【ウィズアウト・ホーム】
文字数 1,927文字
何が楽しくて生きているのかーーそう自問する人は少なくないだろう。
ストリートを見渡せば無数の顔がある。だが、その顔形も顔色も十人十色、みんな異なっている。この中から異常者を見つけるのは簡単だが、まっとうな人間を探すのは難しい。なぜなら、まっとうな人など砂浜でダイアモンドを探すようなモノだから。
背面観察というこの仕事は、一般的な求人広告やハローワークには載っていない。それもそのはず、やっていることは降霊に徐霊、殺しに泥棒に情報の改竄と、メインの仕事である『恨めし屋』の監視を除けば、悪いことでしてないことがないほどだ。
もちろん、お金にはなる。だが、ずっと続けて行けるモノでもない。背面観察になった者の多くは早くてその日、長くても一週間以内に精神を病むか、何処かへ逃げ出してしまう。
そう考えるとあたしは随分と長く続いているモノだと思う。正直、平気かといわれれば、平気なフリをしているだけといっても過言ではない。
だが、そうしなければならないのだ。
この『背面観察』及び『恨めし屋』という稼業を統括しているのは、想像し得るより更に大きい全国規模に手を伸ばしている組織で、仮に逃げでもすれば、どこまでも追われ、狂気に飲まれれば、闇の中に葬られるという、行けど地獄、去れど地獄というもはやまっとうな生き方など出来やしないのは保証済み。
そう、ここら辺界隈に首を突っ込んでしまった者はみんな地獄への特急券を手にしてしまう。あの兄妹はもちろん、その協力者である刑事も、気の強い女探偵も、そして、あの売れない俳優も地獄からの手に足を掴まれている。本来ならば、全員死んでいても可笑しくはないが、あたしがそれを敢えて見逃していることもあって、何とかなっている。
そう、あたしは既に、職務怠慢の手心を加えてしまっている。それはつまり、上からしたら処分も辞さないような状況。
正直、あたしの手心は上に既にバレている。上からそれとない忠告は受けているし、他の背面観察が既に密告しているのも知っている。だが、ひとえにあたしや他の関係者が処分されないのは、トップの意向で、決して処罰してはいけないといわれているからだ。幸いといえば幸いだが、それはーー
突如、服の裾を引かれた。
あたしは咄嗟に振り返り身構える。と、そこにはひとりの女の子が立ちすくんでいる。年齢でいえば五歳くらいだろうか、黒く肩口まで伸びた髪、メイクも何も施していない顔は、目が垂れて口許は縦に大きく横に小さい。鼻はシュッとしている。服装はちょっとみすぼらしい。少し長めのスカートに生足で、上はピンクのダウンジャケットに白のパーカーを着こんでいる。
「どうしたの?」あたしは屈み込みながら訊ねる。
「おうち、わからない」女の子はいう。
そのことばで一瞬浮遊霊かとも思ったが、霊力も感じられないし、どうやらそういうことでもないらしい。しかし、そうなると、これは面倒なことになる。
「アナタ、お名前は?」
「真壁ミキ。お姉ちゃんは?」
自分がお姉ちゃんという年かどうかはさておいて、あたしは笑顔のまま答えた。
「佐野めぐみ、だよ」
まぁ、これも偽名なのだが。だが、明確にIDを見せるような相手ではないし、それでも問題はないだろう。まぁ、IDも「佐野めぐみ」名義のモノはちゃんとあるのだが。
「ミキちゃん、お母さんかお父さんは?」
「いない」ミキは悲しげにいった。
あたしは、やってしまったと思わざるを得なかった。だが、小さい子がひとりでいれば、親の所在を訊くのは当たり前だし、気にしても仕方のないことだと自分を納得させる。
「そっか。ここまでどうやって来たの?」
「おじちゃんとおばちゃんが、ここで待ってろって」
「待ってろっていわれたの?」
ミキは頷く。待ってろーーきっと、待っていたところで帰ってなど来ない。具体的に話など訊けはしないが、恐らくは、両親が何らかの形で死亡し、彼女は親戚の家に回されたのだが、その果てに捨てられたのだろう。
そんな姥捨て山みたいな話があるかとも思えるが、実際、こういった事例がまったくないワケではない。むしろ、虐待なんてモノが普通にあるのだから、当たり前にある話だ。
あたしはストリートを眺めた。すぐ近くにラーメン屋がある。
「おじちゃんとおばちゃんが来るまで、お姉ちゃんとラーメン食べようか」
「食べる!」
ミキは明るい太陽のような笑みを浮かべる。あたしは彼女に笑みを返しつつ、こころの奥が冷え込んで行くのを感じた。
これからどうするか。ミキがあたしと一緒にいていいことなどひとつもない。だが、彼女が件のおじちゃんとおばちゃんと一緒にいたところで五十歩百歩だろう。ならーー
また隠し事が増えそうだ。
ストリートを見渡せば無数の顔がある。だが、その顔形も顔色も十人十色、みんな異なっている。この中から異常者を見つけるのは簡単だが、まっとうな人間を探すのは難しい。なぜなら、まっとうな人など砂浜でダイアモンドを探すようなモノだから。
背面観察というこの仕事は、一般的な求人広告やハローワークには載っていない。それもそのはず、やっていることは降霊に徐霊、殺しに泥棒に情報の改竄と、メインの仕事である『恨めし屋』の監視を除けば、悪いことでしてないことがないほどだ。
もちろん、お金にはなる。だが、ずっと続けて行けるモノでもない。背面観察になった者の多くは早くてその日、長くても一週間以内に精神を病むか、何処かへ逃げ出してしまう。
そう考えるとあたしは随分と長く続いているモノだと思う。正直、平気かといわれれば、平気なフリをしているだけといっても過言ではない。
だが、そうしなければならないのだ。
この『背面観察』及び『恨めし屋』という稼業を統括しているのは、想像し得るより更に大きい全国規模に手を伸ばしている組織で、仮に逃げでもすれば、どこまでも追われ、狂気に飲まれれば、闇の中に葬られるという、行けど地獄、去れど地獄というもはやまっとうな生き方など出来やしないのは保証済み。
そう、ここら辺界隈に首を突っ込んでしまった者はみんな地獄への特急券を手にしてしまう。あの兄妹はもちろん、その協力者である刑事も、気の強い女探偵も、そして、あの売れない俳優も地獄からの手に足を掴まれている。本来ならば、全員死んでいても可笑しくはないが、あたしがそれを敢えて見逃していることもあって、何とかなっている。
そう、あたしは既に、職務怠慢の手心を加えてしまっている。それはつまり、上からしたら処分も辞さないような状況。
正直、あたしの手心は上に既にバレている。上からそれとない忠告は受けているし、他の背面観察が既に密告しているのも知っている。だが、ひとえにあたしや他の関係者が処分されないのは、トップの意向で、決して処罰してはいけないといわれているからだ。幸いといえば幸いだが、それはーー
突如、服の裾を引かれた。
あたしは咄嗟に振り返り身構える。と、そこにはひとりの女の子が立ちすくんでいる。年齢でいえば五歳くらいだろうか、黒く肩口まで伸びた髪、メイクも何も施していない顔は、目が垂れて口許は縦に大きく横に小さい。鼻はシュッとしている。服装はちょっとみすぼらしい。少し長めのスカートに生足で、上はピンクのダウンジャケットに白のパーカーを着こんでいる。
「どうしたの?」あたしは屈み込みながら訊ねる。
「おうち、わからない」女の子はいう。
そのことばで一瞬浮遊霊かとも思ったが、霊力も感じられないし、どうやらそういうことでもないらしい。しかし、そうなると、これは面倒なことになる。
「アナタ、お名前は?」
「真壁ミキ。お姉ちゃんは?」
自分がお姉ちゃんという年かどうかはさておいて、あたしは笑顔のまま答えた。
「佐野めぐみ、だよ」
まぁ、これも偽名なのだが。だが、明確にIDを見せるような相手ではないし、それでも問題はないだろう。まぁ、IDも「佐野めぐみ」名義のモノはちゃんとあるのだが。
「ミキちゃん、お母さんかお父さんは?」
「いない」ミキは悲しげにいった。
あたしは、やってしまったと思わざるを得なかった。だが、小さい子がひとりでいれば、親の所在を訊くのは当たり前だし、気にしても仕方のないことだと自分を納得させる。
「そっか。ここまでどうやって来たの?」
「おじちゃんとおばちゃんが、ここで待ってろって」
「待ってろっていわれたの?」
ミキは頷く。待ってろーーきっと、待っていたところで帰ってなど来ない。具体的に話など訊けはしないが、恐らくは、両親が何らかの形で死亡し、彼女は親戚の家に回されたのだが、その果てに捨てられたのだろう。
そんな姥捨て山みたいな話があるかとも思えるが、実際、こういった事例がまったくないワケではない。むしろ、虐待なんてモノが普通にあるのだから、当たり前にある話だ。
あたしはストリートを眺めた。すぐ近くにラーメン屋がある。
「おじちゃんとおばちゃんが来るまで、お姉ちゃんとラーメン食べようか」
「食べる!」
ミキは明るい太陽のような笑みを浮かべる。あたしは彼女に笑みを返しつつ、こころの奥が冷え込んで行くのを感じた。
これからどうするか。ミキがあたしと一緒にいていいことなどひとつもない。だが、彼女が件のおじちゃんとおばちゃんと一緒にいたところで五十歩百歩だろう。ならーー
また隠し事が増えそうだ。