【冷たい墓石で鬼は泣く~弐拾玖~】
文字数 1,188文字
ある日のことであった。
突然、わたしは師範に呼び出された。理由はわからなかった。ただ、何となくこれではないかという見当はついた。確かに師範代としての技術は、わたしにはなかったから。師範代を降りてくれ。そういわれても仕方ないとは思っていたし、その果てに道場にて門下生として修行を積むのも全然アリだと思っていた。
わたしは覚悟を決めていた。それも生半可なモノではなく、しかといわれたことばに従うつもりでいた。多少身体が強ばっているのは自分でもわかっていた。だが、同時に何処か落ち着きというか、諦観のようなモノが自分の中に流れていることもわかっていた。
呼び出された場所は師範の部屋だった。部屋というのは、師範の邸宅にある師範自身の部屋だった。畳に障子、立派な造り。その真ん中で師範は座布団も敷かずに腕を組んで正座をしていた。逆にわたしが座るべきであろう場所には座布団が敷かれていた。明らかに身分が下の相手であろうともてなしの精神を忘れない。それが師範の何よりも素晴らしいところだった。
わたしは失礼を詫びつつ中へ入った。師範はそこに座って欲しいと座布団を差した。わたしは礼をいいつつ、座布団を退かして自分の立場を明確にして畳の上に正座した。
「それで、どうされました?」
わたしは自ら訊ねた。が、そうすると師範は口を真一文字に結んで唸った。何か難しい話であろうか。とはいえ、それもわたしの予想したような内容の話でもそのような反応を示すだろう。わたしは師範から飛び出して来るであろうことばに備え、身構えた。
だが、師範はなかなか口を開こうとはしなかった。随分とことばに窮しているらしい。わたしはこの際だからと自分から仕掛けることにした。
「いって下さい。わたしには既にその覚悟は出来ております。師範代から降りるよう、そういいたいのですね?」
いってしまった。同時に何処か気持ちが楽になった気がした。が、それはわたしだけだったようだ。師範はわたしのことばを意外と捉えたらしく、目を見開いてわたしを見た。わたしは逆に何かマズイことをいっただろうかと困惑した。そして、わたしはいったーー
「違い、ましたか......?」
「え......?」困惑していたのは師範も同様だった。「そんなことは一向に思ってはおらぬ」
その答えはわたしにとっては意外なモノだった。師範がいうには、わたしの指導は非常に的を射ており、指導者としては素晴らしい素質があるとのことだった。確かに技術としては前評判に比べて劣る部分があり多少残念ではあったが、これだけのモノを持っているだけでも価値のあることだ、と師範はおっしゃって下さった。
「それでは、何故......?」
わたしは改めて訊ねた。と、師範は暗い顔をして、何かを決意したように口を開いた。
「牛野殿、如何なる理由でヤクザ者の用心棒などなさっているのか?」
【続く】
突然、わたしは師範に呼び出された。理由はわからなかった。ただ、何となくこれではないかという見当はついた。確かに師範代としての技術は、わたしにはなかったから。師範代を降りてくれ。そういわれても仕方ないとは思っていたし、その果てに道場にて門下生として修行を積むのも全然アリだと思っていた。
わたしは覚悟を決めていた。それも生半可なモノではなく、しかといわれたことばに従うつもりでいた。多少身体が強ばっているのは自分でもわかっていた。だが、同時に何処か落ち着きというか、諦観のようなモノが自分の中に流れていることもわかっていた。
呼び出された場所は師範の部屋だった。部屋というのは、師範の邸宅にある師範自身の部屋だった。畳に障子、立派な造り。その真ん中で師範は座布団も敷かずに腕を組んで正座をしていた。逆にわたしが座るべきであろう場所には座布団が敷かれていた。明らかに身分が下の相手であろうともてなしの精神を忘れない。それが師範の何よりも素晴らしいところだった。
わたしは失礼を詫びつつ中へ入った。師範はそこに座って欲しいと座布団を差した。わたしは礼をいいつつ、座布団を退かして自分の立場を明確にして畳の上に正座した。
「それで、どうされました?」
わたしは自ら訊ねた。が、そうすると師範は口を真一文字に結んで唸った。何か難しい話であろうか。とはいえ、それもわたしの予想したような内容の話でもそのような反応を示すだろう。わたしは師範から飛び出して来るであろうことばに備え、身構えた。
だが、師範はなかなか口を開こうとはしなかった。随分とことばに窮しているらしい。わたしはこの際だからと自分から仕掛けることにした。
「いって下さい。わたしには既にその覚悟は出来ております。師範代から降りるよう、そういいたいのですね?」
いってしまった。同時に何処か気持ちが楽になった気がした。が、それはわたしだけだったようだ。師範はわたしのことばを意外と捉えたらしく、目を見開いてわたしを見た。わたしは逆に何かマズイことをいっただろうかと困惑した。そして、わたしはいったーー
「違い、ましたか......?」
「え......?」困惑していたのは師範も同様だった。「そんなことは一向に思ってはおらぬ」
その答えはわたしにとっては意外なモノだった。師範がいうには、わたしの指導は非常に的を射ており、指導者としては素晴らしい素質があるとのことだった。確かに技術としては前評判に比べて劣る部分があり多少残念ではあったが、これだけのモノを持っているだけでも価値のあることだ、と師範はおっしゃって下さった。
「それでは、何故......?」
わたしは改めて訊ねた。と、師範は暗い顔をして、何かを決意したように口を開いた。
「牛野殿、如何なる理由でヤクザ者の用心棒などなさっているのか?」
【続く】