【丑寅は静かに嗤う~鬼神】

文字数 2,449文字

 割れた面の破片がそこら中に飛び散る。

 十二鬼面の隠れ家のある中央の広場には、いくつもの死体が転がっている。その亡骸たちは死して尚、素顔を隠している者もいれば、その正体をさらけ出している者もいる。

 死体で編まれた桟敷の上では依然として凄惨な殺し合いが続いている。

 鋼と鋼が打ち合う悲鳴のような甲高い音に、刀が骨を断絶するゴツっという音が炎で照らされた夜の広場で幾多も交差する。

 猿田源之助が走り去った後も、死の舞踏は続いている。桃川と犬蔵は己の力をすべて使い尽くさんというほどに、互いに敵ふたりに善戦している。

 だが、何とか無傷で耐え凌ぎつつ敵を倒している桃川と違い、薬丸自顕流という大枠に従って刀を振り回し続ける犬蔵は、致命傷ではないとはいえ、身体中に切り傷を作り、その動きも次第に鈍っているようだった。

「どうするだか、お雉さん!?」

 櫓の上、お京がお雉に訊ねる。が、お雉は何もいい返すことなく、弓を引いて次の獲物に狙いを定めている。が、その腕は既に筋肉の疲弊によって震えており、まともに敵だけを射抜く、ということは殆ど不可能。

「お雉さん!」

「わかってるよ! でも……、狙いが……」

 手元がブレる。狙いが盗賊に定まったと思いきや、動く標的はすぐさまその狙いを叩き落とそうとし、かつ、お雉の疲弊した腕では標的を捉え続けるのも困難なのはいうまでもない。

「クッ……!」

 疲労だけではない、緊張までもがお雉から平静さを奪っていく。狙いは盗賊を捉え、桃川を捉え、また盗賊を捉え、犬蔵を捉え、そしてまた盗賊を捉える。ブレ続ける狙い。

「おねこ! こっちだ!」

 そんな声がこだまする。ハッとするお雉。

「今の声は……? それにおねこって……?」

 お京が困惑した様子を見せていると、お雉は震える唇でニヤリと笑って見せる。

「……取り敢えず、射ってみようじゃない」

 お雉は弛んでいた弦を再び大きく引く。狙うはーー盗賊、桃川、盗賊、桃川、桃川、盗賊、桃川……。お雉はボソッと何かを呟く。

「え……?」お京が驚きの表情を浮かべる。

 次の瞬間、お雉の引いていた弓から矢が飛んだ。矢は炎の明かりを受け、輝きを放ちながら真っ直ぐ飛ぶ。その勢いは減衰することはない。

 矢が桃川を捉える。お京の顔に絶望の色。だが、お雉の顔は、笑っている。

 矢が肉体を貫く音。

 お京は目をつむる。無音に暗闇。お京はゆっくりと目を開ける。下を眺めるーー

 矢は盗賊の心臓部に突き刺さっている。射ぬかれた盗賊はそのまま仁王立ちし、風を切っているが、それ以上の動きは見せない。

 お京はそれを遠目で見て、緊張しつつも何処か安堵したような顔をする。

「お雉さん……」お雉を見上げると、お雉は何か信じられないモノを見たような驚きを見せている。「……お雉、さん?」

 一方、櫓の下では尚も殺し合いが続く。

 射ぬかれた盗賊、それを見たもうひとりの盗賊は、戦うことも忘れて立ち竦んでいる。

 その一瞬こそが命取りだったのだ。

 桃川は下ろしていた刀を斜めに斬り上げし、そのまま同じ場所をなぞるように袈裟斬りする。桃川、斬られた盗賊、時が止まったように動かなくなる。

 斬られた盗賊の身体から血飛沫が噴き出す。桃川は盗賊の血飛沫を真っ向に受け、着物と刀が真っ赤に染まる。

 斜め掛けに斬られた盗賊の身体から内臓がボロッとこぼれ出し、うしろ向きに倒れる。

 血飛沫が宙を舞う。宙を舞った血飛沫はまるで血の雨のように降り注ぎ、桃川の身体を、衣服を、刀を、そして顔を真っ赤に染める。

 桃川ーーまるで鬼神のようだった。

 目は鈍い白銀に輝き、全身からは無駄な力が一切抜けている。口は大きく下弦の月のように開いている。まるで遠くからでも漏れ出た笑い声が聴こえてくるような大きな口で。

 桃川は歩き出す。血の雨に濡れながら、血溜まりにぬかるんだ泥濘を踏み締めて。

 ピチャッ、ピチャッーー

 地面に溜まった血が踏みつけられ、弾け飛ぶ。桃川は足を止め、足許を見下ろす。

 血にまみれた牛の面が落ちている。

 桃川は牛の面を勢い良く踏みつける。

 バキッ!

 牛の面が音を立てて砕け散る。

 砕け散った面の破片はぬかるんだ土へ混じり、破片の一部は桃川に踏みつけられて泥の一部と化す。そして、桃川は再び歩き出す。

 まるで亡霊のように揺らめく桃川の影。

 突然に桃川は走り出す。

 犬蔵とふたりの盗賊のもとへと一直線に駆け出す。距離はグングン縮まって行く。

 ふたりの盗賊が振り返る。が、その時にはもはや遅い。盗賊のひとりは突然の襲撃者になすすべもなく、両腕を大きく広げたまま桃川の袈裟斬りの餌食となり、その場に沈み込む。

 もうひとりの盗賊は鬼神の勢いにおののき情けない悲鳴を上げてうしろずさろうとするが、

 うしろには犬蔵がいる。

 犬蔵は雄叫びを上げながら、最後のひとりを思い切り袈裟掛けに斬り捨てる。

 ふたりの盗賊が殆ど同時に崩れ落ちる。

 静寂と沈黙が辺りに漂う。

 犬蔵は刀を落とし、膝に手をついて大きく息をつく。桃川は刀の血を血濡れの袴で乱暴に拭うと、ゆっくりと刀を鞘に納め、

「キズのほうは大丈夫ですか?」

 犬蔵は大きく息を吐きながら、

「……ちょっと、ダメかもしれねぇ、な」

「……そうですか」

「……気休めは、いっちゃくれねぇんだな」

「ふたりとも大丈夫だか!?」

 櫓から降りて来たお京がふたりに駆け寄る。それに遅れてお雉がゆっくりと歩いて来る。

「怪我は?」

 ふたりのもとに辿り着いたお京がいう。犬蔵は息を切らして何もいわない。桃川は、

「犬蔵さんは手当てが必要です。取り敢えず、休ませないと」

「……わかっただ! 桃川さんは大丈夫か?」

「わたしは、大丈夫です」

「そっか、よかっただ……。あれ、そういえば、お馬さんはーー?」

「ねぇーー」鋭い声ーーお雉が三人のもとまで来ている。「ちょっと訊きたいことがあるんだけど、桃川さん?」

「……何ですか?」

 突然の轟音ーー隠れ家の奥から響く。

 四人は一斉に振り返る。

 【続く】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み