【帝王霊~弐拾睦~】

文字数 2,556文字

 冬の夜は虫の音もなくただただ不気味だ。

 あるのは空気が擦れ合うゴーっという音と、遠くから潰れて響くエンジンの音くらい。大気は湿っていて、何処か鈍器で殴りつけたような重々しさをまとっている。

 外夢運動公園ではランニングやウォーキングに特化した舗装路に十数メートル間隔で街灯がある以外は、無限の闇が広がっている。まるでそれは冥界に引き込まれないために打たれた目印のようで、その光を逃してしまったら地獄の底へと誘われてしまう、といった感じ。

「ここで成松に取り憑かれたんだね」

 和雅は静かに頷く。その表情は何処か平静さを装っているようではあったが、顔の強張り具合や、緊張に震える様からは、奥で沸々と煮えたぎる怒りが伺える。

「……あぁ。あそこのベンチだで」和雅は街灯に照らされポツンと佇むベンチを指差す。「あそこでひとり酒を飲んでたら、ホームレスがやって来て。おれに問い掛けて来たんで。それで気づいた時には意識がダメになっとった」

「なるほど、ね……」

 コツコツと靴音を響かせながら、めぐみはベンチのほうへと寄っていく。和雅も何処となく控えぎみではあったが、仕方がないという躊躇いがちの足取りでベンチのほうへと向かう。

 ベンチは何処にでもあるような普通の作り。もはやペンキも剥げ、経年劣化を隠しきれていないような木の摩れ方をしている。

「和雅くんは、何でここにいたの?」

「……あの日、公演の千秋楽を終えたおれは、片付けを終えて打ち上げをブッチして、ひとりでこの公園で飲んでいたんよ」

「へぇ、また何で? 打ち上げ、行けば良かったのに」不思議そうにめぐみはいう。

「色々と、イヤになっちまってね」

「あぁ、人間関係とか?」無言で頷く和雅に更に続ける。「なるほどねぇ、確かにキミはそういうので疲弊するタイプよね」

「何ていうかな。ふと他人にとっての『その人』ってのを演じ続けることにすごい疲れることがあるんだ。人は、どういうワケかその人がどういう人間かってカテゴライズしたがる。じゃないと安心出来ないんだ。その人はそういう人間だって信仰することで安心感を得たいんだよ。でも、本質はいつだって真逆。鉄の鎧に身を包むのは中身が弱いからで、虚勢を張るのは意気地がないから。明るく見えるヤツは自分の暗い日陰を隠さんがためにこそ、そこに陽向があるように見せ掛ける。だけど、人は日陰じゃなくて、そんな陽向こそがその人の本質、パーソナリティだと信じこんじまう。安直だよな」

「確かにね。まぁ、残酷なことをいうと、表層的なところしか理解しないのは、逆にいえば、その人への関心はその程度ってことか」

「その通りだで。人はつるんで仲良しを気取るクセにその人の本質がどうとかは理解はしない。で、それを証明するように、ちょっと距離が開けば連絡すら取り合わなくなる。まるでインスタントラーメン。その場しのぎで腹ごしらえは出来ても、それが栄養になることはまったくないんよ」

 寂しそうな笑みを浮かべる和雅。

「何かワケありみたいだね。やっぱ、あのお友達のこと? 外山くんだっけ」

「ほんと、何を出しゃばってんだろうな、おれは。悲しくなってくる。これまでずっとことばを武器に戦って来たつもりだったのに、自分のことばは人に届かないってわかっちまった。すべて、無駄だったのかもしれないな」

 と、突然に和雅の頬が弾ける。和雅が手で弾けた頬を庇うと、そこには目を細め感情を殺したように佇むめぐみの姿がある。

「……無駄、か。アナタがそう思うならそうなのかもね。でもさ、それだったらアナタのことばに突き動かされたあたしは一体何だったの?その動いてしまったこころで過ごした時間を返してっていったら、返してくれる?」

 呆然とする和雅。と、突然にめぐみがゆっくりと優しく和雅に抱きつき、その筋肉を武装した凹凸のある身体を優しく包み、小振りな耳に真っ赤な唇を近づけて呟く。

「確かに、人は他人のことばなんか気にしちゃいない。でもね、それはすべての人がそうってワケでもない。アナタがどう思おうと、アナタのことばで救われた人はゼロではないんだよ。だって、あたしがそのひとりなんだから。だから、そういうことはもういわないで。絶対に。約束して」

 和雅は震え出す。ふとすすり泣く声が公園内部に静かにこだまする。背を向ける和雅。和雅を抱き寄せるめぐみは、いつもの非情な顔を捨て、天使のように優しい笑みを浮かべている。まるでふたつの顔を持つジャヌスのように。

「おうおう、何してんだよ、こんなところで」

 和雅の背後から品のない声が聴こえて来る。さっきまで優しい天使のようだっためぐみの顔が、まるで死神のように無表情となる。和雅を放す。和雅はアウターの袖口で目元を乱暴に拭い、うしろを振り返る。和雅はハッとする。チンピラの姿を見て。

「おい、コイツ泣いてんぜ!」また別の下劣な声がいう。

 そこには三人のチンピラがいる。どれも似たような格好で、まるで缶詰工場にて生産されたパッケージのように見分けがつかない。

 チンピラが和雅とめぐみに近づき、チンピラのひとりがめぐみの肩を抱き寄せる。

「なぁ、こんなダセェ男じゃなくて、おれたちと遊ばねぇかーー」

 一瞬の出来事だった。めぐみに肩を掛けたチンピラが、肩を極められて呻いている。そう、めぐみがチンピラの肩関節を一瞬にして極めたのだ。そのまま足を狩り、身体ごとチンピラの顔面をアスファルトに叩きつけると、パンプスの先で思い切りチンピラの顔面を蹴り上げる。

 ワンダウン。ひとりは泡を吹いて気絶する。

「テメェ!」

 残ったふたりの内のひとりが逆上し、倒れためぐみにのし掛かろうとする。と、次の瞬間には二、三発の拳が閃光を放つように飛び、気づいた時には、ふたり目のチンピラは地面と接吻していた。和雅は追い討ちを掛けるように、ふたり目の顔面にサッカーボールキックを見舞う。ツーダウン。残りはひとり。

「もうひとりもおれにやらせてくれんかね?」

 めぐみは困惑を見せながら立ち上がる。和雅はまるで鬼神のように妖しく微笑んでいる。

「久しぶりだいな。外夢祭以来か。テメェらのお陰でおれの友人は偉くキズついちまったで。礼をいわなくちゃいかんな。ありがとよ」

 和雅の目に光が宿る。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み