【過去に抱かれて母は泣く】

文字数 3,788文字

 過去に囚われている人たちがいる。

 別にそれが悪いワケじゃない。おれだって昔の友人と会えば、互いに昔話で盛り上がる。だが、問題はそういうことではない。

 マズイのは過去や過去の自分というものに依存することだ。

 これの何がマズイかといえば、そうすることで現在という現実から逃避しがちになってしまうことだ。

 昔はよかったーーそんなことをいう人が多い。そして、そんな人たちは漏れなく今という現実に打ちひしがれ、惨めそうな顔つきでひっそりと日々の生活を送っている。それも過去に依存していまっているからだろう。

 美しき過去を懐古して、今という時間をおざなりに生きる。本当にそれでいいのだろうか。

 まぁ、本人がいいのならそれでいいんだけど、それがイヤなら、今すぐ過去に依存するのを辞め、現実と向き合わなければならない。

 何故なら、過去は決してアナタを否定しないから。

 今を生きようとすると必ず何かしらの壁にぶち当たる。だが、過去に依存し、それをエクスキューズにしていては、何も発展しない。

 過去はまるで母親の子宮のように、胎児となったアナタを守ってくれる。

 昔はよかったーーこの手の話はブラストで散々聴かされた。ただ、それをわざわざ現役メンバーに聴かせに来るOBOGは老害以外の何者でもなかったし、何より今のブラストを作っている現役メンバーに失礼もいいところだった。

 ちょうどブラストの転換期の狭間に入団したおれは、何度となくブラストの「美しき過去」を語る人たちと衝突してきた。

 彼らのいう「美しき過去」は、所詮は「自分が好き勝手にできる空間の延長」でしかなかったし、仮に苦労していた過去があろうと、それを自慢げに口にすることは「お前らも自分と同じ目に遭え」といっているようなものだ。そんな不毛な話があっていいワケがない。

 結局は、「昔はよかった」なんて、そいつの主観でしかないということだ。

 さて、久しぶりの『居合篇』。今日の内容はーーなるべく早く終わらせたい。あまりいい話ではないからな。あらすじーー

『塩谷さんとの稽古に不安を感じていた五条氏。だが、それは杞憂でしかなかった。稽古を続けていく内に、五条氏は塩谷さんの居合に対する姿勢に感銘を受け、柔軟な思考を持って稽古に取り組んでいくのだった』

 とこんな感じか。じゃ、始めていくーー

「アンタ、いいなぁ! センスあるよぉ!」

 稽古中にそういってきたのは、浪川さんという七段の人だった。

 浪川さんは、元々別の連盟にいたのだが、どういう理由かはわからないが、連盟を抜け、うちの道場にやって来た人だった。

 当然、道場を移ったのに合わせて連盟も移ったのだが、不思議なことに、前の連盟のやり方、道場で習った内容にやたら拘っていた。

 まぁ、ここまで向山さん、塩谷さんとの稽古について書いてきたが、そう毎回このふたりと稽古するワケではない。

 というのも、タイミングによっては坂久保先生との稽古もしていたし、ひとりで自主稽古することもあった。そして、そんな中でも浪川さんから稽古をつけて頂くこともあったワケだ。

 浪川さんの稽古はよくも悪くも「教科書通り」のやり方だった。ただ、それが役立つのは基本を知らない初心者の時が精々で、それよりも上にいきたければ、シチュエーションを想定して、抜き方を変えていく応用力をつけていかなければならない為、頭打ちも早い。

 まぁ、こんなことをいうくらいなのだから浪川さんと上手くいっていなかったのだろうなと思われるかもしれないけど、実際そうだったーーまぁ、個人的には、ということだけど。

「○○では~」

 これが浪川さんの口癖だった。○○には浪川さんが所属していた連盟の名前が入るのだけど、それは所詮過去の話に過ぎない。現に、この時点で浪川さんは、川澄居合会の所属する××という連盟に所属しているワケで。

 にも関わらず、浪川さんは××のやり方を否定し、○○のやり方を徹底しようとしていた。それは当然、指導においても同様だった。

 最初の頃こそ、それも勉強になるしいいのだが、ある程度の能力を得ると今度は逆にとある疑問が浮かんで来た。それはーー

 何故、○○のやり方を推奨するのにそちらの道場にいかなかったのか、ということである。

 一部の流派を除けば、居合の道場など基本的にどこにでもある。ましてや、英信流なんて現代居合の中でも特に人口の多い流派だ。

 プラス、母体が○○という連盟にある英信流の道場など、ちょっと探せばいくらでも見つかる。むしろ、××という連盟を母体にしている道場のほうが見つけにくいくらいだった。

 そう考えると、かなりの事情があると思えるのだが、その理由は未だに知らない。

 ただ、ひとついえるのは、○○だろうが、××だろうが、指導方針なんて所詮は道場次第でしかないということだ。

 川澄居合会は、通常の英信流に、土佐英信流のエッセンスを混ぜつつ、武術的な居合を志している道場だが、同じ連盟に所属している道場で同じことをやっている道場は、他にひとつしかなく、ふたつの道場を除いた他の道場は基本的に教科書通りの居合が多いのが現実だ。

 少し長くなってしまったが、そんな中でも浪川さんとの稽古はどうなのかといえば、必ずしも無駄なものとはいえなかった。

 それは、道場によって特色が違い、業の理合も変わってくるということがわかったからだ。

 しかし、困ったのは、

「アンタはセンスがあるんだから、いずれは○○に入るんだ!」

 としきりにいわれることだった。正直、自分は連盟に入りたくて居合をやっているワケではない。それに連盟を変えたところで、いい指導者と出会えるとも限らないし、そもそもおれには川澄居合会と坂久保先生のやり方が自分には一番合っていた。

 だからこそ、そういわれると、回答に困ってしまった。

 これはまるで、○○という連盟の回し者という感じがして、そもそもその連盟に対する印象も悪くなるし、何よりもイヤだったのが、浪川さんが道場内の人の居合に関して平気で悪口をいうことだった。

 まぁ、おれもブラストの自称ベテランメンバーたちの悪口を散々いっているけど、それはシンプルにヤツらが怠惰で、頭も悪く、ただ自分さえ良ければいいというスタンスで稽古して、失敗すればそれを人のせいにし、何より大して芝居も上手くないからこそ事実としてそれを悪くいっているだけでしかない。

 だが、浪川さんは違った。ただ単に自分がやってきた別の連盟での居合に合わない居合をしている人を否定し、業の理合をバカにしてばかりだったのだ。おれも何度となく、

「そうまでいうなら、何で○○に所属している道場にいかなかったんですか?」

 といいたくて仕方がなかったが、結局は訊かなかった。年上に平気で口出しするおれにしては珍しいとも思われるかもしれないけど、一応は自分より上段者で、一応は自分よりも腕がある人だ。何の実績もないブラストのベテランメンバーとはそもそもワケが違ったのだ。

 そんな中、道場の中でも比較的若く、ホープな部類だったおれは、浪川さんの目に留まり、色々と個人指導を受けることが多かった。

 まぁ、稽古に関しては段外、精々初段まではよく作用していたんじゃないかと思う。それ以降はむしろ、窮屈でしかなかったし、視野の狭い稽古と居合でストレスが多かった。

 まぁ、こんな感じの口振りなんで、浪川さんはもはや過去の人で、現在は道場にいないのだろうと思われるかもしれないけど、浪川さんは現在でもうちの道場所属だ。

 が、塩谷さんに変な因縁をつけて、半ば追い出すようにしたのは、自分としてはどうも許せなかったし、道場の悪口をいうのもまったくいい気がしなかった。

 おれという人間は、いい大人にも関わらず、気分が態度に思い切り表れてしまう。それこそ浪川さんの話を聴いている時の態度は非常に悪く、愛想笑いなどまったくといっていいほどせず、弐段になった辺りからは大した反応も見せずに話し半分で話を聴くようにしたのだけど、今年の頭、例のアレによって自粛を余儀なくされる前なんかは、本当に酷かった。

「みんな、浪川さんに忖度しているよなぁ……」

 おれがいつも一緒に稽古をしている佐藤さんという六〇代半ばの人が、おれと浪川さんのやり取りを見てそういったのだ。

 というのも本当に酷かったのだ。おれの居合を完全に○○のスタイルに変えてしまおうという浪川さんの意向が見て取れたし、おれの納刀を無理矢理○○式のやり方に矯正させようとして指に刀が刺さり流血沙汰になったこともあったーーもちろん刀は模擬刀な。あと、居合刀で木刀をぶっ叩かせられたりと、正直ーーいや、何でもない。

 まぁ、思うことはたくさんある。だが、たまにはスタンスの違う人の稽古を受けるのも悪いことではない。ただ、自分の信ずる道だけは変えてはいけないとおれは思うのだ。

 郷に入りては、郷に従え。この暗黙のルールに反しない範囲なら、自分の信念通りに動くのは全然ありだろう。

 少なくとも、外と内の違いを意識できたという意味では浪川さんには非常に感謝している。それだけだーー

 とまぁ、あまりにも雲行きが微妙だけど、今日はここまで。年内の『居合篇』はここまで。続きは来年な。明日は何かショートシナリオを書きますわ。んじゃ、

 アスタラビスタ。

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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