【藪医者放浪記~死重苦~】
文字数 1,227文字
再び場には張り詰めんばかりの緊張が漂い始めた。
縁談の場ーー相変わらず御簾が垂れ下がっており、その奥にはお咲の君が座っていた。御簾の前には神妙な顔をしたお羊がいた。何もなかったかのように澄ましているようだが、その緊張は表情の固さとピクつく口許で明らかだった。
戸が開いた。そこには松平天馬の姿があった。そして、そのうしろには藤十郎の姿。
「何ですかこれは!」
藤十郎は表情を引き吊らせていった。無礼千万だとか、そういったことはお構いなしに天馬の身体にぶつかりながらも非礼を詫びることなく室内へズカズカと踏み入った。藤十郎の顔が怒りに満ちて行く。
「天馬殿、アナタはわたしをバカにしておられるのですか!?」
藤十郎が激昂するのも無理はない。そもそも、お咲の君に会わせると息巻いてお羊を始め、邸内の給仕たちを動かして来たというのに、いざ縁談の場に来てみれば再びこのザマである。藤十郎でなくともバカにされていると思っても無理はないだろう。
「い、いえ、そんなことは......」
先程までの強気な姿勢は何処へやら。天馬はたじたじになっていた。そして、天馬のそんな姿勢が藤十郎の怒りに更なる火をつけたのはいうまでもなかった。
「何がそんなことは、です! アナタがお咲の君に会わせましょうといいなさるから大手を振ってここまで来てみれば! これでは先程と同じではないですか!」
「ですから!」天馬は藤十郎のことばを遮るようにしていった。「これはちょっとした座興なのでございますよ」
「座興?」
「つまりです。顔が見えないということは、それだけ想像力を働かせなければならないというモノ。相手の声の調子から相手の表情を想像しなければならないワケでございます。ともなれば、相手のいうこと一つひとつにしっかりと耳を傾けていかなければならない。夫婦となる者、互いにこころを通わせなければ上手くは行きませぬ。そこでです。相手がどう考え、どう話すかに集中することで相手との仲を深めて行くことで、より絆の深い夫婦になれるように、と思った次第です!」
まったくもってデタラメもいいところだった。確かに、相手の表情が見えなければ、声の調子や微かに見える仕草から、相手がどのように思っているかを想像していかなければならないし、視覚という情報に制限が掛かることもあって、より相手のことばを聴くということに力を割くことになる。
だが、だからといってそれを縁談でやる必要はあるのかといえば、ないだろう。大体、相手の顔を見ずして行う婚礼というのも変な話だ。
現代でいえば、ネットワーク上で出会った顔も知らない男女同士が結婚することなんて当たり前にある話ではあるが、それでも一度は互いに顔を合わせはするし、会う前に写真という形で互いの顔をお披露目することが殆どだろう。だからこそ、この江戸も終わりに近づいている時代にそんな相手の顔を見ることもなしに縁談をすることなどない。
まったく、呆れた話である。
【続く】
縁談の場ーー相変わらず御簾が垂れ下がっており、その奥にはお咲の君が座っていた。御簾の前には神妙な顔をしたお羊がいた。何もなかったかのように澄ましているようだが、その緊張は表情の固さとピクつく口許で明らかだった。
戸が開いた。そこには松平天馬の姿があった。そして、そのうしろには藤十郎の姿。
「何ですかこれは!」
藤十郎は表情を引き吊らせていった。無礼千万だとか、そういったことはお構いなしに天馬の身体にぶつかりながらも非礼を詫びることなく室内へズカズカと踏み入った。藤十郎の顔が怒りに満ちて行く。
「天馬殿、アナタはわたしをバカにしておられるのですか!?」
藤十郎が激昂するのも無理はない。そもそも、お咲の君に会わせると息巻いてお羊を始め、邸内の給仕たちを動かして来たというのに、いざ縁談の場に来てみれば再びこのザマである。藤十郎でなくともバカにされていると思っても無理はないだろう。
「い、いえ、そんなことは......」
先程までの強気な姿勢は何処へやら。天馬はたじたじになっていた。そして、天馬のそんな姿勢が藤十郎の怒りに更なる火をつけたのはいうまでもなかった。
「何がそんなことは、です! アナタがお咲の君に会わせましょうといいなさるから大手を振ってここまで来てみれば! これでは先程と同じではないですか!」
「ですから!」天馬は藤十郎のことばを遮るようにしていった。「これはちょっとした座興なのでございますよ」
「座興?」
「つまりです。顔が見えないということは、それだけ想像力を働かせなければならないというモノ。相手の声の調子から相手の表情を想像しなければならないワケでございます。ともなれば、相手のいうこと一つひとつにしっかりと耳を傾けていかなければならない。夫婦となる者、互いにこころを通わせなければ上手くは行きませぬ。そこでです。相手がどう考え、どう話すかに集中することで相手との仲を深めて行くことで、より絆の深い夫婦になれるように、と思った次第です!」
まったくもってデタラメもいいところだった。確かに、相手の表情が見えなければ、声の調子や微かに見える仕草から、相手がどのように思っているかを想像していかなければならないし、視覚という情報に制限が掛かることもあって、より相手のことばを聴くということに力を割くことになる。
だが、だからといってそれを縁談でやる必要はあるのかといえば、ないだろう。大体、相手の顔を見ずして行う婚礼というのも変な話だ。
現代でいえば、ネットワーク上で出会った顔も知らない男女同士が結婚することなんて当たり前にある話ではあるが、それでも一度は互いに顔を合わせはするし、会う前に写真という形で互いの顔をお披露目することが殆どだろう。だからこそ、この江戸も終わりに近づいている時代にそんな相手の顔を見ることもなしに縁談をすることなどない。
まったく、呆れた話である。
【続く】