【中間地点にオアシスはあるか?】
文字数 3,278文字
中間地点ではまだ安心はできない。
まぁ、何事も半ばまで来ると多少の中弛みはあるだろうけど、中間地点というのは、むしろ兜の緒を締めなければならない段階であるのはいうまでもない。
そう、中間地点は所詮、中間地点でしかない。真に胸を撫で下ろしていい段階までは、あと半分も残っている。
ただ、あまりナーバスになり過ぎても辛いだけだ。逆に多少のリラックスは必要となってくるだろう。もちろん、次を想定してだけど。
さて、『遠征芝居篇』の第十三回である。そろそろ終わり。あらすじなーー
「一回目の公演は多少のミスはあったとはいえ、それ以外は難なく終わった。五条氏も、トチったセリフを改めて確認し直しはしたのだが、次の公演までは四時間ほど猶予があった。そんな時、下留さんの提案でみんなと近所の公園を散歩しようということになった。何とかリラックスでき、二回目の本番が近づいてきた。五条氏は、尚も緊張して小さくなる森ちゃんの肩に手を掛けるのだったーー」
とまぁ、こんな感じか。今日は二回目の公演後の話。じゃ、やってくーー
二回目の公演は一回目よりも危ない事態に陥ってしまった。というのも、とあるメンバーが段取りをミスってしまったのだ。
何とかリカバリーできたから問題はなかったのだけど、何故かそこをリカバリーしたおれがゆうこに責められるというワケのわからない状態になったのは流石にいい気分ではなかった。
改めて気づいたけど、おれはメンツを潰されることと、いい掛かりをつけられること、道理に合わないことをされるのを特に嫌うらしい。
まぁ、普通そうなんだろうけど、おれは特にその傾向が強いようで、仮にそれがジョークだとしても、おれにとってその三点は完全にタブーなんだと思う。
事実、それが原因で今でも関係がよろしくないブラストのOB、OG、協力者がいるのも事実だしな。まぁ、ゆうこに関してはこれだけで、それ以降は仲良くやれているんだけど。
で、本番後、たけしさん、さとちん、ゆーへーの三人を見送って、夕飯の時間となった。
夕飯は喫茶店のマスターが腕を奮って下さるとのことだった。プラス、翌日以降のスケジュールの関係上、打ち上げもできないことも加味して、この夕飯の時間を中打ち上げにしようということになった。
早速、テーブルを出してくっつけて、食卓を囲む。各々、ドライバーはノンアルコール、それ以外の人はアルコールで乾杯し、みんなで中打ち上げを敢行する。
確かに複雑な気分だったとはいえ、楽しかったのはいうまでもなかった。まだ中間地点ではあったが、一日目を終えた後の身体の火照りに冷たいビールはよく利いた。
それまでのウンザリした気分はどうでもよくなっていた。プラス、会の途中にはサプライズもーー
「よっしーさん、誕生日おめでとうございます!」
そういって持ち込まれて来たのは、よっしーの誕生日ケーキだった。そう、この本番前日がよっしーの誕生日だったのだ。
これも森ちゃんから下留さんへ、よっしーの誕生日の話が行っており、下留さんが誕生日ケーキを用意してくれていたからだった。
この粋な計らいにはおれも驚いた。会はより盛り上がりを見せ、そのまま中打ち上げは終了した。
それからは、帰宅できる人は帰宅し、居残り組は別の場所へと移った。
何でもそこは、酒蔵をイベントスペースに改修した所で、芝居の箱としても使える面白い場所だった。そして、隣には映画館をイベントスペースに改修した場所ーー1年前にウタゲの公演中におれが倒れた場所だった。
まさか、一年越しでまたここに帰ってくるとは思わなかった。
酒蔵の中では早くも二次会が始まっていた。
女性陣は恋愛トークをしつつ、森ちゃんと山田くんは互いの芝居への展望を熱く語り合っていた。おれはというと、何だか酔いが覚めてしまっていた。理由はわからないが、ビール三杯程度じゃ酔えなくなっていたのかもしれない。
おれは遠巻きに楽しそうな光景を眺めていた。そして、感じてしまった。
明日でこの楽しい時間も終わる。
芝居の終わりが近づくといつもセンチメンタルになってしまう。芝居をやるのは好きだけど、この終わる間際と終わった後のセンチメンタル具合はどうにも好きになれない。
やはり、これまで自分の中で付き合って来た役柄とおさらばしなければならないのもあるだろうし、ひとつのチームでひとつの時間を共有するというのが終わるという事実がとても寂しく感じられるのだと思う。
終わりが見えてしまい、おれはみんなに混じって楽しむことができなくなってしまった。話に入って行こうとも思えず、ただひとりで缶ビールを呷るぐらいしかできなくなっていた。
おれはひとり、夜風に当たろうと缶ビールを手に外に出た。と、そこにはーー
下留さんがひとりで座っていた。
「おぉ、五条くん、お疲れぃ」
下留さんにあいさつを返し、縁石に腰掛けた。ほんの少し前までは顔を合わすことすら難しかったような関係だったにも関わらず、今ではそんな感じは微塵もなかった。
「今日はどうだった?」下留さんがいった。
おれは正直に楽しかったと話した。それから、今日の場をお膳立てして下さったことに感謝のことばを述べた。
「いや、いいんだよ。それより、うちの芝居、どうだったかな?」
おれは自分の感じたままに、下留さんに芝居の感想を告げた。といっても、おれは相当クオリティが酷い時以外は悪いことはいわない。
いい意見も悪い意見も、所詮は個人の感想でしかない。だからこそ、事実といい意見をベースに話していくーーそれが人の芝居を語る上でのおれのスタンスだった。
それに、個人的には今回のウタゲの芝居に悪い部分は見えなかった。個人的な感情が入りすぎているんじゃないかといわれると、そうかもしれない。でも、やはりゲネで見た分では悪い部分はなかったと思う。
「それと、昨年はすみませんでした」
おれは昨年のことを謝っていた。もう何度目かわからないけど、やはり、本公演という劇団にとっての晴れの場を、そういう形で汚してしまったのが自分でも本当に申し訳ないと思ったのだ。が、下留さんはーー
「いや、全然。こっちも配慮が足りなかった」
本心はわからない。ただ、こうやってふたりで話している分では、本当にそう思っているようにも思えた。それから、下留さんと芝居の話、シナリオの話をした。そこで下留さんは、
「おれ、正直、自分が最高だ、最高傑作だと思えるような本を書けて、それを芝居として打てたら、芝居を辞めてもいいと思ってる。でも、中々そういう本が書けないんだよ」
といった。おれは正直にいったーー
「多分、これから先もそういったモノは書けないんじゃないかと思います。おれも自分でシナリオを書いていて思うんですが、ひとつを終えると、やはり次を書きたくなる。次のシナリオは前よりよくしようと思う。そうなると自分が納得できる本なんていつまで経っても書けない。黒澤明やチャップリンが、『最高傑作は次回作』といっていたのもそういうことなんじゃないかな、とおれは思ってます」
下留さんは感慨深そうに唸った。実際、この次の作品問題は、モノを書く人間にとっては誰にでもある話だと思う。というか、それがなくなったら、もうシナリオを書く資格はないのかもしれない。常に良いものをーーその姿勢を持ち続けることが何よりも大事なのだと思う。
それから、更に下留さんと話し、中から出て来たウタゲの女性陣ふたりとも話をし、それから少しして、森ちゃんが蔵から出てきた。
「もう寝んの?」おれは訊ねた。
「はい。五条さん、寝袋どうします?」
おれは是非借りたいといった。そして、下留さんたちにおやすみの挨拶をして、森ちゃんと共に、映画館を改修した劇場のオフィスへと向かった。それからオフィスにて寝る準備を終えて森ちゃんの横で寝袋に潜った。
「明日で終わりか」おれはいった。
「そうですね……」
「早いもんだな……」
「えぇ……」
「……明日もよろしくな」
宵の宴が月と共に去っていったーー
【続く】
まぁ、何事も半ばまで来ると多少の中弛みはあるだろうけど、中間地点というのは、むしろ兜の緒を締めなければならない段階であるのはいうまでもない。
そう、中間地点は所詮、中間地点でしかない。真に胸を撫で下ろしていい段階までは、あと半分も残っている。
ただ、あまりナーバスになり過ぎても辛いだけだ。逆に多少のリラックスは必要となってくるだろう。もちろん、次を想定してだけど。
さて、『遠征芝居篇』の第十三回である。そろそろ終わり。あらすじなーー
「一回目の公演は多少のミスはあったとはいえ、それ以外は難なく終わった。五条氏も、トチったセリフを改めて確認し直しはしたのだが、次の公演までは四時間ほど猶予があった。そんな時、下留さんの提案でみんなと近所の公園を散歩しようということになった。何とかリラックスでき、二回目の本番が近づいてきた。五条氏は、尚も緊張して小さくなる森ちゃんの肩に手を掛けるのだったーー」
とまぁ、こんな感じか。今日は二回目の公演後の話。じゃ、やってくーー
二回目の公演は一回目よりも危ない事態に陥ってしまった。というのも、とあるメンバーが段取りをミスってしまったのだ。
何とかリカバリーできたから問題はなかったのだけど、何故かそこをリカバリーしたおれがゆうこに責められるというワケのわからない状態になったのは流石にいい気分ではなかった。
改めて気づいたけど、おれはメンツを潰されることと、いい掛かりをつけられること、道理に合わないことをされるのを特に嫌うらしい。
まぁ、普通そうなんだろうけど、おれは特にその傾向が強いようで、仮にそれがジョークだとしても、おれにとってその三点は完全にタブーなんだと思う。
事実、それが原因で今でも関係がよろしくないブラストのOB、OG、協力者がいるのも事実だしな。まぁ、ゆうこに関してはこれだけで、それ以降は仲良くやれているんだけど。
で、本番後、たけしさん、さとちん、ゆーへーの三人を見送って、夕飯の時間となった。
夕飯は喫茶店のマスターが腕を奮って下さるとのことだった。プラス、翌日以降のスケジュールの関係上、打ち上げもできないことも加味して、この夕飯の時間を中打ち上げにしようということになった。
早速、テーブルを出してくっつけて、食卓を囲む。各々、ドライバーはノンアルコール、それ以外の人はアルコールで乾杯し、みんなで中打ち上げを敢行する。
確かに複雑な気分だったとはいえ、楽しかったのはいうまでもなかった。まだ中間地点ではあったが、一日目を終えた後の身体の火照りに冷たいビールはよく利いた。
それまでのウンザリした気分はどうでもよくなっていた。プラス、会の途中にはサプライズもーー
「よっしーさん、誕生日おめでとうございます!」
そういって持ち込まれて来たのは、よっしーの誕生日ケーキだった。そう、この本番前日がよっしーの誕生日だったのだ。
これも森ちゃんから下留さんへ、よっしーの誕生日の話が行っており、下留さんが誕生日ケーキを用意してくれていたからだった。
この粋な計らいにはおれも驚いた。会はより盛り上がりを見せ、そのまま中打ち上げは終了した。
それからは、帰宅できる人は帰宅し、居残り組は別の場所へと移った。
何でもそこは、酒蔵をイベントスペースに改修した所で、芝居の箱としても使える面白い場所だった。そして、隣には映画館をイベントスペースに改修した場所ーー1年前にウタゲの公演中におれが倒れた場所だった。
まさか、一年越しでまたここに帰ってくるとは思わなかった。
酒蔵の中では早くも二次会が始まっていた。
女性陣は恋愛トークをしつつ、森ちゃんと山田くんは互いの芝居への展望を熱く語り合っていた。おれはというと、何だか酔いが覚めてしまっていた。理由はわからないが、ビール三杯程度じゃ酔えなくなっていたのかもしれない。
おれは遠巻きに楽しそうな光景を眺めていた。そして、感じてしまった。
明日でこの楽しい時間も終わる。
芝居の終わりが近づくといつもセンチメンタルになってしまう。芝居をやるのは好きだけど、この終わる間際と終わった後のセンチメンタル具合はどうにも好きになれない。
やはり、これまで自分の中で付き合って来た役柄とおさらばしなければならないのもあるだろうし、ひとつのチームでひとつの時間を共有するというのが終わるという事実がとても寂しく感じられるのだと思う。
終わりが見えてしまい、おれはみんなに混じって楽しむことができなくなってしまった。話に入って行こうとも思えず、ただひとりで缶ビールを呷るぐらいしかできなくなっていた。
おれはひとり、夜風に当たろうと缶ビールを手に外に出た。と、そこにはーー
下留さんがひとりで座っていた。
「おぉ、五条くん、お疲れぃ」
下留さんにあいさつを返し、縁石に腰掛けた。ほんの少し前までは顔を合わすことすら難しかったような関係だったにも関わらず、今ではそんな感じは微塵もなかった。
「今日はどうだった?」下留さんがいった。
おれは正直に楽しかったと話した。それから、今日の場をお膳立てして下さったことに感謝のことばを述べた。
「いや、いいんだよ。それより、うちの芝居、どうだったかな?」
おれは自分の感じたままに、下留さんに芝居の感想を告げた。といっても、おれは相当クオリティが酷い時以外は悪いことはいわない。
いい意見も悪い意見も、所詮は個人の感想でしかない。だからこそ、事実といい意見をベースに話していくーーそれが人の芝居を語る上でのおれのスタンスだった。
それに、個人的には今回のウタゲの芝居に悪い部分は見えなかった。個人的な感情が入りすぎているんじゃないかといわれると、そうかもしれない。でも、やはりゲネで見た分では悪い部分はなかったと思う。
「それと、昨年はすみませんでした」
おれは昨年のことを謝っていた。もう何度目かわからないけど、やはり、本公演という劇団にとっての晴れの場を、そういう形で汚してしまったのが自分でも本当に申し訳ないと思ったのだ。が、下留さんはーー
「いや、全然。こっちも配慮が足りなかった」
本心はわからない。ただ、こうやってふたりで話している分では、本当にそう思っているようにも思えた。それから、下留さんと芝居の話、シナリオの話をした。そこで下留さんは、
「おれ、正直、自分が最高だ、最高傑作だと思えるような本を書けて、それを芝居として打てたら、芝居を辞めてもいいと思ってる。でも、中々そういう本が書けないんだよ」
といった。おれは正直にいったーー
「多分、これから先もそういったモノは書けないんじゃないかと思います。おれも自分でシナリオを書いていて思うんですが、ひとつを終えると、やはり次を書きたくなる。次のシナリオは前よりよくしようと思う。そうなると自分が納得できる本なんていつまで経っても書けない。黒澤明やチャップリンが、『最高傑作は次回作』といっていたのもそういうことなんじゃないかな、とおれは思ってます」
下留さんは感慨深そうに唸った。実際、この次の作品問題は、モノを書く人間にとっては誰にでもある話だと思う。というか、それがなくなったら、もうシナリオを書く資格はないのかもしれない。常に良いものをーーその姿勢を持ち続けることが何よりも大事なのだと思う。
それから、更に下留さんと話し、中から出て来たウタゲの女性陣ふたりとも話をし、それから少しして、森ちゃんが蔵から出てきた。
「もう寝んの?」おれは訊ねた。
「はい。五条さん、寝袋どうします?」
おれは是非借りたいといった。そして、下留さんたちにおやすみの挨拶をして、森ちゃんと共に、映画館を改修した劇場のオフィスへと向かった。それからオフィスにて寝る準備を終えて森ちゃんの横で寝袋に潜った。
「明日で終わりか」おれはいった。
「そうですね……」
「早いもんだな……」
「えぇ……」
「……明日もよろしくな」
宵の宴が月と共に去っていったーー
【続く】