【丑寅は静かに嗤う~御猫】

文字数 2,663文字

 土埃が舞い上がる。

 わらじで地面を踏み締めるギリッという音が、風に乗って掻き消される。踏み潰された雑草が悲鳴を上げている。

「わたしが丑寅、だとな?」良顕がニヤリと笑う。「面白い話だが、まったくもって馬鹿バカしい。何を根拠にそんなことを」

「根拠、か。そんなモノはないといっても可笑しくはないかもしれんな。ただ、あの村は良顕殿が主となって建てられたと聴いてな」

「それの何がマズイのだ?」

「マズイ、とかではない。ただ、色々と可笑しな話が多過ぎた」

「というと?」

「まず、あの酒場『ごん』だ。それと良顕殿が以前いっておられた、『わたしにも点がついた』ということば」

「それが何なのだ?」

「そのままだ。丑寅を意味する方角である北東、そのまたの呼び名は何というか」

 一瞬の静寂が漂う。タヌキがしっぽを引き摺りながら草原を歩いている。良顕の口許が大きく歪み、息が漏れ出す。

「『艮』。そういいたいのだろう、えぇ?」

 桃川は良顕のことばを飲み込むように、ゆっくりと頷いて見せる。

「そうさ。十二鬼面の本殿にいた丑寅の面を被った者の正体は『お馬』だった。お馬が主人として切り盛りする店の名前が『ごんーー艮』、すなわち『丑寅』という意味だ。果たしてこれは偶然か? 更に良顕殿のことば、点が着いた。これはいうまでもない。『艮』に点がつけば『良』になる。それに寺の名前だ。『甲子』、これは十二子の頭の意。そして、その次に来るのが『丑』と『寅』。寺に構えているのはいうまでもなく住職。そして、あの腕に刻まれた遠島の刺青と刀傷。少なくともヤクザのケンカ剣法で付くキズじゃない。それに遠島の刺青も計算が合わない。それは、つまりーー」

 手をパンパンと叩く音が桃川の話を遮る。桃川はうっすらとした笑みを浮かべて、手を叩く良顕を見る。良顕は嬉しそうに笑う。

「そこまで突き詰めたのなら、正直になろう。わたしが十二鬼面を立ち上げた最初の『丑寅』だ。遠島の刺青も偽物。しかし、三代目は大したモノだな。二代目が選んだのも納得だ」

「二代目は、そう長くはなかった。おれが鬼面に入って数年した頃、二代目は病床に伏した。その際に、二代目は当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったおれに三代目になるよういったのさ」

「なるほど、なるほど……。しかし、二代目が病に伏している間はどうしていた? 病とはいえ、表に出ないワケにはいかぬだろう?」

「これは、お馬が丑寅の面を被っていたカラクリと同じ。影武者を立てていた。そもそも、面を被るという規則を十二鬼面に定めた理由も二代目から聴いている。そう、丑寅の素顔を知っている者を狭めたのも、さりげなく影武者を立てられるようにするため」

「その通り。まさにわたしが取り決めた規則そのモノだ。しかし、どうして主は影武者を立ててまでして、十二鬼面に弓を引くようなマネをしたのかね?」

「それは、あたしも聴きたいね」

 ふたりの話を割る女の声。遠くまで綺麗に響く女の声。桃川と良顕は声のしたほうへと目を向ける。と、そこにいたのは、

 お雉。

 夜鷹の時の派手な着物ではなく、随分と落ち着いた服装をしているが、丈が足りないのか、随分とツンツルテンな印象。化粧も落としているのか、女としての自然な素顔がそこにある。

 お雉の登場に桃川は微笑む。

 お雉の名を呼ぶ良顕。お雉は重い足取りで、しかし真摯に前を向きながら、雲に隠れ掛けた陽を背にして、ふたりのもとへと歩いてくる。

「三代目に初代の丑寅、まさかこんなところで出会うとはね……」

「でも、それが目的だったんだろ?」と桃川。

「えぇ、始めからね。同時に猿ちゃんを探すためでもあった。でも、その結果がこれだなんて、人生は何処までも出来すぎてるね」

「まったくだ」

「で、どうして三代目のクセして、仲間を皆殺しにするような真似をしたの?」

 桃川は余裕のある様子で、お雉を見る。

「それは後で話してやるさ。それより、まずはこのジイさんに訊きたいこと、訊くべきことがあるんじゃないのか? なぁ、おねこ」

「その名前で呼ばないで貰える?」

 張り詰めた声。空気が乾燥している。ポツリと雨が降りだし、その雨足は一気に強くなる。雨ざらしの三人。お雉がため息をつく。

「……まぁ、でもその通りだね。話を聴かせて貰うよ、良顕様ーーいや、丑寅」

 お雉と良顕の視線が交差する。

「わたしに訊きたいこと、とは?」

「ひとつは、天誅屋を襲撃した時の十二鬼面の頭はアナタだったのか。ふたつ目は、だとしたら何故天誅屋を狙ったのか。三つ目は、坤ーーお羊はアナタの娘だったのか、ということ」

「ほう、もうひとつはいいのか?」

 良顕が訊ねるも、お雉は何もいわない。ただ、震える身体を押さえつけているよう。風が鳴る。大地が悲鳴を上げる。良顕は自然の中で威風堂々とし、毅然とした態度で口を開く。

「……まぁ、良かろう。そうだ、わたしが天誅屋を襲わせた。理由は天誅屋がわたしの昔の仲間を殺した、その復讐だ。そして、お羊だが、アンタのいう通り、お羊はわたしの娘だ。立派な賊になったと思ったが、まさかあの猿田なる浪人と良い仲になるとは、思わなかったが」

 お雉の顔が一瞬歪む。だが、腰に手を当てたかと思うと、すぐに余裕の表情を浮かべて、

「なるほど、これは大した坊主だわ。清廉潔白だと思われていた僧侶も、かつては面を被った盗賊だった、なんて。まぁ、その坊主って肩書きも、アンタにとっては都合の悪い過去を隠すには、いい面なのかもしれないけどね」

「わたしが坊主をやっているのは真に自分の悪行の罪滅ぼしのためだよ。盗みも殺しも、もうウンザリだったのでな。そんなことより、そこにいる若造には何も訊かなくていいのか。本音をいえば、そちらのほうが大事なんだろう?わたしに訊けなかったことも、この男なら知っているのでは、ないかな? それとも、怖いか。だから、答えを先延ばしにして、わたしから先に問いを求めたのでは?」

「うるさい!」ピシャリとお雉。「……そうだね、アンタのいう通り。逃げてるのはあたしのほうだった。だから……」

 お雉は悲しそうに顔を歪め、桃川に向かう。雨は強くなる。大地を打ち、草木を弾き、人を洗う。お雉の頬にたくさんの雨つぶが流れる。それはまるで涙のよう。溢れて止まらない涙のように、無数の筋を作って流れ落ちる。

「……どうして、どうして十二鬼面なんかに入ったの。鬼面は、父上と母上の仇のはずでしょ……? 違う? ねぇ……、兄上……」

 桃川の目玉に漆黒が広がった。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み