【いろは歌地獄旅~タクミのワザ~】

文字数 3,068文字

 昔の同級生に「タクミくん」という子がいた。

 彼は成績優秀、運動神経もよく、芸術的なセンスもあって、ユーモアもあり、かつみんなの人気者でもあるという、自分なんかとは住む世界の違う人だった。

 事実、自分とタクミくんは遊ぶことはあっても、普段から一緒にいるワケではなかった。

 タクミくんに取り巻くのは、同じ人気者か、彼の人気に肖ろうとする小者たちばかりだった。自分は前者のような人間とは遠く離れた存在だったし、後者のような人間には死んでもなりたくはなかったこともあって、タクミくんのいるグループとは無縁だった。

 が、彼は非常に優しい男だった。

 彼は体型や好きなモノ、そういった個人の違いや価値観で人を否定したりすることはなかった。そこが彼の取り巻きたちとの違いだった。

 そんな彼が体育でファインプレーを出したり、ゲームでスゴいプレイを見せた瞬間のことを「タクミのワザ」と呼んでいた。

 所謂「匠の技」をもじったことばではあるのだけど、これが出るとみんなが沸いた。

 そして、熱狂した。

 紛れもないファンタジスタがそこにいた。自分はそんなタクミくんを遠巻きに見ながら、すげえなぁとこころから感心していた。

 そんな彼とは小、中学校と一緒で、高校からは進路が変わってしまった。最後に会ったのは25歳になったばかりの同窓会の時だろうか。その時はとても綺麗な格好をしており、何ともオーラのある出で立ちをしていたと思う。自信にも満ち満ちた感じだった。

 が、彼はそれ以降、人の前から姿を消した。

 五年周期で催される同窓会に参加することななくなったし、人から彼についての話を聞くこともあまりなくなった。

 仮に話題が出たところで、「何しているか、わからない」だったり、或いはかつて取り巻いていたとは思えないほどに悪意のあることばだったりと聞くに堪えないモノばかりだった。

 所詮は人に取り巻くだけの存在なのはいうまでもなかった。所詮、ソイツらにとって、他人は自分を着飾るためのアクセサリーやファッションに過ぎないのだ。だから旬が過ぎれば見向きもしなくなるし、むしろ鼻で嗤う。

 何とも残念な話だった。どんな人にも隆盛はあり、衰退もある。彼はそれが早すぎただけであって、それ以外の何物でもない。

 自分は彼を嗤うかつての取り巻きとは違うーーというより、一緒にはなりたくない。彼が今、どうなっていようと、彼にすり寄ることもしなければ、嘲笑することもない。

 ただ、改めて彼と話をしてみたい。

 それくらいに、自分はいまだに彼に親しみと敬意を持っているつもりだ。

 冴えない自分だって、あの優しかった彼に憧れを持つことぐらいは許されるはずだからーー

 そんな自分は今や四十代となり、ひとり寂しく居酒屋のカウンターで酒を飲んでいる。お供となるのは日本酒に辛いほど塩気のきいた焼き鳥に炙ったシメサバにきゅうり、そして枝豆。

 いつからかは忘れたが、多分、三十代を少し過ぎた辺りから脂っこいモノを食べられなくなった。食えるには食えるのだが、翌日には胃がモタレて、鉛を腹に詰め込んだような重さと気持ち悪さを身に纏わなければならなくなるので、自然と脂身の量は減っていった。それに反して酒の量は増えていったけど。

「ーーてな感じで、昔、そんなヤツがいたんだよな。イイ人だったんだけど、音信不通になっちゃって。元気にしてるかな……、彼」

 自分はちょうど隣で飲んでいて意気投合した同い年ぐらいのオッサンにタクミくんの話をしていた。急な思いつき、というか昔話を互いにしていたところで出てきたタクミくんの話題で、ほんとは興味なかっただろうに、そんな素振りは一切見せずにオッサンは笑いながら、

「へぇ、でもそんなヤツが音信不通ともなると、多分、色々あったんだろうな」

 オッサンはジョッキのビールを呷った。何かを察したようないいかた。この年になれば、そういったことも容易に想像できるようになってしまうのが悲しいところ。自分も、うんといって日本酒を呷った。いつになく辛口に思えた。

「……お、こんな時間か。悪いな、帰らないと妻がうるせぇんだ。今日はありがとよ。おれ、よくここに来るんだ。もし、また会ったら一緒に飲もうぜ」

 自分もそれには同意だった。初めて会った人ではあったけれど、話も面白いし、いい気分転換になった。是非また一緒に飲みたいモノだ。

 それから自分は閉店間際までひとりで飲んでいた。何か、タクミくんの話をしていたら、無性にセンチメンタルになってしまった。

 ただ、今は酒を飲みながら、ひとりでしんみりしたい気分だった。

 人生は不公平だ。

 いつ何処で不幸に遭うかもわからないし、常に順調な人もいれば、常にひどい目に遭っている人もいる。結局はその人個人の心掛けというのもあるのかもしれないが、それだけではないだろう。もっと別の運否天賦のようなどうにもならないことだってあると思うのだ。

 そう考えると、人生は皮肉なモノだ。

「お客さん、明日仕事は?」

 居酒屋の主人がいった。主人も気を遣ってそういってくれたのだろう。それか、自分を追い出す口実を探しているか、だが、仕事は休み。年末でクソ忙しい中、やっと来た休みだ。でなければ、遅くまで酒なんか飲めるはずがない。

 プラス、「奥さんがーー」といわなかったのは、さっきのオッサンと離婚した話をしていたのを聴いてくれていたからに違いない。

「ほんと、積み上げて行くのは時間が掛かるけど、崩れて行くのは一瞬だよな」

 自分のことばに、店主は一瞬困惑の表情を見せたが、何かを思い浮かべたのか、

「あぁ、そうだねぇ」

 と染々といった。自分は、

「うん。ほんと、やんなっちまうよ。頑張っても頑張っても、所詮は自転車総業みたいなもんなんだ。頑張った分はその分消費されて、貯蓄出来るほどに貯まりはしない。なのに、少し気を抜けば貯めた分もマイナスになる。こんだけ呆気ないと、やる気もなくなるよなぁ」

「そうですねぇーーあ、ありがとうございます」

 店主は自分の背後に向かっていい、レジのほうまで向かった。横目で支払いをする客のほうを見る。オッサンだ。腹はぽっこり出ていて、顔はふっくらし、毛玉が出来たような年季の入ったブルゾンに帽子を着用していた。寒いせいかやたらと鼻をすすっている。

 きっと、あのオッサンも苦労しているのだろう。ふと、そう思った。

 レジでのやり取りを見ていると、急に話の流れに不穏な空気が流れたように思えた。というのは、店主が「えっ?」と顔を引き吊らせてこっちを見て来たからだ。

 何だ、と思ったが、そのやり取りもすぐに平常に戻り、オッサンは店を出ていった。オッサンが出て行ってすぐに、残っていた酒を飲み干した。会計を終えた店主がこちらに来た。

「もう閉めるよ。いいかな?」

 自分はハッとして、

「あ、長居してしまって申し訳ない。えっと、会計は?」

「いらないよ」

「……え?」

 いらない。もしかして、何かマズイことをしてしまっただろうか。が、店主はーー

「今のお客さんが払ってったよ。何か、お客さんによろしくお願いっていってたよ。知り合いか何かって訊いたら、『同級生』だってさ」

 自分は店主にお礼をいって店を飛び出した。結構酔ってしまったようで足許は覚束なかった。

 息が切れた。呼吸が荒い。まったく、年を取るのはイヤなモンだ。でも、こういう楽しみ方もあると考えると、それはそれで面白い。

 久々に「タクミのワザ」を見せられて、自分はとてもいい気分だった。

 タクミくん、お互い、達者でやろうーー
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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