【聖バレンタインの大虐殺】

文字数 3,329文字

 処刑の日は近い。

 誰にとっての処刑日か。それは非モテ男に対する処刑日だ。つまり、おれが何をいいたいかというとーー

 バレンタインデーがすぐそこまで近づいているということだ。

 まぁ、世のモテ男や婦女諸君には関係ない話だろうけど、非モテ男にとってのバレンタインデーは、アイアン・メイデンやファラリスの雄牛に閉じ込められるよりもキツイ拷問だ。

 まるで、凌遅刑。少しずつ皮膚をナイフで切り取られていくかのようにジワジワと苦痛が精神に広がっていき、最終的には涙で頬を濡らしながらコンビニで買った板チョコを齧る破目になるというワケだ。

 そんな悲しいことがあっていいのか。

 かくいうおれはというと、まぁ、モテない。そもそも顔が「目が合った瞬間殴り掛かってきそう」な感じらしいので、そりゃモテるワケがないーー完全な犯罪者じゃないか。

 まぁ、義理チョコを貰うこともあるにはあるのだけど、だからといってモテないことには変わりはない。

 そんな反社会的な顔面を持っているおれではあるけど、正直なことをいうとバレンタインにチョコを貰うことにちょっとした抵抗感があるのも事実だったりする。

 これは負け惜しみでも何でもなく、とあるふたつのトラウマがあって、おれはバレンタインのチョコというモノを素直に喜べなくなり、訝るようになってしまったのだ。

 その理由だが、まず理由のひとつ目は幼い頃にテレビで見た「実録バレンタイン」みたいな特集を観て衝撃を受けたことだ。

 この特集では、バレンタインデーに起こった愛憎の話が再現ドラマとして流れるのだけど、何が最悪だったかといえば、

『嫌いな上司にゴキブリ入りのチョコを渡し、それを食べた上司が体調を崩して会社に来れなくなる』

 や、

『好きな男性に送るチョコの中に、自分の唾液や髪の毛、血液を入れ、それを食べた男性がやはり体調を崩してしまう』

 といったことだ。今思い出してもイヤな気分になるし、自分が恨まれていようと好かれていようと、こうなることを考えるとバレンタインにチョコを受け取りたくなくなるワケだ。

 さて、理由のふたつ目なのだけど、今日はそのことについて書いていきたいと思うーー

 あれは中学一年の時のことだった。その日は二月の一四日、そうバレンタインの日だった。

 まぁ、この時のおれはというと、三度のメシよりアクション映画が好きで、恋愛にもまったくといっていいほど興味がないようなボンクラなガキだったのだけど、それに加えて本当にモテなかったワケだ。

 つまり、バレンタインはおれにとってまったく無関係なイベントだったのだ。

 それどころか、アルカポネが起こした大虐殺事件を引き合いに出して、むしろバレンタインは大量殺戮の日みたいにいってた始末ーー思考ってのは変わらんよな。

 まぁ、そんなおれではあったのだけど、バレンタインのその日、その当時のクラスメイトであり、学級委員であった川田が突然、

「五条、ちょっと一緒に来てくれないか?」

 と、おれを廊下のほうへと誘ったのだ。

 この川田だが、彼は後に野球部の部長や体育祭の応援団長となって、「お前が団長なの?」と揶揄気味におれにいってきたり、卒業生を送る会のコメントでダダ滑りしたりした男なのだけど、中学一年時はおれも川田も仲が良く、日頃から良く話をする仲だったのだ。

 だからこそ、川田がおれに何かを話そうとするのは自然なことだったワケだ。

「で、どうしたの?」

 廊下を歩きながら川田に訊ねた。川田は、

「ちょっと、見て貰いたいモノがあるんだ」

 そういって川田はおれを先導して歩いた。そんな川田がおれを連れて来たのはーー

 下駄箱だった。

 何で、って感じだった。友人を下駄箱の前に連れて来る理由、少なくとも想像できることはそう多くはないだろう。

「何かあったの?」おれは訊ねた。

「いやぁ、ちょっと、な……」そういって川田はとある下駄箱のひとスペースを指した。「これ、見てくれよ」

 おれは川田が指した下駄箱の中を覗き込んだ。そこには、

 某チョコレート製品の箱が入っていた。

 その製品は、紙で包装された小さなチョコが沢山入っているモノなのだけど、おれはその箱に大きな違和感を抱いた。何故ならーー

 箱のビニール包装が破られていたのだ。

「何、コレ?」

 そう訊ねると川田は、

「いや、気づいたらおれの下駄箱に入ってたんだよ。これと一緒にーー」

 そういって川田は一枚の紙切れを渡してきた。その紙切れはファンシーな人気キャラクターが描かれたモノだった。おれはその紙切れを受け取り、紙面に目を落とした。紙面には赤いマジックで、こんなことが書かれていたーー

『川田クンへ。ズット好きでした。あたしの気持ち、受け取ってください』

「へぇ、バレンタインチョコか、良かったじゃん」おれは素直にそういった。が、

「でも、可笑しくないか?」

 川田のことばにおれは曖昧に同意した。というのも、好きだという割に送り主の名前がどこにも書いていなかったからだった。とはいえ、シャイで名前を書くのを渋ったという可能性もある。おれはそう川田に伝えた。が、川田は、

「おれもそう思ったんだよ。で、お前はこの中身をどう思う?」

 そういって箱を開いた。箱の中には、

 表面に「川田クンへ」と書かれた真っ黄色のチョコが入っていた。

 何だ、これ。何ともグロテスクな見た目をしたチョコに、おれは思わず声を漏らした。川田はこのチョコに関して、おれに意見を求めたかったのだ。そこで、おれがいったのは、

 捨てたほうがいい、ということだった。

 見た目からして普通じゃない。そうじゃなくても昔テレビで観た「実録バレンタイン」が頭をよぎって、いい感じはしなかったのだ。

 この時は、川田がおれに礼をいって終わった。が、翌日のことである。

 川田が学校を休んだのだ。

 担任がいうには、体調不良とのことだった。にわかに不安になってきた。が、川田は翌日には普通に登校してきた。そこで川田に何があったのか訊ねたのだけど、川田はーー

 下駄箱にあったチョコを食ったというのだ。

 チョコには今までにないような苦さというか、辛さがあったとのことだった。

 三口ほどで危険を感じた川田は、そこでチョコを食べるのを止めたらしいが、数時間後、急な腹痛が川田を襲ったのだという。これが長引き、川田は学校を休んだとのことだった。

 おれが考えはひとつーー川田はハメられたのだ。川田は一見すると人気者のように見えるが、その実、結構嫌われていた。恐らく川田を嫌っている誰かが、異物入りのチョコを下駄箱に置いたのだろう。おれはそう考えた。

 が、答えは唐突にやってきた。

 川田がチョコの影響で学校を休んだ数日後のことだった。おれはその時、教室で適当なメンバーと雑談していたのだ。その時間、川田は外でキャッチボールをしていたと思う。

 その時である。野球部のヤツが、

「五条、ちょっといいか?」

 とおれを呼んだのだ。おれはグループを離れ、野球部のヤツについていった。野球部のヤツが誘った先には数人の野球部員がいた。

「何?」おれは用件を訊ねた。すると、おれを呼び出したヤツがいったーー

「川田、休んだ理由のこと何かいってた?」

 おれはその問いに対して本人がいっていた通りのことをトレースしていった。が、それに対して、野球部のヤツラは笑い出した。

「何かあったの?」

 そう訊ねると、おれは衝撃の事実を聴くこととなったのだ。何とーー

 あのチョコを仕掛けたのは、川田のことが嫌いな野球部員たちだったのだ。

 理由は川田が嫌いだからに加えて、川田に対する日頃の鬱憤ばらし。

 これには思わず閉口した。それにはお構い無しに、野球部員のひとりがチョコの中に入っていたモノを教えてくれたのだが、まともに話せるのはチョコと大量の辛子ぐらいだろう。後はーー話さないでおく。ちなみに摂取して死ぬ危険のあるモノは入っていない。

 とはいえ、よくはないことだけどな。

 これ以来、おれはバレンタインに対してあまりいいイメージが持てなくなってしまったワケだ。純潔な愛を想像させるイベントが怒りと報復のドス黒いイベントに変わる。イヤな話。

 手作りチョコにはご注意を。

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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