【西陽の当たる地獄花~死拾參~】
文字数 2,143文字
一閃に次ぐ一閃。
蜘蛛の顔をした忍たちの屍がいくつも転がり、畳は忍の血で緑に染まる。
袴に腹巻きという姿の牛馬の上半身は、既にアザと擦り傷、切り傷で細かい赤に染まっている。宗顕は棚の引き出しの中で頭を庇って必死に隠れ、小さくなっている。
分銅鎖に鎖鎌、忍者刀と様々な得物を持つ忍たちは様々な攻撃方法を持っており、牛馬もさすがに苦戦している。
分銅鎖の先についた分銅が牛馬の右肩を打つ。牛馬は顔をしかめるが、歯を食い縛って何とか痛みに耐える。耐える、耐えるーー右手に握った刀を落とさないよう、必死に。
牛馬の左腕に分銅鎖が巻き付く。巻き付いた鎖は忍によって引っ張られ、牛馬の動きは不自由になる。右手が空いているから何のそのとも思えるかもしれないが、如何せん左手が封じられてしまっているせいで、身体の均衡は保てず、右手の力も分散してしまって効果的な斬撃は行えない。それどころか、耐えるので必死なせいで、刀を振る余裕などない。
右手にも鎖が絡まる。左右から引っ張られ、牛馬の身動きは封じられる。
牛馬の目の前に忍者刀を持った忍が立ちはだかる。万事休す。牛馬の瞳孔が開かれる。牛馬はスッと力を抜く。
突然、左右の忍の均衡が崩される。
牛馬はひざを抜き、自ら尻もちをつくように身体を一気に下に落とす。地面にほぼ大の字になる牛馬。その勢いと牛馬自身の重さが左右の忍の力にそのまま同方向に力を加え、力を支えるモノがなくなった忍の身体は自身の力の勢いによって崩されたのだ。
まずは右側。牛馬は右手側の忍をひと突き。
慌てる正面の忍。持っていた忍者刀を慌てて振り下ろそうとする。
が、牛馬はそれを読んでいる。
牛馬は左手を拘束している鎖を思い切り掴み、手前に思い切り振る。
均衡を崩した忍の身体が振られる。
忍者刀を持った忍は一切の感情を見せないが、その挙動には間違いなく焦りがあった。
が、既に遅い。
中途半端に下げた忍者刀に振られた忍の額が食い込む。正面に立つ忍は慌てて忍者刀を引き抜くが、斬られた忍はそのままうしろに倒れ込む、かと思われた。
が、うしろに倒れ掛けた亡骸は勢いよく前に倒れる。立ち上がった牛馬が斬られた忍の身体を一気に押し上げる。そして、そのまま亡骸ごと正面に立つ忍に突っ込んで行く。
忍者刀を持っている忍の身体がグッと強張る。空いていた左手が何かを掴んでいる。
刀身、鋭い刃。
それは牛馬の持っている『神殺』の刀身であり、刃だった。しかもその刀身はふたりの忍の身体を貫通している。
牛馬は大きく息を吐いて力を抜きつつ、刀を右に薙ぐ。と、忍ふたりの肉体が神殺の刃によって一発で引き裂かれる。
ふたつの肉体から緑色の血飛沫が飛び、内臓がボトボトとこぼれ落ちる。そして、ふたつの肉体は屍となり、その場に崩れ落ちる。
周りの忍たちは明らかに退いている。牛馬の胆力に、はたまたその強引なやり口に恐れ戦いたのか、みな若干ではあるが戦意を喪失しているように映る。
牛馬は両手を拘束していた鎖を、腕を降りつつ、その拘束を解く。畳に落ちる鎖。
「どうした……、怖くて堪らないか?」
誰ひとりとして牛馬の問いに答える者はいない。ただ、異形の者たちも腰を引き、手足を震わせ、全身で恐怖を体現している。
「気持ち悪い姿をしていても、所詮は雑魚ってことか。いいか、ひとつ教えておいてやる。人間だろうが化け物だろうが、一度恐怖にこころを喰われて腰を引いちまったらお仕舞いなんだ。あとはジリジリとうしろに下がりながら、死ぬ順番を待つんだな」
だが、そういう牛馬の左手はブルブルと震えている。牛馬はそれを見て舌打ちする。そして、震える左手の皮を自分の歯で噛み千切る。
引き千切られた皮と傷口から垂れる真っ赤な鮮血が音を立てて畳の上に落ちて弾ける。
更にうしろじさる忍たち。
「……どうした。攻める気は失せちまったか」牛馬の目がギラリと光る。「心配すんな。すぐ恐いって感情も消え失せる……」
血を垂らしながら、牛馬は忍たちに歩み寄っていく。忍たちもよりうしろじさる。牛馬が八相に神殺を構える。刀の柄巻にドス黒い赤がにじみ、その赤が黒い柄巻にジワジワと染み込んで行く。柄頭から血が垂れる。
走り出す牛馬。
忍たちは一瞬、身体を震わせる。が、それが明らかな命取りだった。
牛馬の一閃が迸る、迸るーーすべてを裂く。忍がひとり、またひとりと屍に変わっていく。肉片が散らばっていく。
まるで嵐のようだった。
生き物の命を吹き飛ばす嵐。
牛馬の一閃がかまいたちのように肉体を、生命を切り裂いていく。
すべてが死滅するまでに五分と掛からなかった。屍が敷物となって、畳を覆う。
肩で息をする牛馬、その口許には不気味な笑みが浮かんでいる。
「……大丈夫、ですか?」
背後から宗顕の声がし、牛馬は振り返る。が、牛馬は何も答えない。宗顕は身体を震わせて、
「……大丈夫そうですね。しかし、よく斬り捨てましたね……」宗顕は呆然という。
牛馬は何もいわない。ただ肩で息を切る。切る。息を。切る……。
と、突然、牛馬はぶっ倒れる。目を見開いたまま、うつ伏せになってぶっ倒れる。その背後には、覚めた目をした宗顕がいる。
宗顕の目は、死んでいた。
【続く】
蜘蛛の顔をした忍たちの屍がいくつも転がり、畳は忍の血で緑に染まる。
袴に腹巻きという姿の牛馬の上半身は、既にアザと擦り傷、切り傷で細かい赤に染まっている。宗顕は棚の引き出しの中で頭を庇って必死に隠れ、小さくなっている。
分銅鎖に鎖鎌、忍者刀と様々な得物を持つ忍たちは様々な攻撃方法を持っており、牛馬もさすがに苦戦している。
分銅鎖の先についた分銅が牛馬の右肩を打つ。牛馬は顔をしかめるが、歯を食い縛って何とか痛みに耐える。耐える、耐えるーー右手に握った刀を落とさないよう、必死に。
牛馬の左腕に分銅鎖が巻き付く。巻き付いた鎖は忍によって引っ張られ、牛馬の動きは不自由になる。右手が空いているから何のそのとも思えるかもしれないが、如何せん左手が封じられてしまっているせいで、身体の均衡は保てず、右手の力も分散してしまって効果的な斬撃は行えない。それどころか、耐えるので必死なせいで、刀を振る余裕などない。
右手にも鎖が絡まる。左右から引っ張られ、牛馬の身動きは封じられる。
牛馬の目の前に忍者刀を持った忍が立ちはだかる。万事休す。牛馬の瞳孔が開かれる。牛馬はスッと力を抜く。
突然、左右の忍の均衡が崩される。
牛馬はひざを抜き、自ら尻もちをつくように身体を一気に下に落とす。地面にほぼ大の字になる牛馬。その勢いと牛馬自身の重さが左右の忍の力にそのまま同方向に力を加え、力を支えるモノがなくなった忍の身体は自身の力の勢いによって崩されたのだ。
まずは右側。牛馬は右手側の忍をひと突き。
慌てる正面の忍。持っていた忍者刀を慌てて振り下ろそうとする。
が、牛馬はそれを読んでいる。
牛馬は左手を拘束している鎖を思い切り掴み、手前に思い切り振る。
均衡を崩した忍の身体が振られる。
忍者刀を持った忍は一切の感情を見せないが、その挙動には間違いなく焦りがあった。
が、既に遅い。
中途半端に下げた忍者刀に振られた忍の額が食い込む。正面に立つ忍は慌てて忍者刀を引き抜くが、斬られた忍はそのままうしろに倒れ込む、かと思われた。
が、うしろに倒れ掛けた亡骸は勢いよく前に倒れる。立ち上がった牛馬が斬られた忍の身体を一気に押し上げる。そして、そのまま亡骸ごと正面に立つ忍に突っ込んで行く。
忍者刀を持っている忍の身体がグッと強張る。空いていた左手が何かを掴んでいる。
刀身、鋭い刃。
それは牛馬の持っている『神殺』の刀身であり、刃だった。しかもその刀身はふたりの忍の身体を貫通している。
牛馬は大きく息を吐いて力を抜きつつ、刀を右に薙ぐ。と、忍ふたりの肉体が神殺の刃によって一発で引き裂かれる。
ふたつの肉体から緑色の血飛沫が飛び、内臓がボトボトとこぼれ落ちる。そして、ふたつの肉体は屍となり、その場に崩れ落ちる。
周りの忍たちは明らかに退いている。牛馬の胆力に、はたまたその強引なやり口に恐れ戦いたのか、みな若干ではあるが戦意を喪失しているように映る。
牛馬は両手を拘束していた鎖を、腕を降りつつ、その拘束を解く。畳に落ちる鎖。
「どうした……、怖くて堪らないか?」
誰ひとりとして牛馬の問いに答える者はいない。ただ、異形の者たちも腰を引き、手足を震わせ、全身で恐怖を体現している。
「気持ち悪い姿をしていても、所詮は雑魚ってことか。いいか、ひとつ教えておいてやる。人間だろうが化け物だろうが、一度恐怖にこころを喰われて腰を引いちまったらお仕舞いなんだ。あとはジリジリとうしろに下がりながら、死ぬ順番を待つんだな」
だが、そういう牛馬の左手はブルブルと震えている。牛馬はそれを見て舌打ちする。そして、震える左手の皮を自分の歯で噛み千切る。
引き千切られた皮と傷口から垂れる真っ赤な鮮血が音を立てて畳の上に落ちて弾ける。
更にうしろじさる忍たち。
「……どうした。攻める気は失せちまったか」牛馬の目がギラリと光る。「心配すんな。すぐ恐いって感情も消え失せる……」
血を垂らしながら、牛馬は忍たちに歩み寄っていく。忍たちもよりうしろじさる。牛馬が八相に神殺を構える。刀の柄巻にドス黒い赤がにじみ、その赤が黒い柄巻にジワジワと染み込んで行く。柄頭から血が垂れる。
走り出す牛馬。
忍たちは一瞬、身体を震わせる。が、それが明らかな命取りだった。
牛馬の一閃が迸る、迸るーーすべてを裂く。忍がひとり、またひとりと屍に変わっていく。肉片が散らばっていく。
まるで嵐のようだった。
生き物の命を吹き飛ばす嵐。
牛馬の一閃がかまいたちのように肉体を、生命を切り裂いていく。
すべてが死滅するまでに五分と掛からなかった。屍が敷物となって、畳を覆う。
肩で息をする牛馬、その口許には不気味な笑みが浮かんでいる。
「……大丈夫、ですか?」
背後から宗顕の声がし、牛馬は振り返る。が、牛馬は何も答えない。宗顕は身体を震わせて、
「……大丈夫そうですね。しかし、よく斬り捨てましたね……」宗顕は呆然という。
牛馬は何もいわない。ただ肩で息を切る。切る。息を。切る……。
と、突然、牛馬はぶっ倒れる。目を見開いたまま、うつ伏せになってぶっ倒れる。その背後には、覚めた目をした宗顕がいる。
宗顕の目は、死んでいた。
【続く】