【帝王霊~弐拾玖~】
文字数 2,105文字
急に肌寒さを覚える瞬間がある。
それは知りたくもなかった情報を不意に知ってしまってゾッとする時何かがそうだろう。この時の和雅もまさにそんな感じだった。表情は驚きに満ちていた。
「……殺された?」
「えぇ。あの裁判の後に、ね」
「誰に?」
誰に。そんなことを訊くのは愚問だろう。だが、無知な小学生に説明するようにめぐみは、
「成松が雇った殺し屋、とでもいったほうがいいかな? まぁ、殺し屋っていうのもまた違うんだけどね。『地獄変』って半グレ。一時期は五村市を賑わせていたグループで、成松は『地獄変』のリーダー本郷と繋がってたんだ」
「『地獄変』……?」
「知らない?」めぐみの質問に和雅は首を振る。「まぁ、無理もないよね。アナタはそういったチンピラ連中とは無縁というか、タイプが真逆だもんね。それにもう壊滅してるし」
「壊滅? 警察が動いたんか?」
「動いたといえば動いた。動いていないといえば動いていない。どっちともいえないね」
「……どういうことだで?」
めぐみは辺りを見回す。それから大きくため息をついて口を開く。
「ま、いっか。いってしまえば、アナタももう当事者のひとりなんだし、教えても問題ないよね……。責任はあたしが被ればいいんだし」
眉をひそめる和雅。
「どういうこと?」
「極端な話をいえば、『地獄変』はふたりの男とひとりの女の手によって壊滅させられたの」
「ふたりの男とひとりの女?」
「ひとりは会ったことないかな? でも、アナタは、男ひとりと女には会ったことあるよ」
会ったことがある。そのひとことで和雅は考えを巡らし、そしてとてもいい難そうに、
「……祐ちゃんと詩織ちゃんか」
「その通り。『地獄変』のメンバーは『恨めし屋』のふたりによって始末された。ただ、今回の件とはまったく関係ない、本当に偶然で、誰が依頼したでもない、個人的な事情からね」
「個人的な事情?」
「それは知らなくていいこと」
「……そうか。まぁ、それはそれでいいんだけどさ。じゃあもうひとりって……?」
「いったでしょ? 警察は動いたといえば動いたけど、動いていないといえば動いていないって。この意味、アナタならわかるよね」
それは明白だった。警察は動いたが動いていない。つまり、もうひとりの関係者が警察官で、恨めし屋のふたりとグルになって『地獄変』を潰した、とそういうことだ。
「……まぁ、それはいいけど、でも何でここに連れて来たんで? そもそも話の流れからすりゃここは丸栗千恵の家ってことになるだろ?何でめぐみさんがカギ持ってるんだよ」
「何でって、あたしが持ってるからだよ」
「はぁ?」和雅が呆れたようにいうと、めぐみはケタケタと笑って見せる。「盗んだ、ワケじゃないよな……?」
「人聞きが悪いなぁ。そもそもあたしはわざわざカギなんか盗まなくても侵入できるよ」
あ、そうかと和雅は納得しつつ、ハッとしてその発言の非礼を詫びる。だが、詫びるのも詫びるで変な空気になってしまい、和雅とめぐみの間に変な沈黙が流れる。
と、めぐみは急に和雅のほうへと近寄って来る。近くへ、より近くへ。気づけば、めぐみは和雅に身体をくっつけ、ちょっと動けば互いの唇がすぐに接触するところまで距離を詰めている。和雅は緊張の面持ちで目をそらす。
「な……、何だい?」
「ねぇ、ちゃんとこっちを見て……」
めぐみは両手で和雅の顔を挟み、顔を自分のほうへと向けさせる。潤んだめぐみの目と和雅の動揺した目が交差する。
「今、ここにいるのは和雅くんとあたしのふたりだけ。ねぇ……、あたしが欲しくない……?」
和雅の目にめぐみの可愛らしい唇が映る。赤いリップがやけに生々しい。和雅はことばを失う。だが、そんなことをしている内に、ゆっくりと、ゆっくりとめぐみの唇が和雅の唇へと近づいてーー
「あのさぁ、人の部屋でイチャつくのやめてくれない? マジうざいんだけど」
突然そんな声が聴こえて来て和雅はハッとする。と、めぐみは突然笑い出すと、和雅の頬を人差し指で軽くなぞって、
「ゴメンね、邪魔が入っちゃった」
「邪魔って、邪魔しに来たのはお前だろ」
物騒なモノいいの女の声が響く。和雅は辺りを見渡すが、何処にも人の姿などない。
「どういうこと?」
「あぁ、和雅くんには見えないか。成松が入った後だから大丈夫かなって思ったんだけど」
「あのさぁ、わたしの前であの男の名前出さないでくれない? ほんとムカつく」
見えない誰かの声がこだまする。明らかに動揺する和雅に一層笑うめぐみ。
「ゴメン、ゴメン。元気だった?」
「元気なワケねぇだろ。ここから出られねぇんだからさ。かと思いきや男連れ込んで、アレ……? その人、どっかで見たことが」
「成松の選挙活動の時に会ってるはずだよ。その時に顔会わせたっていってたから」
微かな沈黙が漂う。そして、
「あっ! 思い出した。こんな街にこんなイケメンがいるんだって驚いた記憶あるわ」
「覚えてるって。流石は和雅くんだね」
めぐみは微笑む。が、和雅は、
「めぐみさん。誰と話してんの?」
「誰って、丸栗千恵だよ」
冷たい空気が更に冷え込んだ。
【続く】
それは知りたくもなかった情報を不意に知ってしまってゾッとする時何かがそうだろう。この時の和雅もまさにそんな感じだった。表情は驚きに満ちていた。
「……殺された?」
「えぇ。あの裁判の後に、ね」
「誰に?」
誰に。そんなことを訊くのは愚問だろう。だが、無知な小学生に説明するようにめぐみは、
「成松が雇った殺し屋、とでもいったほうがいいかな? まぁ、殺し屋っていうのもまた違うんだけどね。『地獄変』って半グレ。一時期は五村市を賑わせていたグループで、成松は『地獄変』のリーダー本郷と繋がってたんだ」
「『地獄変』……?」
「知らない?」めぐみの質問に和雅は首を振る。「まぁ、無理もないよね。アナタはそういったチンピラ連中とは無縁というか、タイプが真逆だもんね。それにもう壊滅してるし」
「壊滅? 警察が動いたんか?」
「動いたといえば動いた。動いていないといえば動いていない。どっちともいえないね」
「……どういうことだで?」
めぐみは辺りを見回す。それから大きくため息をついて口を開く。
「ま、いっか。いってしまえば、アナタももう当事者のひとりなんだし、教えても問題ないよね……。責任はあたしが被ればいいんだし」
眉をひそめる和雅。
「どういうこと?」
「極端な話をいえば、『地獄変』はふたりの男とひとりの女の手によって壊滅させられたの」
「ふたりの男とひとりの女?」
「ひとりは会ったことないかな? でも、アナタは、男ひとりと女には会ったことあるよ」
会ったことがある。そのひとことで和雅は考えを巡らし、そしてとてもいい難そうに、
「……祐ちゃんと詩織ちゃんか」
「その通り。『地獄変』のメンバーは『恨めし屋』のふたりによって始末された。ただ、今回の件とはまったく関係ない、本当に偶然で、誰が依頼したでもない、個人的な事情からね」
「個人的な事情?」
「それは知らなくていいこと」
「……そうか。まぁ、それはそれでいいんだけどさ。じゃあもうひとりって……?」
「いったでしょ? 警察は動いたといえば動いたけど、動いていないといえば動いていないって。この意味、アナタならわかるよね」
それは明白だった。警察は動いたが動いていない。つまり、もうひとりの関係者が警察官で、恨めし屋のふたりとグルになって『地獄変』を潰した、とそういうことだ。
「……まぁ、それはいいけど、でも何でここに連れて来たんで? そもそも話の流れからすりゃここは丸栗千恵の家ってことになるだろ?何でめぐみさんがカギ持ってるんだよ」
「何でって、あたしが持ってるからだよ」
「はぁ?」和雅が呆れたようにいうと、めぐみはケタケタと笑って見せる。「盗んだ、ワケじゃないよな……?」
「人聞きが悪いなぁ。そもそもあたしはわざわざカギなんか盗まなくても侵入できるよ」
あ、そうかと和雅は納得しつつ、ハッとしてその発言の非礼を詫びる。だが、詫びるのも詫びるで変な空気になってしまい、和雅とめぐみの間に変な沈黙が流れる。
と、めぐみは急に和雅のほうへと近寄って来る。近くへ、より近くへ。気づけば、めぐみは和雅に身体をくっつけ、ちょっと動けば互いの唇がすぐに接触するところまで距離を詰めている。和雅は緊張の面持ちで目をそらす。
「な……、何だい?」
「ねぇ、ちゃんとこっちを見て……」
めぐみは両手で和雅の顔を挟み、顔を自分のほうへと向けさせる。潤んだめぐみの目と和雅の動揺した目が交差する。
「今、ここにいるのは和雅くんとあたしのふたりだけ。ねぇ……、あたしが欲しくない……?」
和雅の目にめぐみの可愛らしい唇が映る。赤いリップがやけに生々しい。和雅はことばを失う。だが、そんなことをしている内に、ゆっくりと、ゆっくりとめぐみの唇が和雅の唇へと近づいてーー
「あのさぁ、人の部屋でイチャつくのやめてくれない? マジうざいんだけど」
突然そんな声が聴こえて来て和雅はハッとする。と、めぐみは突然笑い出すと、和雅の頬を人差し指で軽くなぞって、
「ゴメンね、邪魔が入っちゃった」
「邪魔って、邪魔しに来たのはお前だろ」
物騒なモノいいの女の声が響く。和雅は辺りを見渡すが、何処にも人の姿などない。
「どういうこと?」
「あぁ、和雅くんには見えないか。成松が入った後だから大丈夫かなって思ったんだけど」
「あのさぁ、わたしの前であの男の名前出さないでくれない? ほんとムカつく」
見えない誰かの声がこだまする。明らかに動揺する和雅に一層笑うめぐみ。
「ゴメン、ゴメン。元気だった?」
「元気なワケねぇだろ。ここから出られねぇんだからさ。かと思いきや男連れ込んで、アレ……? その人、どっかで見たことが」
「成松の選挙活動の時に会ってるはずだよ。その時に顔会わせたっていってたから」
微かな沈黙が漂う。そして、
「あっ! 思い出した。こんな街にこんなイケメンがいるんだって驚いた記憶あるわ」
「覚えてるって。流石は和雅くんだね」
めぐみは微笑む。が、和雅は、
「めぐみさん。誰と話してんの?」
「誰って、丸栗千恵だよ」
冷たい空気が更に冷え込んだ。
【続く】