【黄金色の嫉妬心】
文字数 3,301文字
勝利の瞬間というのは実感のないモノだ。
大体、自分の勝利を実で確信できるようになるのは勝ちを得て数十分後とかで、その価値が大きくなればなる程それを得るのは遅くなる。
また、その勝利が苦節の末に得たモノならば、後からやってくる勝利の美酒は甘く美味になるのはいうまでもないだろう。
さて、『居合篇』の番外編、『大会~弐段篇』である。ちょっと時間空いちゃったけど、まぁ許せ。あらすじーー
『初段の大会当日、五条氏は最悪だった。芝居や居合で右手を酷使してしまい右手は腱鞘炎。まともに刀を振ることもできなければ、持っているだけでもしんどいような状況だった。が、五条氏は勝った。勝って三位に入賞した。だが、それも別支部から出稽古に来た人の話によって自信は打ち砕かれたのだった』
とこんな感じ。詳しくは前回の話を読んでおくれ。じゃ、やってくーー
また来てしまった。どうしてこうも意思が弱いのだろう。おれは大会会場のある駅まで来てそう思った。
「五条さん」駅のホームを歩いていると誰かがおれを呼んだ。臼田さんだった。「おはようございます。調子はどうですか?」
おれは挨拶を返し特に問題ないといった。
三度目の大会の日、コンディションは良くもなく悪くもなかった。むしろ、長すぎる電車移動で少し疲れ、やる気が少し失われていたくらいだった。それに、勝ったところで所詮また面と向かって低段者にケチもつけられないゴミに人伝で何か小言をいわれるのだろうーーその程度にしか思っていなかった。
改札を出ると、まだ時間があった。
おれは臼田さんと共に駅前のフランチャイズカフェに入り、時間を潰した。臼田さんにコーヒーを一杯ご馳走して貰い店を出、会場へと向かった。
会場に着くと例年通り着替えをし個人戦のオーダーを決めるくじ引きのアナウンスがあるまで待った。
アナウンスーー列を作りクジを引いた。その後、臼田さんと互いのクジのアルファベットを確認した。
特に被っていなかった。
つまり、おれが臼田さんと初戦で当たる可能性は限りなく低いというわけだ。
だが、安心はできない。もしかしたら、どこかで何かが覆されるかもしれない。ただ、行きの疲れはおれから緊張感を奪っていた。臼田さんと当たったらその時はその時だ。そのぐらいにしか考えていなかった。
会場に入って場所を確保すると会場アリーナにて練習を始めた。調子は悪くない。手も悴んでいないし痛さもない。
アナウンスがあり支部ごとに整列し開会の儀が始まる。それが終わると早速試合に入る。
弐段の試合会場までいき対戦オーダーを確認する。おれと臼田さんは別ブロックになっていた。とすると当たるとしたら決勝しかない。
これはいい。最後の最後なら臼田さんと当たっても全然構わなかった。そもそも自分が最終戦まで残れるかが問題ではあるが、不思議と負ける気はしなかった。
おれは一回戦二戦目だった。相手は千葉方面の支部に所属する老年の男性。位置につき演武を開始する。これといった失敗もなく無難に演武を終える。結果はーー
おれの勝ちだった。
挨拶して会場を後にした。少しばかり安堵した。負けるとは思っていなかったが、だからこそ勝った時の安心感もより一層だった。
それから数戦後、臼田さんの試合が始まった。相手は昨年の初段の準優勝だった江田支部の松本さんだ。
試合開始。臼田さんの動きはすごく良かった。松本さんも前年に初段の部にて準優勝しているだけに流石なモノだった。ふたりの演武が終わった。結果はーー
松本さんの勝ちだった。
臼田さんの敗退に思わず声が出てしまった。臼田さんが負けるとは信じられなかったのだ。
「……ダメでした。後は敗者復活から三位を狙います。最後まで頑張って下さい」
おれには臼田さんが肩を落としているように見えた。自分がどこまでいけるかはわからない。だが、おれはやれる限りまでやってやろうとこころに誓った。
それからは緊張もせずに順調に勝ち上がることができた。準優勝、相手は前年に初段の部にて優勝した人だった。がーー
おれは勝った。
前年の優勝者に勝ち決勝に駒を進めることができたのだ。
残るは決勝のみだ。
決勝の相手は江田支部の松本さんだった。
前年の記憶が蘇る。準優勝、おれは松本さんに敗れて三位となった。今こそその借りを返す時。
そんな中、先に三位決定戦が行われることとなった。三位決定戦は、準決勝にて敗北したふたりと敗者復活戦から勝ち上がった人の三つ巴のリーグ戦で行われる。
敗者復活戦から勝ち上がったのは臼田さんだった。
三位決定戦開始。三つ巴の三戦は嵐のように過ぎ去った。結果はーー
臼田さんが三位決定戦を制すこととなった。
「取り敢えず三位になれたんでよかったです。後は、優勝決定戦、頑張って下さい」
臼田さんがいった。おれは何としても最終戦を勝って終わりにしようとこころに決めた。
それから個人戦は一旦中断で団体戦があったのだけど、結果はーー初戦で終わりだった。相手は江田支部のAチーム。おれは二番手で相手は決勝の相手である松本さんだったのだけど。
普通に負けたからな。
決勝前に縁起が悪すぎると思ったが、逆にの負けで気を引き締めなければと思ったからそれはそれで良かったのだけど。
そんな感じで団体戦は終わった。
そして、決勝戦。決勝は段外から伍段まで順々に行われる。おれの出番は三番目。自分の出番が近づくにつれ心臓の鼓動が大きくなる。
心臓の鼓動が身体にブレを生じさせる。動くな。おれは自分の心臓に言い聞かせた。だが、鼓動は止まらない。人体の無能展。
初段の決勝が終わり、弐段の決勝の時間となった。名前を呼ばれ、所定の位置についた。この時の審判長はあの長田先生だった。何という因果かと思ったが、試合開始前の挨拶によってそれもすぐ掻き消された。
号令が掛かり決勝が始まった。
やる業は前年と同じ。奇遇にも昨年のリベンジの体裁になっていた。違うのは決勝の場の周りにたくさんのオーディエンスがいることだ。
緊張したか?ーーいうまでもなく。
だが、手は震えなかった。一本、二本、三本……すべてが無難に終わった。昨年の三位決定戦で失敗した古流『岩浪』の抜刀もまったくしくじることなくできた。
業を終え所定の位置に戻る。
長田先生の「判定!」の声が掛かる。結果はーー
おれの勝ちだった。
最初は何が起こったかわからなかった。ただ、挙がっている旗の数と長田先生の「赤の勝ち」ということばで自分が勝ったのだと何となくわかった。
勝ったーー勝ったのだ。
実感はないが、多分勝ったのだ。
おれは大きくため息をついて会場を後にし、運営まで行って優勝者の名前の欄に自分の名前を書き込んだ。
「やったな」
運営の場にいた姉妹道場の高段者の方がおれにそういった。それから各種記入欄について説明し、おれは紙に名前を書いていった。手が震えた。刀を持っていた時は何ともなかったのに。
運営から戻るとそのまま臼田さんの元へいった。
「やりましたね」臼田さんがいった。
「お互いに」
そんな会話を交わしたのは覚えているが、そこからは詳しくは覚えていない。ただ、自分が勝利したという事実は時間を経るごとに強くなっていった。
閉会の儀にて賞状と金のメダルを頂くと余計にその思いが強まった。そう、おれが勝者なのだ。
閉会の儀が終わると、昨年の大会後に出稽古に来た方がおれのもとまで来て、
「やったね。とても良かったよ」
そういった。胸の詰まりが抜け落ちたようだった。これでゴミと貸していた銅のメダルも漸くその価値を取り戻し浮かばれる。
その後、坂久保先生と合流し、
「おめでとうございます。これも努力の賜物ですね。そんなことより写真撮りましょう!」
と写真を撮ることとなり、おれや坂久保先生、臼田さんを含む川澄居合会の大会参加者で集合写真を撮ったのだった。
おれの胸元には金色のメダルが慎ましくも荘厳に輝いていたーー
とまぁ、こんな感じだな。取り敢えず、『居合篇』はあと一回で終わり。今週中に終わらせますわ。んじゃ、
アスタラビスタ。
大体、自分の勝利を実で確信できるようになるのは勝ちを得て数十分後とかで、その価値が大きくなればなる程それを得るのは遅くなる。
また、その勝利が苦節の末に得たモノならば、後からやってくる勝利の美酒は甘く美味になるのはいうまでもないだろう。
さて、『居合篇』の番外編、『大会~弐段篇』である。ちょっと時間空いちゃったけど、まぁ許せ。あらすじーー
『初段の大会当日、五条氏は最悪だった。芝居や居合で右手を酷使してしまい右手は腱鞘炎。まともに刀を振ることもできなければ、持っているだけでもしんどいような状況だった。が、五条氏は勝った。勝って三位に入賞した。だが、それも別支部から出稽古に来た人の話によって自信は打ち砕かれたのだった』
とこんな感じ。詳しくは前回の話を読んでおくれ。じゃ、やってくーー
また来てしまった。どうしてこうも意思が弱いのだろう。おれは大会会場のある駅まで来てそう思った。
「五条さん」駅のホームを歩いていると誰かがおれを呼んだ。臼田さんだった。「おはようございます。調子はどうですか?」
おれは挨拶を返し特に問題ないといった。
三度目の大会の日、コンディションは良くもなく悪くもなかった。むしろ、長すぎる電車移動で少し疲れ、やる気が少し失われていたくらいだった。それに、勝ったところで所詮また面と向かって低段者にケチもつけられないゴミに人伝で何か小言をいわれるのだろうーーその程度にしか思っていなかった。
改札を出ると、まだ時間があった。
おれは臼田さんと共に駅前のフランチャイズカフェに入り、時間を潰した。臼田さんにコーヒーを一杯ご馳走して貰い店を出、会場へと向かった。
会場に着くと例年通り着替えをし個人戦のオーダーを決めるくじ引きのアナウンスがあるまで待った。
アナウンスーー列を作りクジを引いた。その後、臼田さんと互いのクジのアルファベットを確認した。
特に被っていなかった。
つまり、おれが臼田さんと初戦で当たる可能性は限りなく低いというわけだ。
だが、安心はできない。もしかしたら、どこかで何かが覆されるかもしれない。ただ、行きの疲れはおれから緊張感を奪っていた。臼田さんと当たったらその時はその時だ。そのぐらいにしか考えていなかった。
会場に入って場所を確保すると会場アリーナにて練習を始めた。調子は悪くない。手も悴んでいないし痛さもない。
アナウンスがあり支部ごとに整列し開会の儀が始まる。それが終わると早速試合に入る。
弐段の試合会場までいき対戦オーダーを確認する。おれと臼田さんは別ブロックになっていた。とすると当たるとしたら決勝しかない。
これはいい。最後の最後なら臼田さんと当たっても全然構わなかった。そもそも自分が最終戦まで残れるかが問題ではあるが、不思議と負ける気はしなかった。
おれは一回戦二戦目だった。相手は千葉方面の支部に所属する老年の男性。位置につき演武を開始する。これといった失敗もなく無難に演武を終える。結果はーー
おれの勝ちだった。
挨拶して会場を後にした。少しばかり安堵した。負けるとは思っていなかったが、だからこそ勝った時の安心感もより一層だった。
それから数戦後、臼田さんの試合が始まった。相手は昨年の初段の準優勝だった江田支部の松本さんだ。
試合開始。臼田さんの動きはすごく良かった。松本さんも前年に初段の部にて準優勝しているだけに流石なモノだった。ふたりの演武が終わった。結果はーー
松本さんの勝ちだった。
臼田さんの敗退に思わず声が出てしまった。臼田さんが負けるとは信じられなかったのだ。
「……ダメでした。後は敗者復活から三位を狙います。最後まで頑張って下さい」
おれには臼田さんが肩を落としているように見えた。自分がどこまでいけるかはわからない。だが、おれはやれる限りまでやってやろうとこころに誓った。
それからは緊張もせずに順調に勝ち上がることができた。準優勝、相手は前年に初段の部にて優勝した人だった。がーー
おれは勝った。
前年の優勝者に勝ち決勝に駒を進めることができたのだ。
残るは決勝のみだ。
決勝の相手は江田支部の松本さんだった。
前年の記憶が蘇る。準優勝、おれは松本さんに敗れて三位となった。今こそその借りを返す時。
そんな中、先に三位決定戦が行われることとなった。三位決定戦は、準決勝にて敗北したふたりと敗者復活戦から勝ち上がった人の三つ巴のリーグ戦で行われる。
敗者復活戦から勝ち上がったのは臼田さんだった。
三位決定戦開始。三つ巴の三戦は嵐のように過ぎ去った。結果はーー
臼田さんが三位決定戦を制すこととなった。
「取り敢えず三位になれたんでよかったです。後は、優勝決定戦、頑張って下さい」
臼田さんがいった。おれは何としても最終戦を勝って終わりにしようとこころに決めた。
それから個人戦は一旦中断で団体戦があったのだけど、結果はーー初戦で終わりだった。相手は江田支部のAチーム。おれは二番手で相手は決勝の相手である松本さんだったのだけど。
普通に負けたからな。
決勝前に縁起が悪すぎると思ったが、逆にの負けで気を引き締めなければと思ったからそれはそれで良かったのだけど。
そんな感じで団体戦は終わった。
そして、決勝戦。決勝は段外から伍段まで順々に行われる。おれの出番は三番目。自分の出番が近づくにつれ心臓の鼓動が大きくなる。
心臓の鼓動が身体にブレを生じさせる。動くな。おれは自分の心臓に言い聞かせた。だが、鼓動は止まらない。人体の無能展。
初段の決勝が終わり、弐段の決勝の時間となった。名前を呼ばれ、所定の位置についた。この時の審判長はあの長田先生だった。何という因果かと思ったが、試合開始前の挨拶によってそれもすぐ掻き消された。
号令が掛かり決勝が始まった。
やる業は前年と同じ。奇遇にも昨年のリベンジの体裁になっていた。違うのは決勝の場の周りにたくさんのオーディエンスがいることだ。
緊張したか?ーーいうまでもなく。
だが、手は震えなかった。一本、二本、三本……すべてが無難に終わった。昨年の三位決定戦で失敗した古流『岩浪』の抜刀もまったくしくじることなくできた。
業を終え所定の位置に戻る。
長田先生の「判定!」の声が掛かる。結果はーー
おれの勝ちだった。
最初は何が起こったかわからなかった。ただ、挙がっている旗の数と長田先生の「赤の勝ち」ということばで自分が勝ったのだと何となくわかった。
勝ったーー勝ったのだ。
実感はないが、多分勝ったのだ。
おれは大きくため息をついて会場を後にし、運営まで行って優勝者の名前の欄に自分の名前を書き込んだ。
「やったな」
運営の場にいた姉妹道場の高段者の方がおれにそういった。それから各種記入欄について説明し、おれは紙に名前を書いていった。手が震えた。刀を持っていた時は何ともなかったのに。
運営から戻るとそのまま臼田さんの元へいった。
「やりましたね」臼田さんがいった。
「お互いに」
そんな会話を交わしたのは覚えているが、そこからは詳しくは覚えていない。ただ、自分が勝利したという事実は時間を経るごとに強くなっていった。
閉会の儀にて賞状と金のメダルを頂くと余計にその思いが強まった。そう、おれが勝者なのだ。
閉会の儀が終わると、昨年の大会後に出稽古に来た方がおれのもとまで来て、
「やったね。とても良かったよ」
そういった。胸の詰まりが抜け落ちたようだった。これでゴミと貸していた銅のメダルも漸くその価値を取り戻し浮かばれる。
その後、坂久保先生と合流し、
「おめでとうございます。これも努力の賜物ですね。そんなことより写真撮りましょう!」
と写真を撮ることとなり、おれや坂久保先生、臼田さんを含む川澄居合会の大会参加者で集合写真を撮ったのだった。
おれの胸元には金色のメダルが慎ましくも荘厳に輝いていたーー
とまぁ、こんな感じだな。取り敢えず、『居合篇』はあと一回で終わり。今週中に終わらせますわ。んじゃ、
アスタラビスタ。