職場を往復するだけの人生の中で、野永はもはや部屋の片付けを行うだけの余裕は残っていなかった。仕事から帰ればすぐに酒と菓子、またすぐ寝て仕事へ行き、帰って来たらというルーティンの繰り返し。
この日も同様だった。
干してもいなければシーツを洗濯もしていない黄ばみ出した布団の上にドカッの座り、早速ビールのタブを開ける。そして、
騒音が響く。
とてつもない重機の音。野永は顔をしかめ、窓の外を見る。やはり、工事だ。とはいえ、この辺りは特に工事をやらなきゃいけないような状況ではまったくなく、恐らく来年度の予算を確保するためだけの穴を掘って埋め直すだけの殆ど意味のない工事であるのは明白だった。
これが自分の住むアパートのすぐ前で行われている。こんなの聴いてないと玄関に挟まっていた郵便物を改めると、本日付けで始まる工事についてのアナウンスが書かれた紙があった。
うるせぇな。
野永は水を差されたような気分となりながらも酒と菓子を呷る。だが、騒音は神経を逆撫でする。うるさい。その現実が苛立ちを増長する。確かに今は昼間で世の中の多くの人間は学校か仕事へ行っている時間だ。
だが、自分のような深夜勤務の人間だって存在はするのだ。そんな殆ど意味のないような工事のせいで神経を逆撫でされて、いい気がするワケがなかった。それは飲んでいても同じで、折角の楽しい時間に水を差され、もはやそのまま楽しむことも困難になってしまった。
だが、寝るにも寝られない。工事がうるさ過ぎて神経はささくれ立ち、やけに目が冴えてしまう。だが、寝なければ仕事に支障が出る。
結局、野永は眠りにつくことが出来ぬまま出勤することとなってしまった。
出勤する頃には工事も当然引き上げている。だが、それが逆に野永を苛立たせた。何でおれが疲れて帰って来た時にワケもわからない工事をしてやがるんだ。そう思った。
工事の騒音は野永の精神と肉体を日に日に蝕んで行った。そしてある時、睡眠不足が原因で寝落ち寸前となった野永は仕事中に事故を犯してしまう。もはや野永は限界だった。
工事に対してクレームを入れもしたが、当たり前のように何の対処はない。もはや野永にはまともな判断力は残っていなかった。
あるのは……。
野永はキッチンへ向かった。
震える手で包丁を取った。
震える包丁の切先を見た。
外を眺めた。
うるさい工事の音が、響き渡った。
そして数分後、血は流れた。
重機の音は止まった。