【帝王霊~参拾睦~】
文字数 2,149文字
人は理解出来ない出来事に遭遇すると思考が停止し、それに伴い動きもフリーズする。
祐太朗も弓永もそんな状況にあった。特に弓永だ。あの武井愛監禁事件および、高城警部殺害事件に関与し、そして秘書であり愛人であった佐野めぐみに殺害された男がここにいるはずはない。それも、他人の姿で。
弓永は現実を冗談として笑い飛ばすかのように、鼻で笑って見せる。
「成松だぁ? 鏡見てみろよオッサン。いくらよく鍛えて若作りしたところで、お前は成松には全然似てないし、何より……」
「弓永龍、警部補でしたね」自らを成松と称した男がいう。
「あ……?」
「お久しぶりです。そして、申しワケありません。本来ならばわたし自身の姿にてお会いしたかったのですが、何分、肉体がないモノで」
「……ハッ! 当たり前だろ。成松は死んだんだ。だから、テメエが成松だなんて妄想もいいところ。仮面ライダーやウルトラマンになりたがる子供ーーいや、何処ぞのベンチャーの胡散臭い社長の振りしてる中年なんて、まったく救いようがねえな」
「……ボロクソですね」自称成松はうっすらと笑う。「しかし、その無礼千万なモノいい、確かに弓永さんですね。懐かしい。武井愛さんは元気でやってますか?」
「……あ?」弓永は自称成松のほうへ歩み寄ろうとする。「テメエ、あんま人を……」
ズカズカと自称成松に歩み寄ろうとする弓永の肩を、祐太朗は掴んで止めた。
「止めろ」
「離せよ。こういう裏社会でしか生きてけねぇクセに人のことを舐め腐ってるゴキブリには少し学習させてやんなきゃ……」
「成松、だな……」
祐太朗は自称成松のほうを見ていう。弓永は祐太朗のことばに思わず声を漏らす。
「おい、お前まで……」
「確かにコイツは成松じゃねぇよ。でもな、コイツが成松であることに間違いはねぇんだ」
何とも矛盾した祐太朗のいい分に、弓永は顔を歪める。その表情はもはや困惑よりも怒りの感情のほうが強く見える。
「何がいいたいんだよ」
「おれと同じさ」
弓永は表情で疑問を呈す。
「……お前と同じって」
「コイツの『器』が何処の誰か何て大した問題じゃないし、誰も興味はねぇだろう。でも、問題はそこじゃない」
「……『器』? もしかして」
祐太朗はコクりと頷く。
「この何処の誰ともわからねぇ中年の身体、その中に成松が憑依してるってことだ」
弓永は目を見開き成松のほうを見る。成松はふたりを挑発するようなニヤケ顔を浮かべる。
「ほう、そちらの祐太朗さんは随分と鋭いというか。霊に対して理解があるようだ」
「理解なんかねぇよ。そんなことより、どうしてテメェがここにいるか、説明しろよ」
「まぁ、それもそうなんですが、でも祐太朗さんならわたしがここにいる理由が何となくはわかるのではないですか?」
その理由は祐太朗もおおよそわかっていたことだろう。というのは、成松が霊としてこの世に存在しているということは、成松自身、この世に何かしらの未練を残しているということだ。祐太朗は面倒くさそうにいう。
「この世に未練があるからだろ」
「流石。話が早い」
「未練、だぁ?」弓永が入ってくる。「テメェみたいな三流企業の取締役風情がこの世に何の未練があるっていうんだよ。『ヤーヌス』とかいう過去の遺物を復活させて、大企業にでも成長させようってのか。ハッ! 一生掛かっても無理だよ」
「相変わらず口が悪いですね。ですが、わたしの未練はもはや『ヤーヌス』にはないんですよ。まぁ、その他の所ではいくらかはありますが」
「じゃあ、外夢とかいう片田舎の支配者になり損ねたことか?」と弓永。
「あれは残念でした。ですが、あれも結局は『ヤーヌス』の活動拠点のひとつとなりうる場所に目をつけたまで。問題はそこではないんですよ」
「じゃあ、何が……」弓永はふと笑みを浮かべる。「……なるほど、復讐か」
成松は不敵に笑う。祐太朗は訊ねる。
「復讐?」
「あぁ。で、その目標は武井か、それとも佐野か、どっちだよ。どっちもテメェの手中に入らなかった女だ。プライドだけ無駄に高いテメェなら、自分のモノにならない女のことが許せなくて仕方ないはずだろ?」
「ふふ、詳しいコメントは控えておきますが、でも何となくは話が通じそうですね」
「テメェか。山田に乗り移ったのは」
「山田?」と祐太朗。「もしかして、和雅!」
「あぁ、あの三流役者のことですか。そうですね、彼にはわたしの媒介にはなって貰いました」成松の声色が、あからさまに感情を圧し殺さんとする調子になる。「まったく、残念でしたよ。あと少しだったのに」
「あと少しだぁ? 冗談じゃない。テメェみたいなゴミ浮遊霊はさっさと地獄に落ちろ」
「ふふ、そんなことをいっていられるのも今の内ですよ、弓永警部補」
「あ?」
「祐太朗さんに訊いてみたらいかがです?ここにどれほどの霊がいたか」
弓永は祐太朗を見る。祐太朗は視線を逸らしつつ若干のうつむき加減になる。
「……あちこちにクソみたいな霊がたくさん」
「流石は祐太朗さん。ですが、ふたり揃ってここから逃げられますかな?」
「……たちの悪い霊が揃ってるのはわかる。でもな、それがお前と何の関係がある?」
「それはありますとも。何しろわたしは、浮遊霊の中の帝王、『帝王霊』なのですから」
【続く】
祐太朗も弓永もそんな状況にあった。特に弓永だ。あの武井愛監禁事件および、高城警部殺害事件に関与し、そして秘書であり愛人であった佐野めぐみに殺害された男がここにいるはずはない。それも、他人の姿で。
弓永は現実を冗談として笑い飛ばすかのように、鼻で笑って見せる。
「成松だぁ? 鏡見てみろよオッサン。いくらよく鍛えて若作りしたところで、お前は成松には全然似てないし、何より……」
「弓永龍、警部補でしたね」自らを成松と称した男がいう。
「あ……?」
「お久しぶりです。そして、申しワケありません。本来ならばわたし自身の姿にてお会いしたかったのですが、何分、肉体がないモノで」
「……ハッ! 当たり前だろ。成松は死んだんだ。だから、テメエが成松だなんて妄想もいいところ。仮面ライダーやウルトラマンになりたがる子供ーーいや、何処ぞのベンチャーの胡散臭い社長の振りしてる中年なんて、まったく救いようがねえな」
「……ボロクソですね」自称成松はうっすらと笑う。「しかし、その無礼千万なモノいい、確かに弓永さんですね。懐かしい。武井愛さんは元気でやってますか?」
「……あ?」弓永は自称成松のほうへ歩み寄ろうとする。「テメエ、あんま人を……」
ズカズカと自称成松に歩み寄ろうとする弓永の肩を、祐太朗は掴んで止めた。
「止めろ」
「離せよ。こういう裏社会でしか生きてけねぇクセに人のことを舐め腐ってるゴキブリには少し学習させてやんなきゃ……」
「成松、だな……」
祐太朗は自称成松のほうを見ていう。弓永は祐太朗のことばに思わず声を漏らす。
「おい、お前まで……」
「確かにコイツは成松じゃねぇよ。でもな、コイツが成松であることに間違いはねぇんだ」
何とも矛盾した祐太朗のいい分に、弓永は顔を歪める。その表情はもはや困惑よりも怒りの感情のほうが強く見える。
「何がいいたいんだよ」
「おれと同じさ」
弓永は表情で疑問を呈す。
「……お前と同じって」
「コイツの『器』が何処の誰か何て大した問題じゃないし、誰も興味はねぇだろう。でも、問題はそこじゃない」
「……『器』? もしかして」
祐太朗はコクりと頷く。
「この何処の誰ともわからねぇ中年の身体、その中に成松が憑依してるってことだ」
弓永は目を見開き成松のほうを見る。成松はふたりを挑発するようなニヤケ顔を浮かべる。
「ほう、そちらの祐太朗さんは随分と鋭いというか。霊に対して理解があるようだ」
「理解なんかねぇよ。そんなことより、どうしてテメェがここにいるか、説明しろよ」
「まぁ、それもそうなんですが、でも祐太朗さんならわたしがここにいる理由が何となくはわかるのではないですか?」
その理由は祐太朗もおおよそわかっていたことだろう。というのは、成松が霊としてこの世に存在しているということは、成松自身、この世に何かしらの未練を残しているということだ。祐太朗は面倒くさそうにいう。
「この世に未練があるからだろ」
「流石。話が早い」
「未練、だぁ?」弓永が入ってくる。「テメェみたいな三流企業の取締役風情がこの世に何の未練があるっていうんだよ。『ヤーヌス』とかいう過去の遺物を復活させて、大企業にでも成長させようってのか。ハッ! 一生掛かっても無理だよ」
「相変わらず口が悪いですね。ですが、わたしの未練はもはや『ヤーヌス』にはないんですよ。まぁ、その他の所ではいくらかはありますが」
「じゃあ、外夢とかいう片田舎の支配者になり損ねたことか?」と弓永。
「あれは残念でした。ですが、あれも結局は『ヤーヌス』の活動拠点のひとつとなりうる場所に目をつけたまで。問題はそこではないんですよ」
「じゃあ、何が……」弓永はふと笑みを浮かべる。「……なるほど、復讐か」
成松は不敵に笑う。祐太朗は訊ねる。
「復讐?」
「あぁ。で、その目標は武井か、それとも佐野か、どっちだよ。どっちもテメェの手中に入らなかった女だ。プライドだけ無駄に高いテメェなら、自分のモノにならない女のことが許せなくて仕方ないはずだろ?」
「ふふ、詳しいコメントは控えておきますが、でも何となくは話が通じそうですね」
「テメェか。山田に乗り移ったのは」
「山田?」と祐太朗。「もしかして、和雅!」
「あぁ、あの三流役者のことですか。そうですね、彼にはわたしの媒介にはなって貰いました」成松の声色が、あからさまに感情を圧し殺さんとする調子になる。「まったく、残念でしたよ。あと少しだったのに」
「あと少しだぁ? 冗談じゃない。テメェみたいなゴミ浮遊霊はさっさと地獄に落ちろ」
「ふふ、そんなことをいっていられるのも今の内ですよ、弓永警部補」
「あ?」
「祐太朗さんに訊いてみたらいかがです?ここにどれほどの霊がいたか」
弓永は祐太朗を見る。祐太朗は視線を逸らしつつ若干のうつむき加減になる。
「……あちこちにクソみたいな霊がたくさん」
「流石は祐太朗さん。ですが、ふたり揃ってここから逃げられますかな?」
「……たちの悪い霊が揃ってるのはわかる。でもな、それがお前と何の関係がある?」
「それはありますとも。何しろわたしは、浮遊霊の中の帝王、『帝王霊』なのですから」
【続く】