【冷たい墓石で鬼は泣く~死拾伍~】
文字数 1,174文字
ハッとした表情がたくさん並んでいた。
わたしも武士、だが周りにいる者たちは浪人のわたしなどよりずっと格上のはずだった。にも関わらず、彼らは唖然とした表情を浮かべてただ立ち竦むことしかしなかった。
手裏剣の突き刺さる、鈍い音と呻き声が聴こえた。一瞬、静寂が波のように響き渡った。それからすぐに、「狼藉者ッ!」という叫び声がこだました。目の前にいた足軽が刀を抜こうとしたーー
次の瞬間には足軽は倒れていた。わたしは一切抜刀はしていなかった。ただ、刀の柄頭で足軽の陣中を打ち抜いただけだった。抜刀するつもりは微塵もなかった。まぁ、大名行列を止めて手裏剣を投げるだけでも充分無礼なのは承知だったし、それ故に切り捨てられても構わないと思っていた。
行列の足軽や武士たちが声を上げた。
「待たれよ」
唐突に、そんな声が響いた。その声によって足軽も武士たちも打って変わって静まった。わたしは視線を一点に集中していた。それは声のした先ーー籠の中だった。
「降ろしてはくれないか?」
籠の中の人物がいうと、周りの人間はそれを曖昧な態度でやり過ごそうとした。中には「狼藉者の目の前です。お待ち下さい!」との声もあったが、籠の中の人物はーー
「......いいからわたしを籠から出してはくれないかな?」
落ち着きのある低い声。決して荒げることはなく、静かなモノいいであるというのに、その声はまるで大地を揺らさんばかりに響き渡った。わたしは珍しく緊張していた。このようなことが初めてだったから、というのもあるが、やはりそこから出てくる人物がどのような者なのか、気になって仕方がなかった。
ゆっくりと籠が降ろされた。御簾が上がる。と、そこには大層立派な着物を着た小太りの中年旗本の姿があった。眉は太いが、目はやや細め。口許にヒゲを蓄えたその姿は大層立派な身分なのだろうと思わせる。
足軽が置いた履き物をゆったりとした物腰で履くと、一直線にわたしのほうを見、そしてゆっくりとわたしのほうへと歩み寄ってきた。腰元には脇差がひとつ。それ以外には何も装備はしていないようだった。
だが、わかる。この男はなかなかの手練れだ、と。余裕のある立ち振舞い。それが出来るのは、厳しい人生を生き抜いて来たからに違いなかったから。
旗本はわたしの目の前に立った。それも余裕で抜刀即切り捨てることが出来るだけの距離だった。そんな簡単に人の刀の範囲に入ってくるとは、素人......か?
「今、困惑しているな?」
旗本はわたしのこころを見透かすかのようにいった。その通りだった。わたしはこの男の実力を図り損なっていた。
突然、目の前がぶれた。
「刀の範囲に入るということは、それより詰めてしまえば、逆に刀の範囲ではなくなる、ということだーー」
わたしの首元には脇差の刃、目の前には旗本の顔があった。
【続く】
わたしも武士、だが周りにいる者たちは浪人のわたしなどよりずっと格上のはずだった。にも関わらず、彼らは唖然とした表情を浮かべてただ立ち竦むことしかしなかった。
手裏剣の突き刺さる、鈍い音と呻き声が聴こえた。一瞬、静寂が波のように響き渡った。それからすぐに、「狼藉者ッ!」という叫び声がこだました。目の前にいた足軽が刀を抜こうとしたーー
次の瞬間には足軽は倒れていた。わたしは一切抜刀はしていなかった。ただ、刀の柄頭で足軽の陣中を打ち抜いただけだった。抜刀するつもりは微塵もなかった。まぁ、大名行列を止めて手裏剣を投げるだけでも充分無礼なのは承知だったし、それ故に切り捨てられても構わないと思っていた。
行列の足軽や武士たちが声を上げた。
「待たれよ」
唐突に、そんな声が響いた。その声によって足軽も武士たちも打って変わって静まった。わたしは視線を一点に集中していた。それは声のした先ーー籠の中だった。
「降ろしてはくれないか?」
籠の中の人物がいうと、周りの人間はそれを曖昧な態度でやり過ごそうとした。中には「狼藉者の目の前です。お待ち下さい!」との声もあったが、籠の中の人物はーー
「......いいからわたしを籠から出してはくれないかな?」
落ち着きのある低い声。決して荒げることはなく、静かなモノいいであるというのに、その声はまるで大地を揺らさんばかりに響き渡った。わたしは珍しく緊張していた。このようなことが初めてだったから、というのもあるが、やはりそこから出てくる人物がどのような者なのか、気になって仕方がなかった。
ゆっくりと籠が降ろされた。御簾が上がる。と、そこには大層立派な着物を着た小太りの中年旗本の姿があった。眉は太いが、目はやや細め。口許にヒゲを蓄えたその姿は大層立派な身分なのだろうと思わせる。
足軽が置いた履き物をゆったりとした物腰で履くと、一直線にわたしのほうを見、そしてゆっくりとわたしのほうへと歩み寄ってきた。腰元には脇差がひとつ。それ以外には何も装備はしていないようだった。
だが、わかる。この男はなかなかの手練れだ、と。余裕のある立ち振舞い。それが出来るのは、厳しい人生を生き抜いて来たからに違いなかったから。
旗本はわたしの目の前に立った。それも余裕で抜刀即切り捨てることが出来るだけの距離だった。そんな簡単に人の刀の範囲に入ってくるとは、素人......か?
「今、困惑しているな?」
旗本はわたしのこころを見透かすかのようにいった。その通りだった。わたしはこの男の実力を図り損なっていた。
突然、目の前がぶれた。
「刀の範囲に入るということは、それより詰めてしまえば、逆に刀の範囲ではなくなる、ということだーー」
わたしの首元には脇差の刃、目の前には旗本の顔があった。
【続く】