【モノローグ~残光~】
文字数 1,995文字
ーー明転。男がセンターに立っているーー
「空が、落ちてくるーーそんな感覚を知っているだろうか。当然、知っているはずがないだろう。だが、おれは知っている。
あれは何年も前のことだった。
ーー前方の照明が消え、後方の照明のみが光り、男に後光を差すーー
その時、おれは電車に乗っていた。取るに足らない日常のひとコマだった」
ーー照明が明滅するーー
「突然、視界が揺れ始めた。地震、ではなかった。揺れていたのは、おれの視界と心臓だけだった。
途端に胃液が逆流しそうになった。粘っこい汗が額を、手のひらを濡らした。心臓が爆発しそうなほど鼓動を打った。視界がぐらついて天地が逆転し、空が落ちてくるようだった。
乗り物酔い。そう思って、おれは電車を降りてホームで休憩することにした。通り過ぎる電車をいくつか見送り、ようやく落ち着きを取り戻すと、再び電車に乗った。
だが、ダメだった。
空はまたもや落ちて来た。動悸と汗が壊れた消火栓のように吹き出して来た。それを無視しようとした。ダメだった。意識の奥で、警報がなっていた。完全な誤報だった。なのに警報は止まらなかった。
またもやホームに避難し、いくつか電車を見送った。落ち着きを取り戻すと、また次の電車に乗る。それを繰り返し、ようやく帰宅することが出来た。
自宅に戻るとさっきまでの不調がウソのようだった。きっと、今日は体調が悪かったんだ。そうだ、今日はあまり寝ていなかった。そう自分を安心させ、おれは眠りについた。
ーー照明が薄暗くなり、また明るくなるーー
だが、現実はそう上手くはいかなかった。
翌日からというもの、おれの身体は何かに取り憑かれたかのように不自由になった。毎日何処にいてもうっすらとした吐き気が付きまとい、車やバス、電車といった乗り物、人通りのある場所では、またもや空が落ちて来た。それはまるで死神が肩を叩きながら微笑んでいるようだった。
そして、そんな日常が一ヶ月も続くとおれは外への恐怖から、殻に籠るようになった。
ーー男、うしろのカーテンを指すーー
ここに厚いカーテンがある。だが、それも必要なくなった。何故かーー」
ーー男、うしろのカーテンを開くーー
「ここにはもう窓も扉もないからだ。そう。かつてはここに窓も扉もあったのだ。
だが、電車での一件以来、窓も扉もなくなってしまった。それは、おれ自身が外へ繋がるモノをすべて取っ払ってしまったからだった。何故なら、外には恐怖しかないから。
また、同じようなことになったらどうしよう。今度こそ、死ぬかもしれない。防衛本能が過剰なまでに働き、まるで身体の中のあらゆる場所に鎖が巻き付けられているようだった。そして、気づけば精神だけでなく、肉体までもを暗闇へと閉じ込めることとなった」
ーー薄暗くなり、男は椅子に座るーー
「まるで牢獄だった。そこは間違いなく自分の部屋だった。取るに足らない自分の部屋だった。だが、そこは間違いなく牢獄だった。そして、自分を閉じ込めていたのは紛れもない自分自身だった。何度となく抜け出そうとした。だが、そうする度に悪魔がおれに囁き掛けて来たーー」
ーー暗転し、声だけが聴こえるーー
「どうする?......やめろ。そうだ止めておけ。逃げろよ。逃げなきゃ今度こそ倒れちまうぜ。......やめろ。倒れたらみっともないぜ。それでもーーやめろ!!」
ーー再び明転する。と、そこには椅子に座る男の姿があるーー
「こうしておれは暴走する防衛本能によって、何も出来なくなった。意識は活動したいと叫んでいた。だが、肉体と潜在意識がそれを拒んでいた。そんな不能になったストレスで、おれは自分を破壊したくなった。
だが、しなくて良かった。
ーー薄暗さの中で光る照明。それを指差す男ーー
何故なら、おれには、暗闇の先の先、そのまた先で確かに光る『残光』が見えていたから。
ーー男、ゆっくりと立ち上がるーー
そんな『残光』を追い続けて、気づけば何年も経っていた。
苦しいことはたくさんあった。時には人に裏切られ、時には助けられた。しかし、何があろうと、おれはそんな『残光』の先を見たいと思って歩き続けた。そして、おれは肉体と精神を貪る悪魔を少しずつ撥ね付けて、とうとう『牢獄』から抜け出した。
だが、医者がいうには悪魔はいつまでもおれの中に巣喰い続けるとのことだった。今は身を潜めているだけ。つまり、またいつか空が落ちてくるかもしれないということだ。
だが、そんなことはどうでも良かった。
いつまた不敵な笑みを浮かべるかわからない悪魔のことなんかどうでもいい。下らないパニックも、失うことももうウンザリだ。この先どうなるかなんてわからない。わかるのは自分が今生きているということーー
自由だ!ーーそう、おれは今ここにいる。
おれは今......ここで、生きているんだ!」
暗転。
【終幕】
「空が、落ちてくるーーそんな感覚を知っているだろうか。当然、知っているはずがないだろう。だが、おれは知っている。
あれは何年も前のことだった。
ーー前方の照明が消え、後方の照明のみが光り、男に後光を差すーー
その時、おれは電車に乗っていた。取るに足らない日常のひとコマだった」
ーー照明が明滅するーー
「突然、視界が揺れ始めた。地震、ではなかった。揺れていたのは、おれの視界と心臓だけだった。
途端に胃液が逆流しそうになった。粘っこい汗が額を、手のひらを濡らした。心臓が爆発しそうなほど鼓動を打った。視界がぐらついて天地が逆転し、空が落ちてくるようだった。
乗り物酔い。そう思って、おれは電車を降りてホームで休憩することにした。通り過ぎる電車をいくつか見送り、ようやく落ち着きを取り戻すと、再び電車に乗った。
だが、ダメだった。
空はまたもや落ちて来た。動悸と汗が壊れた消火栓のように吹き出して来た。それを無視しようとした。ダメだった。意識の奥で、警報がなっていた。完全な誤報だった。なのに警報は止まらなかった。
またもやホームに避難し、いくつか電車を見送った。落ち着きを取り戻すと、また次の電車に乗る。それを繰り返し、ようやく帰宅することが出来た。
自宅に戻るとさっきまでの不調がウソのようだった。きっと、今日は体調が悪かったんだ。そうだ、今日はあまり寝ていなかった。そう自分を安心させ、おれは眠りについた。
ーー照明が薄暗くなり、また明るくなるーー
だが、現実はそう上手くはいかなかった。
翌日からというもの、おれの身体は何かに取り憑かれたかのように不自由になった。毎日何処にいてもうっすらとした吐き気が付きまとい、車やバス、電車といった乗り物、人通りのある場所では、またもや空が落ちて来た。それはまるで死神が肩を叩きながら微笑んでいるようだった。
そして、そんな日常が一ヶ月も続くとおれは外への恐怖から、殻に籠るようになった。
ーー男、うしろのカーテンを指すーー
ここに厚いカーテンがある。だが、それも必要なくなった。何故かーー」
ーー男、うしろのカーテンを開くーー
「ここにはもう窓も扉もないからだ。そう。かつてはここに窓も扉もあったのだ。
だが、電車での一件以来、窓も扉もなくなってしまった。それは、おれ自身が外へ繋がるモノをすべて取っ払ってしまったからだった。何故なら、外には恐怖しかないから。
また、同じようなことになったらどうしよう。今度こそ、死ぬかもしれない。防衛本能が過剰なまでに働き、まるで身体の中のあらゆる場所に鎖が巻き付けられているようだった。そして、気づけば精神だけでなく、肉体までもを暗闇へと閉じ込めることとなった」
ーー薄暗くなり、男は椅子に座るーー
「まるで牢獄だった。そこは間違いなく自分の部屋だった。取るに足らない自分の部屋だった。だが、そこは間違いなく牢獄だった。そして、自分を閉じ込めていたのは紛れもない自分自身だった。何度となく抜け出そうとした。だが、そうする度に悪魔がおれに囁き掛けて来たーー」
ーー暗転し、声だけが聴こえるーー
「どうする?......やめろ。そうだ止めておけ。逃げろよ。逃げなきゃ今度こそ倒れちまうぜ。......やめろ。倒れたらみっともないぜ。それでもーーやめろ!!」
ーー再び明転する。と、そこには椅子に座る男の姿があるーー
「こうしておれは暴走する防衛本能によって、何も出来なくなった。意識は活動したいと叫んでいた。だが、肉体と潜在意識がそれを拒んでいた。そんな不能になったストレスで、おれは自分を破壊したくなった。
だが、しなくて良かった。
ーー薄暗さの中で光る照明。それを指差す男ーー
何故なら、おれには、暗闇の先の先、そのまた先で確かに光る『残光』が見えていたから。
ーー男、ゆっくりと立ち上がるーー
そんな『残光』を追い続けて、気づけば何年も経っていた。
苦しいことはたくさんあった。時には人に裏切られ、時には助けられた。しかし、何があろうと、おれはそんな『残光』の先を見たいと思って歩き続けた。そして、おれは肉体と精神を貪る悪魔を少しずつ撥ね付けて、とうとう『牢獄』から抜け出した。
だが、医者がいうには悪魔はいつまでもおれの中に巣喰い続けるとのことだった。今は身を潜めているだけ。つまり、またいつか空が落ちてくるかもしれないということだ。
だが、そんなことはどうでも良かった。
いつまた不敵な笑みを浮かべるかわからない悪魔のことなんかどうでもいい。下らないパニックも、失うことももうウンザリだ。この先どうなるかなんてわからない。わかるのは自分が今生きているということーー
自由だ!ーーそう、おれは今ここにいる。
おれは今......ここで、生きているんだ!」
暗転。
【終幕】