【冷たい墓石で鬼は泣く~伍拾参~】
文字数 1,110文字
人間、独り身が長いと他人のことを思いやる気持ちが欠落しがちになるという。
そんな話を聴いたことがあるが、独り身であっても人を思いやれない者などいくらでもいるのは、独り身のわたしも知っていた。あまりこうはいいたくはなかったが、自分の父上がまさにそういうお人だったから。
だからといって、自分が他人を思いやれる優しい人だとはまったく思わなかった。むしろ逆。わたしは馬乃助とはまた別の形で他人に対して非情だったといっていい。
というより、多分、馬乃助のほうがわたしなんかよりもずっと人のことを思っているのでは、とも思えてならなかった。おはるのことに関する様々な情報を教えてくれたのは紛れもない馬乃助だったし、やり方は問題があるとはいえ、ヤクザの用心棒から手を引いたのもいってしまえばわたしに対して何かしらの思いがあったからに違いなかった。
対するわたしは、いざとなれば自分の保身ばかりが気になり、自分に対して気を使ってくれた馬乃助に対して礼をいうどころか、罵倒してしまったことに対する詫びのひとことすらいっていない。わたしはやはり自分がかわいかった。だからこそ、他人に対して本気になれないのだろう。
そんなわたしが藤乃助様のご子息様の世話係など出来るはずがない。だが、わたしにその申し出を断る勇気もなかった。結局わたしに出来たのは、世話係ですかと復唱するようにいって、それから黙り込むことだけだった。
にしても気になるのは周りの反応だった。普通、主である旗本のご子息様の話が出たところで、そんなザワついたり、明らかな同様を父上である旗本の前であからさまに出すだろうか。普通ならまず出さない。それが原因で打ち首になるなんてこともなくはないし、もっと旗本のご子息様のことというのは気を遣う話題であるはずだった。
だが、わたしが見た限りでは藤乃助様はまるで動揺する従者たちが見えていないかのように彼らの態度について何もいわなかった。
それはつまり、わかっているということだーー藤乃助様も自分のご子息様がいかに問題児であるということを。
考えてみたら、旗本のご子息様の世話係など早々に選ばれて早々動くことのない役職のはず。それに動きがあるという時点で、相手は相当に面倒な相手だと予測が出来る。
わたしは答えを出しあぐねていたが、藤乃助様のいかがだろうかという懇願するような表情を見て何だか断るのも申しワケなくなってしまった。そして、わたしはーー
「わかりました」
と了承した。と、その答えを聞いて藤乃助様は大喜び。周りの者たちは更にどよめいた。
わたしはいけないことをした気になった。
そして、その感覚は間違っていなかった。
【続く】
そんな話を聴いたことがあるが、独り身であっても人を思いやれない者などいくらでもいるのは、独り身のわたしも知っていた。あまりこうはいいたくはなかったが、自分の父上がまさにそういうお人だったから。
だからといって、自分が他人を思いやれる優しい人だとはまったく思わなかった。むしろ逆。わたしは馬乃助とはまた別の形で他人に対して非情だったといっていい。
というより、多分、馬乃助のほうがわたしなんかよりもずっと人のことを思っているのでは、とも思えてならなかった。おはるのことに関する様々な情報を教えてくれたのは紛れもない馬乃助だったし、やり方は問題があるとはいえ、ヤクザの用心棒から手を引いたのもいってしまえばわたしに対して何かしらの思いがあったからに違いなかった。
対するわたしは、いざとなれば自分の保身ばかりが気になり、自分に対して気を使ってくれた馬乃助に対して礼をいうどころか、罵倒してしまったことに対する詫びのひとことすらいっていない。わたしはやはり自分がかわいかった。だからこそ、他人に対して本気になれないのだろう。
そんなわたしが藤乃助様のご子息様の世話係など出来るはずがない。だが、わたしにその申し出を断る勇気もなかった。結局わたしに出来たのは、世話係ですかと復唱するようにいって、それから黙り込むことだけだった。
にしても気になるのは周りの反応だった。普通、主である旗本のご子息様の話が出たところで、そんなザワついたり、明らかな同様を父上である旗本の前であからさまに出すだろうか。普通ならまず出さない。それが原因で打ち首になるなんてこともなくはないし、もっと旗本のご子息様のことというのは気を遣う話題であるはずだった。
だが、わたしが見た限りでは藤乃助様はまるで動揺する従者たちが見えていないかのように彼らの態度について何もいわなかった。
それはつまり、わかっているということだーー藤乃助様も自分のご子息様がいかに問題児であるということを。
考えてみたら、旗本のご子息様の世話係など早々に選ばれて早々動くことのない役職のはず。それに動きがあるという時点で、相手は相当に面倒な相手だと予測が出来る。
わたしは答えを出しあぐねていたが、藤乃助様のいかがだろうかという懇願するような表情を見て何だか断るのも申しワケなくなってしまった。そして、わたしはーー
「わかりました」
と了承した。と、その答えを聞いて藤乃助様は大喜び。周りの者たちは更にどよめいた。
わたしはいけないことをした気になった。
そして、その感覚は間違っていなかった。
【続く】