【帝王霊~捌拾参~】
文字数 1,188文字
コイツは死ねばいいと思うヤツがいる。
それは画面の向こうにも、今自分が目にしている現実でもそういったヤツはいる。嫌いで仕方がない。憎くて仕方がない。そう思える相手なんて普通に生きていれば絶対にひとりは出てくるはずだ。
だが、その相手が本当に死んだとなったら、手を上げて喜ぶことは出来るだろうか?
少なくともあたしには出来ないと思う。これまで、学生、警官、探偵と自分の歴史を経て来て、その中で数多くのロクデナシ、クズに出会って来た。確かに、その中でも人を殺しておいて何の反省もないどころか、裁判所で偉そうに演説を打つようなヤツには死が妥当だと思いはしたし、そういった善悪の分別のたがが外れているような人間は同じ世界で呼吸すらして欲しくないと思う。
だが、大抵の場合は、どんなに怒りを感じ、妬み憎んでも、その人の死という事実は起こって欲しいモノではないはずだ。
何も死ぬほどではーーそういった人間のこころの奥底に内包された優しさがそこで滲み出てしまう。それは甘さなのだろうか、それとも正常な感覚なのだろうか。
あたしの中で成松蓮斗という男は、死に値する人間だと思っていた。人を利用し、利用した人間を使い捨ての道具程度にしか思っておらず、自分が潤うためには手段を選ばない。まず人間同士がコミュニティを形成する上では、そういう者の存在はガンになる。そしてそういう存在がひとりいるお陰で共同体はいとも簡単に崩れ落ちてしまう。
成松蓮斗という男はそういう存在だった。この男の場合は人に殺されたと聞かされても何の驚きもなかったし、いずれはそうなるだろうとしか思っていなかったからだ。
だが、佐野めぐみに関しては違ったらしかった。
弓永くんが佐野に銃口を向けているのを見た時、あたしは殺すことはないと思ってしまったのだ。こんな諸悪の根源みたいな女、裁かれて然るべき。そう思ってはいたが、不思議とこの女の死を願う自分は何処にもいなかった。成松事件の記憶が蘇る。唐突にあたしの前に現れて、あたしにラーメンをおごった女。そんな小さな記憶ですら、そういった死が過ると尊いモノに感じられてくる。
「殺すことはないんじゃない?」
あたしは無意識の内にそういっていた。が、弓永くんはその答えが不快だったか。
「ふざけんな。何度、この女に東へ西へ走らされたと思ってる。ここで二度と動き回れなくしておけばーー」
「だったら、逮捕して留置場に入れておけばーー」
「甘い」弓永くんはいった。「お前、いつからこの女に情を移すようになったんだ」
あたしは何も答えられなかった。佐野は不敵な笑みを浮かべたまま何もいわなかった。その佐野には鋼鉄の銃口が向けられていた。
と、突然にドアのほうから音が聞こえた。弓永くんはドアのほうに銃口を向けた。
詩織を抱えた、チンピラのような男がそこにいた。男は泣きそうになっていた。
【続く】
それは画面の向こうにも、今自分が目にしている現実でもそういったヤツはいる。嫌いで仕方がない。憎くて仕方がない。そう思える相手なんて普通に生きていれば絶対にひとりは出てくるはずだ。
だが、その相手が本当に死んだとなったら、手を上げて喜ぶことは出来るだろうか?
少なくともあたしには出来ないと思う。これまで、学生、警官、探偵と自分の歴史を経て来て、その中で数多くのロクデナシ、クズに出会って来た。確かに、その中でも人を殺しておいて何の反省もないどころか、裁判所で偉そうに演説を打つようなヤツには死が妥当だと思いはしたし、そういった善悪の分別のたがが外れているような人間は同じ世界で呼吸すらして欲しくないと思う。
だが、大抵の場合は、どんなに怒りを感じ、妬み憎んでも、その人の死という事実は起こって欲しいモノではないはずだ。
何も死ぬほどではーーそういった人間のこころの奥底に内包された優しさがそこで滲み出てしまう。それは甘さなのだろうか、それとも正常な感覚なのだろうか。
あたしの中で成松蓮斗という男は、死に値する人間だと思っていた。人を利用し、利用した人間を使い捨ての道具程度にしか思っておらず、自分が潤うためには手段を選ばない。まず人間同士がコミュニティを形成する上では、そういう者の存在はガンになる。そしてそういう存在がひとりいるお陰で共同体はいとも簡単に崩れ落ちてしまう。
成松蓮斗という男はそういう存在だった。この男の場合は人に殺されたと聞かされても何の驚きもなかったし、いずれはそうなるだろうとしか思っていなかったからだ。
だが、佐野めぐみに関しては違ったらしかった。
弓永くんが佐野に銃口を向けているのを見た時、あたしは殺すことはないと思ってしまったのだ。こんな諸悪の根源みたいな女、裁かれて然るべき。そう思ってはいたが、不思議とこの女の死を願う自分は何処にもいなかった。成松事件の記憶が蘇る。唐突にあたしの前に現れて、あたしにラーメンをおごった女。そんな小さな記憶ですら、そういった死が過ると尊いモノに感じられてくる。
「殺すことはないんじゃない?」
あたしは無意識の内にそういっていた。が、弓永くんはその答えが不快だったか。
「ふざけんな。何度、この女に東へ西へ走らされたと思ってる。ここで二度と動き回れなくしておけばーー」
「だったら、逮捕して留置場に入れておけばーー」
「甘い」弓永くんはいった。「お前、いつからこの女に情を移すようになったんだ」
あたしは何も答えられなかった。佐野は不敵な笑みを浮かべたまま何もいわなかった。その佐野には鋼鉄の銃口が向けられていた。
と、突然にドアのほうから音が聞こえた。弓永くんはドアのほうに銃口を向けた。
詩織を抱えた、チンピラのような男がそこにいた。男は泣きそうになっていた。
【続く】