【聖夜に浮遊霊は何を思う~壱幕~】

文字数 4,223文字

 雪の結晶が落ちる時、ひとつの恋が成就する。

 そんな下らない雑誌の宣伝文句には目もくれずに祐太朗はコンビニを後にした。

 銀行口座はスッカラカン。全世界にウイルスが蔓延しているにも関わらず、パチンコで散財する祐太朗に呆れた詩織が、祐太朗に無断で別の口座を開設し、そちらに全財産を移してしまったからだった。

 舌打ちする祐太朗ーーイライラしても金は湧いてこないのはわかっていたはずだ。

 マスクを軽く摘まみ上げる。

 祐太朗としてもマスクの効果に関しては懐疑的だったようだが、詩織や友人たち、まったく関係ない人々にウイルスを移すワケにもいかず、スポーツ店で買った通気性のよきマスクを使っていた。息がしやすいのはいいが、煩わしいことには変わりはない。

 祐太朗の眉間にも自然とシワが寄っている。財布の中には千円しか入っていない。十数分前にパチンコでスッてしまったのが痛かった。

 歩きながらスマホを確認する。メッセージが一件ーー詩織からだった。

「今日は早く帰って来てね(^^)」

 ため息をつく祐太朗ーーそれも無理もない。三〇半ばにもなって兄妹でクリスマスイブのパーティをするだなんて、祐太朗には考えられないのだろう。イブのパーティが終わった翌日は本番のクリスマスパーティがある。平和ボケもいいところだった。

「この一年、暗いことばかりだったからさ、少しは元気出したいじゃん!」

 詩織のそのいい分もわからないではないが、現実問題として、『恨めし屋』の仕事も減っており、稼ぎも前年の半分以下までに落ち込んでしまっていた。

 祐太朗は仕事の仲介人に電話を掛けた。相変わらず仕事はないらしい。依頼はあるにはあるのだが、その内容はーー

「家でぐうたらしている夫が邪魔だから殺して欲しい」

 だとか、

「口うるさい母親を始末して欲しい」

 だとかそんなんばかりだった。これも外出自粛で家にいることが多くなった弊害だろう。それもあってこの短期間で家族を殺して欲しいという依頼がやたらと増えた。

 それに反して、リモートワークが増えたこともあってか、会社の人間を殺して欲しいという依頼は減少傾向にあるという。

 ただ、いくら金に困っているとはいえ、そんな依頼を通したところで恨めし屋や仲介人、背後観察には何のメリットもないどころか、そのような利己的な以来をする人間がまともな感覚を持ち合わせていないのはいうまでもなく、トラブルに発展することも容易に想像ができる。

 そもそもそんなんでどうして結婚したのだろう。まさか婚約者が将来殺し屋に自分を殺すよう依頼するなど思ってもいなかったろうし、これからも思い知ることもないだろう。愛も情けもなくなった婚姻関係ほど不幸なモノもない。

 祐太朗としてもそんな不毛な仕事を引き受けないで済むだけマシなのはいうまでもない。

 とはいえ、人間というのは暇を持て余せば持て余す程に余計な不安を抱くものだ。そのせいもあってか、祐太朗がパチンコに注ぎ込む金も、通う頻度も以前より増加していた。

 大変なのはどこも一緒。そんなことは祐太朗にもわかっていたはずだ。

 ウイルスによって多大な被害を被った『サンダーロード』も、緊急事態宣言解除後は、生き残りを掛けて様々な試みを行っていた。

 会場となるホールをイベントスペースとしてちょっとしたイベントごとからビジネスのセミナー等、あらゆる用途で貸し出ししたり、スタジオの利用も音楽活動以外の用途でも貸し出しするようになった。

 祐太朗の実家でやっている新興宗教は、この混乱に乗じて信者に新たなグッズを売り、更には不安を煽ることで新規信者も続々と増えているそうで、金に困るどころか逆に懐が豊かになって仕方ないとのことだった。

 宗教としては如何なモノかといったところだが、ビジネスとしてはよく出来ている。

 というより、現実の日本では宗教もビジネスのひと形態であって、そこに信仰があるかなどどうでもよくなっている。要は信じて救われれば神様のお陰。不幸になれば信心が足りない。それで片付いてしまうため、バカから搾取するにはとてもいいビジネスモデルとなっている。

 とはいえ、自分の親がそれをやっていると考えると、祐太朗の気持ちも複雑だろう。結局、このような状況下でも祐太朗は、ハリとシャンティとの関係を断絶したままだ。

 一時は芝居の関係で五村によく来ていた山田和雅も、所属劇団が活動を休止したこともあって現在では殆ど五村にはーーというより、もう半年以上にも渡って都内には足を踏み入れていないらしいが、メッセージや電話でやり取りした限りでは元気でやっているとのことだった。

 一緒に『リーマンズデッド』というバンドをやっている若生も、最近は仕事が忙しいらしく、バンド活動のほうも曖昧になっている。

 祐太朗の目は血走っていた。余程苛立っているのだろう。それも無理はない。ストリートを歩けばマスクを着けた人の群れ。中にはちょっと咳をしただけでその人を怒鳴りつける老人もいる。そして、今目の前にもーー

「おいッ! お前、コロナか? 外出るな病原菌!」マスクをつけていない薄汚い老年の男性が怒鳴った。

 怒鳴られたのはコートを着たOL風の女性だった。完全に萎縮し、目には涙を貯め、身体と声を震わせながら「すみません……」と謝っている。が、老年の男性は止まることを知らず、

「すみませんじゃねぇ! こっちは年寄りなんだぞ! お前の病原菌が移ったらどう責任取ってくれんだ!?」

 唾液を飛ばしながら女性に詰め寄る男ーーその様子を横目で見ながらストリートを通り過ぎる通行人の中に、男を止めようとする者は誰ひとりいなかった。祐太朗はため息をつき、揉めるふたりの元へ静かに歩み寄った。

「もういい、行けよ」祐太朗はふたりを引き離し女性にそういうと、今度は男性に対し「人の咳を咎める前にマスクしろよ。テメエみてえなヤクザ紛いのゴミ老害、死んだところで社会にとって有益でしかねえよ。さっさと消えな」

「あぁ!? お前、年上に対して何だその口の利きーー」

 老人がいい終わるより早く、祐太朗は老人のアゴを拳でぶち抜いていた。老人の視線が飛び、足取りがふらつく。が、意識が朦朧としながらも老人は祐太朗に詰め寄り、

「お前、年上を殴ったな……! 通報するから……、そこで待ってろ……!」

「通報なんかしなくていい。警察ならおれが呼んでやるよ」祐太朗がそういい放つと、

「上等じゃねぇか! 呼べ!」

 祐太朗はスマホを取り出し、老人から身をかわして電話を掛けようとした。

 老人に絡まれていた女性が祐太朗を呆然と見つめていた。祐太朗は鬱陶し気に、

「さっさといきな。面倒なことはおれが全部引き受けるから」

「でも……」

「心配すんな、こういうことには慣れてる」

「うだうだいってねえで、早くーー」

「うるせえぞ老害。黙って待ってろ」

 そこでまた老人と祐太朗にひと悶着があったが、何とか女性を逃がし、祐太朗は「警察」に電話を掛けた。

「おれにゴミ処理させんなよ、え? 祐太朗」

 面倒臭そうに弓永はいった。弓永と祐太朗の目の前には歩道に伸びた老人の姿。話の通じない老人にウンザリした弓永が老人のアゴを思い切りブッ飛ばしてしまったのだ。

 また、弓永が老人を殴り付ける前にも、通行人が通報したのか、制服姿の警察官が来たが、弓永自身、自分が何とかするといって制服警官を帰らせるというひと幕もあった。弓永としてもいい迷惑だったろう。ため息をつく弓永ーー

「このじいさんは通行人に因縁をつけて回っていた。そこで、たまたま通り掛かったおれがじいさんを止めようとしたが、じいさんはおれを殴りつけてきたから正当防衛で反撃した。じいさんは傷害と公務執行妨害で逮捕。いいな?」

 弓永がいうと祐太朗は頷き、「すまねぇな」

「ほんとだよ。ま、今日明日は詩織さんにパーティに招かれてることだし、チャラにしてやる。それより、いいから早くしろ」

 そういって弓永は祐太朗に頬を差し出した。祐太朗は謝りつつも弓永の頬を思い切り殴りつけた。弓永は目に涙を貯め、頬を庇った。

「痛ッ! お前、少しは加減しろよ」

「思い切りやらなきゃ、大したケガにもならねえし、疑われるだろ」

「考えてもみろ。お前はこのじいさんと違って腕っぷしも強い。じいさんのパンチなんて所詮お前の五分の一程度だよ」

「わからねぇだろ、そのジジイの腕っぷしなんか」

「……まぁ、いい。これなら正当防衛に説得力も出るだろ」

 そういいながら弓永は気絶した老人の手首に手錠を嵌めると無理矢理車に押し込み、自らも愛車のリューギに乗り込んだ。

「後はおれのほうで上手くやっとく。じゃ、ひとつ貸しだからな」皮肉っぽく弓永はいった。

「うるせえぞ、悪徳警官」

「その悪徳に助けて貰ってんのはどこの誰だ。大人しくさっさと帰りな。そんなことより、カメラは大丈夫だろうな」祐太朗は閉口した。「……バカか、お前は。まぁ、いい。そのことは何とかこっちででっち上げとく。じゃまた後でな。ケーキ、楽しみにしてるぜ」

 そういって弓永はリューギに乗って去っていった。祐太朗は再度舌打ちをした。

「いやぁ、素晴らしいなぁ!」

 祐太朗が振り返ると、そこにはボロボロで砂埃にまみれたスーツを纏った青年が手を叩いて笑っていた。

「何だよテメエは」

 祐太朗が詰め寄ると男は、

「あれ、わたしのことが見えるんですか?」

 祐太朗はそのことばで我に返ったのか、ハッとしてそれっきり口を閉ざしてしまった。

 男は明らかに浮遊霊だった。それも、ここらで事故か何かで死んだ霊だろう。服の傷と汚れがそれを示している。浮遊霊の男は祐太朗に近づきーー

「安心して下さい。カメラならわたしが妨害しておきましたよ」

「……何のことだ」

「惚けなくてもいいですよ。最近はあぁいう年寄りが多くて困りますよね。そして、それを助けようとする人もいない。だから、アナタのような勇敢な人がいることに驚いたというか」

「勝手にいってろ。おれは忙しいんだーー」祐太朗は踵を返していこうとした。

「仕事ですか?」祐太朗の足が止まる。「ウィークデーの真っ昼間にその見た目からして、違いますよね。それともーー」

「だったら何だっていうんだよ」

 祐太朗は男に詰め寄った。が、男はビビる様子もなく不敵な笑みを浮かべていったーー

「わたしと取引しませんか?」

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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