【藪医者放浪記~伍拾壱~】
文字数 1,037文字
突然強気で来られると大抵の人は困惑、怯んでしまうモノだろう。
お咲の君からの突然の申し出に対して藤十郎は困惑を隠せなかった。だが、その押しの強いモノいいに藤十郎は、
「......そういうことであれば」
と渋々という感じではあったが、申し出を了承するのだった。ただ、了承したからといってその状況が好転するかといったらそれはまた別の話ではある。
というより、むしろ時間を引き伸ばす分、その傷口をジワジワと広げているのも事実だった。時間が伸びれば楽しみも増幅する。そして、それを反古にすればそれだけ反感を買うことはいうまでもないだろう。
そんなことを思ってか松平天馬の表情は笑ってはいるが同時に引き吊ってもいた。この「ウソ」がいつバレるのだろう。もはや口に出さずとも顔に書いてあるのだから、これは困った話だった。
さて、それはさておき話は振り出し。藤十郎と御簾の向こうのお咲の君は互いに向き合って座ってはいるが、互いに沈黙状態。まぁ、そもそも相手の顔が見えていないのだから、様子を伺うことも困難。ともなると緊張感も自然と増して、会話もままならなくなるのは当然のことだろう。
藤十郎は非常にやきもきしているご様子だった。そして、寅三郎は何処となく居心地が悪そう。何というか、視線を散らして今ここにある状況のすべてを伺っているようだった。
それもそのはずだった。
というのも、寅三郎は事情を知ってしまっているのだから。
話は少し前に遡る。あれは邸宅の中庭にて寅三郎と茂作が話していた時のことだった。そこで茂作は寅三郎を信頼の出来る男ということで、これまでのことを全部話してしまったのだった。そして、それは自分が医者ではないということも一緒に。
当然、寅三郎もこれを聴いて驚き戸惑ったが、それが表に出れば藤十郎も黙ってはいない。まず、武田家と松平家の間でとんでもない因縁が生まれるのはもちろん、松平天馬ならびに彼に仕える者たちは総じてーー
さて、そんな事情を聴かされた寅三郎であるのだから、動揺を隠せなかったのも可笑しくはない話だった。
「牛野」藤十郎が名前を呼んだ。
「はいッ!」まるで飛び上がるように寅三郎は答えた。「どうなされたので?」
「いや、いつもと様子が違うぞ。何があった?」
「いえ、何も......」
答えられないのはいうまでもない。緊迫した地獄のような縁談。いつそこにあるウソが暴かれるかわからないような状況。とーー
「ただいま戻りました」
猿田源之助の声がした。
【続く】
お咲の君からの突然の申し出に対して藤十郎は困惑を隠せなかった。だが、その押しの強いモノいいに藤十郎は、
「......そういうことであれば」
と渋々という感じではあったが、申し出を了承するのだった。ただ、了承したからといってその状況が好転するかといったらそれはまた別の話ではある。
というより、むしろ時間を引き伸ばす分、その傷口をジワジワと広げているのも事実だった。時間が伸びれば楽しみも増幅する。そして、それを反古にすればそれだけ反感を買うことはいうまでもないだろう。
そんなことを思ってか松平天馬の表情は笑ってはいるが同時に引き吊ってもいた。この「ウソ」がいつバレるのだろう。もはや口に出さずとも顔に書いてあるのだから、これは困った話だった。
さて、それはさておき話は振り出し。藤十郎と御簾の向こうのお咲の君は互いに向き合って座ってはいるが、互いに沈黙状態。まぁ、そもそも相手の顔が見えていないのだから、様子を伺うことも困難。ともなると緊張感も自然と増して、会話もままならなくなるのは当然のことだろう。
藤十郎は非常にやきもきしているご様子だった。そして、寅三郎は何処となく居心地が悪そう。何というか、視線を散らして今ここにある状況のすべてを伺っているようだった。
それもそのはずだった。
というのも、寅三郎は事情を知ってしまっているのだから。
話は少し前に遡る。あれは邸宅の中庭にて寅三郎と茂作が話していた時のことだった。そこで茂作は寅三郎を信頼の出来る男ということで、これまでのことを全部話してしまったのだった。そして、それは自分が医者ではないということも一緒に。
当然、寅三郎もこれを聴いて驚き戸惑ったが、それが表に出れば藤十郎も黙ってはいない。まず、武田家と松平家の間でとんでもない因縁が生まれるのはもちろん、松平天馬ならびに彼に仕える者たちは総じてーー
さて、そんな事情を聴かされた寅三郎であるのだから、動揺を隠せなかったのも可笑しくはない話だった。
「牛野」藤十郎が名前を呼んだ。
「はいッ!」まるで飛び上がるように寅三郎は答えた。「どうなされたので?」
「いや、いつもと様子が違うぞ。何があった?」
「いえ、何も......」
答えられないのはいうまでもない。緊迫した地獄のような縁談。いつそこにあるウソが暴かれるかわからないような状況。とーー
「ただいま戻りました」
猿田源之助の声がした。
【続く】