【丑寅は静かに嗤う~未申】
文字数 2,381文字
室内には灯籠がポツンとひとつあり、薄暗く淀んだ空気が流れている。
コチコチに固まったお京ーー正座をし、肩を怒らせ、手をグッと握り締め、口許をキュッと結んでいる。その隣にはお馬。お京ほどではないが、やはりその身体には強張りが見えている。顔には胡散臭いモノを見るような表情。
ふたりの対面に座るは、背を向けた坤。
隙を見せるのは、ふたりを舐めているからか、はたまた「信頼している」からかはわからない。見張りの兵も置かずにいることを考えると、どちらとも取れて、その意味は曖昧だ。
お馬が目を動かして室内を見回す。
室内にはいくかの書物と、薄汚れた布団と、坤の細い肢体にはおよそ似合わない大きな棍棒がひとつあるだけだ。
お馬は顔を歪める。そんな中、視界の端に戸を閉じるための突っ掛け棒が転がっている。お馬はゆっくりと、ひっそりと転がっている棒へと手を伸ばす。少しずつ、少しずつーー
「その棒でどうされるおつもりですか?」
背を向けたまま坤がいうと、お馬は身体をビクッと震わせて手の動きを止めると、まるで言い訳するように微笑して見せ、
「ふふ、何いってんだい。あたしゃ、特に何もしちゃいないよ」
「とぼけても無駄です。アナタの一瞬の殺気が、わたしの背中の産毛をゾワゾワと逆立てるのです。それに、わたしもーー」
そこまで話すと坤は急にことばを切る。まるで、その話をするのは御法度だ、といわんばかりに。
「どうしてわたしたちを招いたんです?」
お京の声は強張り微かに震えている。が、坤は答えることなく、顔を少し傾けて背後にいるお京へと意識を向ける。
「答えはなし? それとも答える必要はないってこと?」
「……いえ」
「じゃあ、どうして。それにさっき、源之助さん、っていってたよね。それって猿田さんのことでしょ? アナタ、猿田さんとどういう関係なの?」
「……それは」坤は顔を叛ける。「アナタ方には関係のないことです」
「関係ないったぁ聞き捨てならないねぇ。だったらあたしたちゃ、どうしてアンタと今こうして一緒にいるんだい?」お馬にいわれるも、坤はやはり答えない。「ハッ! 答えられないか。オマケにあたしたちに顔向けすらしないなんて、ろくなモンじゃないねぇ、盗賊ってヤツァ。アンタらの頭ってのはよっぽどのろくでなし何だろうね」
お馬の辛辣なことばが坤の背中に突き刺さる。お京はいいすぎだよ、とお馬を宥めるが、坤は俯き加減になって何もいわない。
「……そういやアンタ、猿田さんの知り合いとかいってたね。となると、アンタも『天誅屋』と関わりがある、とでも?」お馬がふと不敵な笑みを浮かべていうと、坤は確信を突かれたとでもいうようにうしろを振り向く。「図星ってところかな」
「『天誅屋』……?」
川越の天誅屋の話を知らないお京は首を傾げる。それに答えるようにーー
「……『天誅屋』のこと、ご存知でしたか」
「知ってるも何も、本人から聴いたからね」
「源之助様が……?」
「そうさ。何だい? 掟に背いた猿田さんを殺すかい? 裏切り者のアンタの手で」
「どうしてそれを……!?」
ハッとし、勢いよく振り返る坤。完全に確信を突かれて動揺しているのが見え見えだ。お馬はニヤリと笑って見せーー
「何だ、図星かい。というより、アンタがあたしたちをここまで連れてきたのは、そのことで、何だろう? あたしもお京ちゃんも、アンタの愛しの源之助様を知っている。そして、お京ちゃんは桃川さんが助けに来ると信じている。そんな彼女のことを、アンタは源之助様を想っている自分と重ね合わせてーー」
「止めなさい!」
取り乱す坤。だが、お馬は止まらない。
「盗賊風情があたしたちから源之助様の話を聴いて少しでも彼に対する罪滅ぼしが出来れば、とでも思っているのかね。だとしたらーー」
「止めなさい!」
皮膚が皮膚を打つ鋭い音が響く。坤がお馬の頬を思い切り打ったのだ。が、お馬はまるで死んだような目をして、視線を坤に戻す。叩かれた衝撃で口の中が切れたのか、お馬の口からはひと筋の血が垂れている。
「お馬さん、血が……!」お京がギョッとしていう。「早く拭かないと……!」
お京が自分の衣服の端を破ろうとすると、お馬はそれを手で制す。かと思いきや、坤を真正面に見据えたまま、舌で口から垂れた血を舐め取る。その姿に坤はゾクッと身体を震わせて、
「アナタは……ッ!?」
お馬は不敵に嗤うーー
お京とお馬が牢に戻ったのは、牢から出て半時ほどしてからだった。
戻る際は坤が同行することはなく、お京とお馬は未と申の面を着けた者たちの手によって、牢まで連行されることとなった。
坤は震えていた。未と申の面を着けた者たちは、何かあったのか訊ねるも、坤はただひとこと「何でもない」。
お京とお馬が乱暴に牢へと放り込まれる。
「痛いッ!」
「ちょっと、乱暴にしないでおくれよ!」
お馬が食って掛かるも、面を着けた者たちは「うるさい」と一蹴して牢に鍵を掛けて、格子の前から消えてしまう。
「たく、何て乱暴なヤツらだろうね」
お馬がそう吐き捨てる横で、お京は目に涙を浮かべ、すすり泣く。
「……お京ちゃん、どうしたんだい?」
「わかんない。でも、何だかーー」
「お京さん、だね?」
牢の奥からお京を呼ぶ声がする。お京とお馬は声の主のほうへと目を向ける。そこには壁に背を預けて座っている女性がひとりーー
「アンタは確か……」
お馬がいうと女性は立ち上がり、土埃を払う。女性の口許が弛む。
「お馬さん、だっけ。あたしたちが村を出た時には村にいたのに、何でここにいるの?」
「あぁ、あの後、隠れてた盗賊の一味に捕まっちまってね。このザマさ。それよりーー」
女性はどんな苦境にも屈しないとでもいうような意思の強い笑みを見せる。その女性は、
紛れもないお雉だった。
【続く】
コチコチに固まったお京ーー正座をし、肩を怒らせ、手をグッと握り締め、口許をキュッと結んでいる。その隣にはお馬。お京ほどではないが、やはりその身体には強張りが見えている。顔には胡散臭いモノを見るような表情。
ふたりの対面に座るは、背を向けた坤。
隙を見せるのは、ふたりを舐めているからか、はたまた「信頼している」からかはわからない。見張りの兵も置かずにいることを考えると、どちらとも取れて、その意味は曖昧だ。
お馬が目を動かして室内を見回す。
室内にはいくかの書物と、薄汚れた布団と、坤の細い肢体にはおよそ似合わない大きな棍棒がひとつあるだけだ。
お馬は顔を歪める。そんな中、視界の端に戸を閉じるための突っ掛け棒が転がっている。お馬はゆっくりと、ひっそりと転がっている棒へと手を伸ばす。少しずつ、少しずつーー
「その棒でどうされるおつもりですか?」
背を向けたまま坤がいうと、お馬は身体をビクッと震わせて手の動きを止めると、まるで言い訳するように微笑して見せ、
「ふふ、何いってんだい。あたしゃ、特に何もしちゃいないよ」
「とぼけても無駄です。アナタの一瞬の殺気が、わたしの背中の産毛をゾワゾワと逆立てるのです。それに、わたしもーー」
そこまで話すと坤は急にことばを切る。まるで、その話をするのは御法度だ、といわんばかりに。
「どうしてわたしたちを招いたんです?」
お京の声は強張り微かに震えている。が、坤は答えることなく、顔を少し傾けて背後にいるお京へと意識を向ける。
「答えはなし? それとも答える必要はないってこと?」
「……いえ」
「じゃあ、どうして。それにさっき、源之助さん、っていってたよね。それって猿田さんのことでしょ? アナタ、猿田さんとどういう関係なの?」
「……それは」坤は顔を叛ける。「アナタ方には関係のないことです」
「関係ないったぁ聞き捨てならないねぇ。だったらあたしたちゃ、どうしてアンタと今こうして一緒にいるんだい?」お馬にいわれるも、坤はやはり答えない。「ハッ! 答えられないか。オマケにあたしたちに顔向けすらしないなんて、ろくなモンじゃないねぇ、盗賊ってヤツァ。アンタらの頭ってのはよっぽどのろくでなし何だろうね」
お馬の辛辣なことばが坤の背中に突き刺さる。お京はいいすぎだよ、とお馬を宥めるが、坤は俯き加減になって何もいわない。
「……そういやアンタ、猿田さんの知り合いとかいってたね。となると、アンタも『天誅屋』と関わりがある、とでも?」お馬がふと不敵な笑みを浮かべていうと、坤は確信を突かれたとでもいうようにうしろを振り向く。「図星ってところかな」
「『天誅屋』……?」
川越の天誅屋の話を知らないお京は首を傾げる。それに答えるようにーー
「……『天誅屋』のこと、ご存知でしたか」
「知ってるも何も、本人から聴いたからね」
「源之助様が……?」
「そうさ。何だい? 掟に背いた猿田さんを殺すかい? 裏切り者のアンタの手で」
「どうしてそれを……!?」
ハッとし、勢いよく振り返る坤。完全に確信を突かれて動揺しているのが見え見えだ。お馬はニヤリと笑って見せーー
「何だ、図星かい。というより、アンタがあたしたちをここまで連れてきたのは、そのことで、何だろう? あたしもお京ちゃんも、アンタの愛しの源之助様を知っている。そして、お京ちゃんは桃川さんが助けに来ると信じている。そんな彼女のことを、アンタは源之助様を想っている自分と重ね合わせてーー」
「止めなさい!」
取り乱す坤。だが、お馬は止まらない。
「盗賊風情があたしたちから源之助様の話を聴いて少しでも彼に対する罪滅ぼしが出来れば、とでも思っているのかね。だとしたらーー」
「止めなさい!」
皮膚が皮膚を打つ鋭い音が響く。坤がお馬の頬を思い切り打ったのだ。が、お馬はまるで死んだような目をして、視線を坤に戻す。叩かれた衝撃で口の中が切れたのか、お馬の口からはひと筋の血が垂れている。
「お馬さん、血が……!」お京がギョッとしていう。「早く拭かないと……!」
お京が自分の衣服の端を破ろうとすると、お馬はそれを手で制す。かと思いきや、坤を真正面に見据えたまま、舌で口から垂れた血を舐め取る。その姿に坤はゾクッと身体を震わせて、
「アナタは……ッ!?」
お馬は不敵に嗤うーー
お京とお馬が牢に戻ったのは、牢から出て半時ほどしてからだった。
戻る際は坤が同行することはなく、お京とお馬は未と申の面を着けた者たちの手によって、牢まで連行されることとなった。
坤は震えていた。未と申の面を着けた者たちは、何かあったのか訊ねるも、坤はただひとこと「何でもない」。
お京とお馬が乱暴に牢へと放り込まれる。
「痛いッ!」
「ちょっと、乱暴にしないでおくれよ!」
お馬が食って掛かるも、面を着けた者たちは「うるさい」と一蹴して牢に鍵を掛けて、格子の前から消えてしまう。
「たく、何て乱暴なヤツらだろうね」
お馬がそう吐き捨てる横で、お京は目に涙を浮かべ、すすり泣く。
「……お京ちゃん、どうしたんだい?」
「わかんない。でも、何だかーー」
「お京さん、だね?」
牢の奥からお京を呼ぶ声がする。お京とお馬は声の主のほうへと目を向ける。そこには壁に背を預けて座っている女性がひとりーー
「アンタは確か……」
お馬がいうと女性は立ち上がり、土埃を払う。女性の口許が弛む。
「お馬さん、だっけ。あたしたちが村を出た時には村にいたのに、何でここにいるの?」
「あぁ、あの後、隠れてた盗賊の一味に捕まっちまってね。このザマさ。それよりーー」
女性はどんな苦境にも屈しないとでもいうような意思の強い笑みを見せる。その女性は、
紛れもないお雉だった。
【続く】