【帝王霊~拾睦~】
文字数 2,591文字
夕闇に包まれた外夢の駅前は電灯があってもやたらと薄暗い。
隣街の川澄とは雲泥の差。古風で華やか、賑やかな川澄に対して、外夢は工業オイルが滲んだような薄汚さと薄暗さ、そして何処かジメジメし、閑散とした雰囲気がある。
ただ、駅前だけは無駄に力が入っている。もはや十五年近くも前になるが、市が駅前の改装をはじめた。市内の雰囲気を改善させようとしたのが発端だった。だが、それもふたを開けてみれば駅前だけ。市内の様子は錆び付いたようにセピア色。結局、外夢という街が生まれ変わることはなく、それどころかむしろ治安が悪化するという最悪の結果となった。
ただ、経済面でいえば長いこと県内でも五指に入るほどだった。だが、それもとある企業の撤退により多大なるダメージを受け、現在ではその順位を大きく落としてしまっている。
外夢、背徳と罪悪にまみれた街。地味な工業都市に見えて、過去に何度も全国規模で取り沙汰されるような凶悪事件が起きている。
だが、そんな凶悪事件も街行く人たちからすれば過去のこと。いや、それ以前にそんな事件があったことすら知らないといったように澄ました顔をしてストリートを闊歩している。
ヤエは改札前にあるカフェでひとり、コーヒーを飲みながら時間を潰している。
ヤエにとって外夢を訪れるのは久しぶりのことだった。そもそも川澄市に住んでいる者が外夢のような何もない街に来る理由はなく、ヤエ自身、最後に外夢へ訪れた理由を忘れてしまっていたほどだった。
スマホを確認するヤエ。そこには新着のメッセージ。その送り主は、
山田和雅だ。
ヤエは和雅とのトークをタップする。
『そろそろ着く。何処にいる?』
ヤエは現在地を打ち込んでメッセージを送信する。それから数分して店内に和雅の姿が現れる。ヤエは店内を見回す和雅に大きく手を振って自分の存在をアピールする。
ヤエの存在に気づいた和雅はポケットに手を突っ込んだままうっすらと笑みを浮かべてヤエのほうへと向かって行く。
ヤエの表情は硬い。気の置けない関係であるはずの和雅とヤエだが、どういうワケか、ふたりの間には形容しがたい壁というか、緊張感が渦を巻いているようだった。
和雅がヤエの前に座る。その椅子を引く動作は乱雑で、慎ましさなんてモノは欠片も見えない。座り方も背もたれに大きく寄り掛かり、まるで相手を挑発するような、そんな態度の大きな座り方。無作法。ヤエの顔が更に強張る。
「やぁ、武井さん。今日はどうしたの?」
ヤエの目は疑念に満ちている。それもそうだ。和雅が自身の妹であるアイの苗字を呼んだのだから。が、ヤエはそんなことは無視するように、笑みを作って口を開く。
「いや、アレからどうしてるかなぁ、って思ってさ」
ヤエは笑っている。だが、その笑い方は何ともワザとらしく、むしろ顔が引き吊っているようでもあった。しかし、それも無理はない。
「あぁ、心配してくれてありがとうね。でも、おれは絶好調だよ」
和雅は笑みを浮かべる。だが、目は笑っていない。まるで腹の中に真っ黒い感情を溜め込んでいるかのように、その顔にポジティブさはない。ヤエはより一層笑みを強くする。
「そっか、ならいいんだ。でも、ちょっといくつか訊きたいことがあってさ」
「おれに?」
ヤエは腹の中の思いを飲み込むように大きく頷く。
「うん。和雅くん、最近何かあったのかな、と思ってさ」
「おれが? 別に何もないけど、どうして?」
「うん。何ていうか、ここ最近の和雅くん、ちょっと変わったな、っていうか」
「変わった? 何処らへんが?」
「うん、何ていうか、話し方とか雰囲気とか。曖昧なんだけど、何か違うなって」
「あぁ、それは最近絶好調だからだよ」和雅はわざとらしい大仰なジェスチャーを交えていう。「最近何をしても上手く行ってね」
「ほんとに?」
身を乗り出すようにしてヤエはいう。だが、和雅はブレることなくそれを肯定する。
「そう。でも、それにしてはさ……」
ヤエは口を閉ざす。視線を斜め下に落とし、肩を狭めて小さくなっている。
「何がそんなに気になるの?」と和雅。「可笑しなところがあるならいってよ。武井さんのためならいくらでも……」
「それだよ」
ヤエのことばに和雅はワケがわからないといった様子。
「……それって?」
「その武井さん、ていうの。わたしはアイじゃないよ。てか、和雅くん、アイと話したことはあるけど、会ったことはないじゃん?」
和雅は口を閉ざす。が、すぐにいいワケがましい笑みを見せていう。
「はは、からかったんだよ」
「ウソ。和雅くんは、そういうイジリ方はしないし、相手の反応次第で柔軟に対処する。それに、その話し方と態度。和雅くんらしくない。和雅くんはいつだってことば使いは柄が悪くても、背筋がピンと伸びていて慎ましさがある」
和雅はふふと笑っていう。
「それは、その時の気分だよ。おれだってたまにはそんな感じになることだってあるからね」
「何より不思議だったのは、……和雅くん、どうしてあんなに居合が下手になっちゃったの?」和雅の顔に緊張が走る。「いつもはその体捌きとセンスでとんでもなく早く正確に動けるのに、この前はそんなの欠片もなかった」
「……それは体調が悪くて」
「体調が悪くても、今まであそこまで下手になることはなかったよ。それにいつもは技術体系を論理的に説明するのに、あの時はまったくそんなこともなくて。まるでいつもと違った」
「それは……、そういう時もあるよ」
「シンちゃんいってたよ。まるで別人が乗り移ったみたいだって。それに先生もいってたし。ねぇ、和雅くん、もしかして……」
「あっ、ごめん。用事思い出したんだった。帰らないと」腕時計を見ながら和雅はいう。
「下手な芝居。本物の和雅くんならもっと自然にやるよ」ヤエのことばに、和雅の顔は引き吊る。「まぁ、いいや。行きましょ」
ヤエと和雅はカフェを後にし、ふたりは改札前にて向き合って立つ。
「わたし帰るね」
「うん、気をつけて」
和雅の顔には不気味な笑み。ヤエはそれを無視するように、じゃあねといいながら振り返る。
突如、ヤエの身体が引っ張られる。圧し殺された声を漏らす。次の瞬間、ヤエが目にしたのは、すぐ近くにある和雅の顔だった。
ヤエはことばを失った。
和雅はヤエを抱き寄せていた。相変わらずの不敵な笑みを浮かべて。
【続く】
隣街の川澄とは雲泥の差。古風で華やか、賑やかな川澄に対して、外夢は工業オイルが滲んだような薄汚さと薄暗さ、そして何処かジメジメし、閑散とした雰囲気がある。
ただ、駅前だけは無駄に力が入っている。もはや十五年近くも前になるが、市が駅前の改装をはじめた。市内の雰囲気を改善させようとしたのが発端だった。だが、それもふたを開けてみれば駅前だけ。市内の様子は錆び付いたようにセピア色。結局、外夢という街が生まれ変わることはなく、それどころかむしろ治安が悪化するという最悪の結果となった。
ただ、経済面でいえば長いこと県内でも五指に入るほどだった。だが、それもとある企業の撤退により多大なるダメージを受け、現在ではその順位を大きく落としてしまっている。
外夢、背徳と罪悪にまみれた街。地味な工業都市に見えて、過去に何度も全国規模で取り沙汰されるような凶悪事件が起きている。
だが、そんな凶悪事件も街行く人たちからすれば過去のこと。いや、それ以前にそんな事件があったことすら知らないといったように澄ました顔をしてストリートを闊歩している。
ヤエは改札前にあるカフェでひとり、コーヒーを飲みながら時間を潰している。
ヤエにとって外夢を訪れるのは久しぶりのことだった。そもそも川澄市に住んでいる者が外夢のような何もない街に来る理由はなく、ヤエ自身、最後に外夢へ訪れた理由を忘れてしまっていたほどだった。
スマホを確認するヤエ。そこには新着のメッセージ。その送り主は、
山田和雅だ。
ヤエは和雅とのトークをタップする。
『そろそろ着く。何処にいる?』
ヤエは現在地を打ち込んでメッセージを送信する。それから数分して店内に和雅の姿が現れる。ヤエは店内を見回す和雅に大きく手を振って自分の存在をアピールする。
ヤエの存在に気づいた和雅はポケットに手を突っ込んだままうっすらと笑みを浮かべてヤエのほうへと向かって行く。
ヤエの表情は硬い。気の置けない関係であるはずの和雅とヤエだが、どういうワケか、ふたりの間には形容しがたい壁というか、緊張感が渦を巻いているようだった。
和雅がヤエの前に座る。その椅子を引く動作は乱雑で、慎ましさなんてモノは欠片も見えない。座り方も背もたれに大きく寄り掛かり、まるで相手を挑発するような、そんな態度の大きな座り方。無作法。ヤエの顔が更に強張る。
「やぁ、武井さん。今日はどうしたの?」
ヤエの目は疑念に満ちている。それもそうだ。和雅が自身の妹であるアイの苗字を呼んだのだから。が、ヤエはそんなことは無視するように、笑みを作って口を開く。
「いや、アレからどうしてるかなぁ、って思ってさ」
ヤエは笑っている。だが、その笑い方は何ともワザとらしく、むしろ顔が引き吊っているようでもあった。しかし、それも無理はない。
「あぁ、心配してくれてありがとうね。でも、おれは絶好調だよ」
和雅は笑みを浮かべる。だが、目は笑っていない。まるで腹の中に真っ黒い感情を溜め込んでいるかのように、その顔にポジティブさはない。ヤエはより一層笑みを強くする。
「そっか、ならいいんだ。でも、ちょっといくつか訊きたいことがあってさ」
「おれに?」
ヤエは腹の中の思いを飲み込むように大きく頷く。
「うん。和雅くん、最近何かあったのかな、と思ってさ」
「おれが? 別に何もないけど、どうして?」
「うん。何ていうか、ここ最近の和雅くん、ちょっと変わったな、っていうか」
「変わった? 何処らへんが?」
「うん、何ていうか、話し方とか雰囲気とか。曖昧なんだけど、何か違うなって」
「あぁ、それは最近絶好調だからだよ」和雅はわざとらしい大仰なジェスチャーを交えていう。「最近何をしても上手く行ってね」
「ほんとに?」
身を乗り出すようにしてヤエはいう。だが、和雅はブレることなくそれを肯定する。
「そう。でも、それにしてはさ……」
ヤエは口を閉ざす。視線を斜め下に落とし、肩を狭めて小さくなっている。
「何がそんなに気になるの?」と和雅。「可笑しなところがあるならいってよ。武井さんのためならいくらでも……」
「それだよ」
ヤエのことばに和雅はワケがわからないといった様子。
「……それって?」
「その武井さん、ていうの。わたしはアイじゃないよ。てか、和雅くん、アイと話したことはあるけど、会ったことはないじゃん?」
和雅は口を閉ざす。が、すぐにいいワケがましい笑みを見せていう。
「はは、からかったんだよ」
「ウソ。和雅くんは、そういうイジリ方はしないし、相手の反応次第で柔軟に対処する。それに、その話し方と態度。和雅くんらしくない。和雅くんはいつだってことば使いは柄が悪くても、背筋がピンと伸びていて慎ましさがある」
和雅はふふと笑っていう。
「それは、その時の気分だよ。おれだってたまにはそんな感じになることだってあるからね」
「何より不思議だったのは、……和雅くん、どうしてあんなに居合が下手になっちゃったの?」和雅の顔に緊張が走る。「いつもはその体捌きとセンスでとんでもなく早く正確に動けるのに、この前はそんなの欠片もなかった」
「……それは体調が悪くて」
「体調が悪くても、今まであそこまで下手になることはなかったよ。それにいつもは技術体系を論理的に説明するのに、あの時はまったくそんなこともなくて。まるでいつもと違った」
「それは……、そういう時もあるよ」
「シンちゃんいってたよ。まるで別人が乗り移ったみたいだって。それに先生もいってたし。ねぇ、和雅くん、もしかして……」
「あっ、ごめん。用事思い出したんだった。帰らないと」腕時計を見ながら和雅はいう。
「下手な芝居。本物の和雅くんならもっと自然にやるよ」ヤエのことばに、和雅の顔は引き吊る。「まぁ、いいや。行きましょ」
ヤエと和雅はカフェを後にし、ふたりは改札前にて向き合って立つ。
「わたし帰るね」
「うん、気をつけて」
和雅の顔には不気味な笑み。ヤエはそれを無視するように、じゃあねといいながら振り返る。
突如、ヤエの身体が引っ張られる。圧し殺された声を漏らす。次の瞬間、ヤエが目にしたのは、すぐ近くにある和雅の顔だった。
ヤエはことばを失った。
和雅はヤエを抱き寄せていた。相変わらずの不敵な笑みを浮かべて。
【続く】