【ナナフシギ~弐拾弐~】
文字数 1,187文字
月のない夜に、荒城の月は舞った。
音楽室のピアノから聴こえてくる『荒城の月』は、黒い空気を震わし、不気味に響いていた。その音色は不思議と不細工だった。エミリは祐太朗の肩に抱きついた。震える身体はまるで、その音色の振動に共鳴しているようだった。
「これ......」
「あぁ。ナナフシギのひとつ。深夜の学校に鳴り響く『荒城の月』。それとピアノに座るメガネを掛けた男。それだろうな」
そしてそのウワサはこう紡がれるーーその音色を耳にしてしまった者は、地獄の果てまで誘われるであろう、と。
「て、ことは......、わたしたち......!」
「安心しろよ。地獄の果てがどうとかいったところで、そもそもここは現世じゃねえんだ。それに音で地獄に誘われるなんて話は聴いたこともないし、そんなんで掛けた呪いくらいなら、何とかなる」祐太朗はつまらなそうにいった。
「ほんと......?」
「ウソいってどうする。それに、何もしなければ、どっちにしろ現世に帰れねえんなら、呪われてでも現世に帰ったほうがいいだろ。お前だって、お父さんとお母さんの顔をもう一度見たいだろ? 行くぞ」
祐太朗はひとりで音楽室のほうへ歩き出した。エミリも、待ってと訴えつつ祐太朗に付いて行った。祐太朗の腕にしがみつくエミリ。
「ちょっと、動きづれえよ」
「だって......」
祐太朗は呆れたように顔を歪めると、自分の右手を持ち上げ、手のひらをしっかりと開いて見せた。エミリは祐太朗の差し出した右手を呆然と見詰め、それから祐太朗の顔へとフォーカスした。祐太朗は一瞬エミリを一瞥し、そのまま視線をエミリから逸らすように反対側へと流していった。
「ほら。腕じゃ動きづらいだろ。だから......、手ぇ、握れよ」
まるで時間が止まったようだった。エミリはハッとして祐太朗の顔を見、そして反対へ顔を逸らした。その顔は微かに伺えるほどではあったが、確かに紅潮していた。祐太朗もすまし顔をしているが、その顔には若干の緊張が窺えた。
「ほら、早くしろよ。戻れなくなっちまうぞ」
祐太朗の声は先程と打って変わって緊張していた。エミリも殆ど聴こえない蚊の鳴くような声で、うんと答えるとゆっくりと祐太朗の手を取った。ハッという吐息が漏れた。まるで心臓の鼓動が聴こえてきそうだった。重なりあった手のひらから汗が漏れ出て滲み出して来そうだった。
「......お前、そんな緊張すんなよ」やや声を上ずらせて祐太朗はいった。
「祐太朗くんこそ......」
「い、行くぞ......」
祐太朗はエミリの手を引っ張って、音楽室へ近づいた。音がどんどん大きくなって行く。そして、ふたりは音楽室のドアもとまでたどり着いた。ドアの取っ手に手を掛ける祐太朗。そしてーー
祐太朗は勢い良く音楽室のドアを開けた。
が、そこには誰もおらず、ただピアノだけが鳴り響いていた。
【続く】
音楽室のピアノから聴こえてくる『荒城の月』は、黒い空気を震わし、不気味に響いていた。その音色は不思議と不細工だった。エミリは祐太朗の肩に抱きついた。震える身体はまるで、その音色の振動に共鳴しているようだった。
「これ......」
「あぁ。ナナフシギのひとつ。深夜の学校に鳴り響く『荒城の月』。それとピアノに座るメガネを掛けた男。それだろうな」
そしてそのウワサはこう紡がれるーーその音色を耳にしてしまった者は、地獄の果てまで誘われるであろう、と。
「て、ことは......、わたしたち......!」
「安心しろよ。地獄の果てがどうとかいったところで、そもそもここは現世じゃねえんだ。それに音で地獄に誘われるなんて話は聴いたこともないし、そんなんで掛けた呪いくらいなら、何とかなる」祐太朗はつまらなそうにいった。
「ほんと......?」
「ウソいってどうする。それに、何もしなければ、どっちにしろ現世に帰れねえんなら、呪われてでも現世に帰ったほうがいいだろ。お前だって、お父さんとお母さんの顔をもう一度見たいだろ? 行くぞ」
祐太朗はひとりで音楽室のほうへ歩き出した。エミリも、待ってと訴えつつ祐太朗に付いて行った。祐太朗の腕にしがみつくエミリ。
「ちょっと、動きづれえよ」
「だって......」
祐太朗は呆れたように顔を歪めると、自分の右手を持ち上げ、手のひらをしっかりと開いて見せた。エミリは祐太朗の差し出した右手を呆然と見詰め、それから祐太朗の顔へとフォーカスした。祐太朗は一瞬エミリを一瞥し、そのまま視線をエミリから逸らすように反対側へと流していった。
「ほら。腕じゃ動きづらいだろ。だから......、手ぇ、握れよ」
まるで時間が止まったようだった。エミリはハッとして祐太朗の顔を見、そして反対へ顔を逸らした。その顔は微かに伺えるほどではあったが、確かに紅潮していた。祐太朗もすまし顔をしているが、その顔には若干の緊張が窺えた。
「ほら、早くしろよ。戻れなくなっちまうぞ」
祐太朗の声は先程と打って変わって緊張していた。エミリも殆ど聴こえない蚊の鳴くような声で、うんと答えるとゆっくりと祐太朗の手を取った。ハッという吐息が漏れた。まるで心臓の鼓動が聴こえてきそうだった。重なりあった手のひらから汗が漏れ出て滲み出して来そうだった。
「......お前、そんな緊張すんなよ」やや声を上ずらせて祐太朗はいった。
「祐太朗くんこそ......」
「い、行くぞ......」
祐太朗はエミリの手を引っ張って、音楽室へ近づいた。音がどんどん大きくなって行く。そして、ふたりは音楽室のドアもとまでたどり着いた。ドアの取っ手に手を掛ける祐太朗。そしてーー
祐太朗は勢い良く音楽室のドアを開けた。
が、そこには誰もおらず、ただピアノだけが鳴り響いていた。
【続く】