【帝王霊~参拾壱~】
文字数 2,237文字
弓永警部補からヤエちゃんが見つかったと聴いたのは、ぼくが電話した翌日のことだった。
ヤエちゃんが見つかったと聴いて、ぼくはこころの底から安心した。何でも、今は妹さんの事務所にいるらしい。だが、スマホは持っていないとのことで、連絡するなら事務所に直接して欲しいとのことだった。
翌日、ぼくはクラスメイトにヤエちゃんが無事だということを伝えた。クラスのメンバーはみんな安心しているようだった。それから、一部のメンツーー辻に山路、海野、田宮、和田、片山さん、そして春奈と放課後になってみんなで集まって電話してみようとなった。
授業が終わるのが遅く感じられた。待ち遠しい時間というのは、どうしてこうもゆっくりと過ぎていくのだろうと苛立つ思いだったけど、そこはガマンした。
放課後、ぼくたちは帰宅後に片山さんの家に集まろうと決めて教室を後にした。まだ夕方にもなっていない川澄通りを早歩きで通り抜ける気分は最高だった。何より、ヤエちゃんの無事がわかったというだけでも大きかったのだけど、やはり自分の耳で、目でそれを確認したいと気持ちがはやっていたのだろう。
「随分とテンション高いね」
知っている声が聴こえ、ぼくはふと立ち止まり辺りを見回した。やはりそうだった。
関口ーーうちのクラスの学級委員。
相変わらずの爽やかなイケメン。だが、その口許には不敵な笑みが刻まれている。何を考えているかわからない男。
「そりゃ、な。ヤエちゃんが見つかったって聴いて、イヤな気分なワケないだろ?」
「はは。そうだろうね。ぼくもそうだし」
その答えが意外に思えた。関口がそんな風に他者に思い入れを抱くようなタイプに思えなかったのもあるだろうし、ましてやそれが教員に対してというのも何だか不思議だった。
「キミもヤエちゃんのこと心配してたんだ」
思わず皮肉めいたことばが出てしまう。やはり、自分の中で何処か関口に対して警戒心というのがあるのかもしれない。
関口は薄く笑って見せる。
「はは、当たり前じゃない」
「そうか。キミは教師に思い入れを持つタイプだとは思わなかったからさ」
「まぁ、殆ど当たってるけどね。でも、長谷川先生は別かな。あんな役人めいてない教師なんて、長谷川先生くらいしか知らないし」
それは皮肉か、それとも本心から褒め称えているのか、ぼくにはわからなかった。
「で、何の用?」
「何って、長谷川先生によろしく伝えて欲しいってだけだよ」
「何だそれ。だったら、片山さんの家来る?」
「いや。ぼくが行ったって歓迎されないだろ?止めておくよ」
ぼくは誘っておいて内心では、その答えにホッとしていた。何より、彼の存在をよく思わない人は少なくないだろうから。
「そう。じゃあ……」
そういって関口に別れを告げようとすると、突然にスマホが振動した。ぼくは関口に断ってスマホを確認した。
山田さんからだった。
ぼくは画面をただ眺めていた。何だろう。不思議と出る気分になれない。多分、最近の山田さんが何処かよそよそしく、人が変わってしまったように思えたからだと思えた。
「出ないの?」と関口。
ぼくはゆっくりと通話ボタンをスライドして、静かにスマホを耳に当てた。
「もしもし……」自分の声が強張っているのがわかった。
「もしもし、シンゴちゃん、元気かい?」
その声は間違いなく山田さんのモノだった。それもこれまでのよそよそしい感じではなく、かつてのフレンドリーな明るい感じ。だが、すぐにはこころを開けないのも事実だった。
「え、えぇ、元気、ですけど」
「良かった。ヤエちゃん、見つかったんだってね」
「え?」意表をつかれた感じ。「どうして知ってるんですか?」
「知り合いの伝でね。聴いたんだよ」
ウソだ。ふとそう思った。それは山田さん自身がいっていた。人は都合の悪い真実は曖昧なことばで濁す、と。今の山田さんのことばはまさに曖昧で濁り切っていた。
「それは、本当ですか?」
ぼくは疑念を隠さなかった。すると山田さんは沈黙し、大きく息をついた。
「やっぱ騙しきれないか」
「だって、都合の悪い真実は曖昧なことばで濁されるっていってたの、先輩じゃないですか」
「キミは本当によく人の話を覚えてるね」
それはそうだ。だって、相手はぼくが……。そんなことはどうでもよかった。ぼくは山田さんのことばに返事することが出来なかった。と、山田さんは、
「心配掛けてしまったな。ゴメンよ」
「一体、何があったんですか?」
ぼくの問いに、山田さんは沈黙した。余程答えづらい事情があるのだろう。だが、それが何なのかは見当もつかなかった。
「……今は説明できない」山田さんはいった。「説明しても信用して貰えないだろうしね」
「それは、ぼくが先輩を信用していないから、ってそういう意味ですか?」
「え、そうなの?」
呆気に取られたように山田さんはいった。ぼくは慌ててそれを否定した。
「いや! そういうことじゃなくて!」
ぼくが狼狽えていると山田さんは笑った。
「わかってるよ。でも、これはそう簡単に説明出来ることでもなくてね。もう少しだけ、待っててくれないか?」
お道化と真摯さ。相反するふたつの性質が調和した、まさに山田さんの性格そのものだった。ぼくは漸く気が楽になった気がした。
「わかりました」
「最後にひとつ。周りで何か変なことがあったらすぐ連絡してくれ。ちょっと変わったことでもあれば、何でもいいから」
「変わったことというと?」
「誰かの性格が一変した、とかかな」
【続く】
ヤエちゃんが見つかったと聴いて、ぼくはこころの底から安心した。何でも、今は妹さんの事務所にいるらしい。だが、スマホは持っていないとのことで、連絡するなら事務所に直接して欲しいとのことだった。
翌日、ぼくはクラスメイトにヤエちゃんが無事だということを伝えた。クラスのメンバーはみんな安心しているようだった。それから、一部のメンツーー辻に山路、海野、田宮、和田、片山さん、そして春奈と放課後になってみんなで集まって電話してみようとなった。
授業が終わるのが遅く感じられた。待ち遠しい時間というのは、どうしてこうもゆっくりと過ぎていくのだろうと苛立つ思いだったけど、そこはガマンした。
放課後、ぼくたちは帰宅後に片山さんの家に集まろうと決めて教室を後にした。まだ夕方にもなっていない川澄通りを早歩きで通り抜ける気分は最高だった。何より、ヤエちゃんの無事がわかったというだけでも大きかったのだけど、やはり自分の耳で、目でそれを確認したいと気持ちがはやっていたのだろう。
「随分とテンション高いね」
知っている声が聴こえ、ぼくはふと立ち止まり辺りを見回した。やはりそうだった。
関口ーーうちのクラスの学級委員。
相変わらずの爽やかなイケメン。だが、その口許には不敵な笑みが刻まれている。何を考えているかわからない男。
「そりゃ、な。ヤエちゃんが見つかったって聴いて、イヤな気分なワケないだろ?」
「はは。そうだろうね。ぼくもそうだし」
その答えが意外に思えた。関口がそんな風に他者に思い入れを抱くようなタイプに思えなかったのもあるだろうし、ましてやそれが教員に対してというのも何だか不思議だった。
「キミもヤエちゃんのこと心配してたんだ」
思わず皮肉めいたことばが出てしまう。やはり、自分の中で何処か関口に対して警戒心というのがあるのかもしれない。
関口は薄く笑って見せる。
「はは、当たり前じゃない」
「そうか。キミは教師に思い入れを持つタイプだとは思わなかったからさ」
「まぁ、殆ど当たってるけどね。でも、長谷川先生は別かな。あんな役人めいてない教師なんて、長谷川先生くらいしか知らないし」
それは皮肉か、それとも本心から褒め称えているのか、ぼくにはわからなかった。
「で、何の用?」
「何って、長谷川先生によろしく伝えて欲しいってだけだよ」
「何だそれ。だったら、片山さんの家来る?」
「いや。ぼくが行ったって歓迎されないだろ?止めておくよ」
ぼくは誘っておいて内心では、その答えにホッとしていた。何より、彼の存在をよく思わない人は少なくないだろうから。
「そう。じゃあ……」
そういって関口に別れを告げようとすると、突然にスマホが振動した。ぼくは関口に断ってスマホを確認した。
山田さんからだった。
ぼくは画面をただ眺めていた。何だろう。不思議と出る気分になれない。多分、最近の山田さんが何処かよそよそしく、人が変わってしまったように思えたからだと思えた。
「出ないの?」と関口。
ぼくはゆっくりと通話ボタンをスライドして、静かにスマホを耳に当てた。
「もしもし……」自分の声が強張っているのがわかった。
「もしもし、シンゴちゃん、元気かい?」
その声は間違いなく山田さんのモノだった。それもこれまでのよそよそしい感じではなく、かつてのフレンドリーな明るい感じ。だが、すぐにはこころを開けないのも事実だった。
「え、えぇ、元気、ですけど」
「良かった。ヤエちゃん、見つかったんだってね」
「え?」意表をつかれた感じ。「どうして知ってるんですか?」
「知り合いの伝でね。聴いたんだよ」
ウソだ。ふとそう思った。それは山田さん自身がいっていた。人は都合の悪い真実は曖昧なことばで濁す、と。今の山田さんのことばはまさに曖昧で濁り切っていた。
「それは、本当ですか?」
ぼくは疑念を隠さなかった。すると山田さんは沈黙し、大きく息をついた。
「やっぱ騙しきれないか」
「だって、都合の悪い真実は曖昧なことばで濁されるっていってたの、先輩じゃないですか」
「キミは本当によく人の話を覚えてるね」
それはそうだ。だって、相手はぼくが……。そんなことはどうでもよかった。ぼくは山田さんのことばに返事することが出来なかった。と、山田さんは、
「心配掛けてしまったな。ゴメンよ」
「一体、何があったんですか?」
ぼくの問いに、山田さんは沈黙した。余程答えづらい事情があるのだろう。だが、それが何なのかは見当もつかなかった。
「……今は説明できない」山田さんはいった。「説明しても信用して貰えないだろうしね」
「それは、ぼくが先輩を信用していないから、ってそういう意味ですか?」
「え、そうなの?」
呆気に取られたように山田さんはいった。ぼくは慌ててそれを否定した。
「いや! そういうことじゃなくて!」
ぼくが狼狽えていると山田さんは笑った。
「わかってるよ。でも、これはそう簡単に説明出来ることでもなくてね。もう少しだけ、待っててくれないか?」
お道化と真摯さ。相反するふたつの性質が調和した、まさに山田さんの性格そのものだった。ぼくは漸く気が楽になった気がした。
「わかりました」
「最後にひとつ。周りで何か変なことがあったらすぐ連絡してくれ。ちょっと変わったことでもあれば、何でもいいから」
「変わったことというと?」
「誰かの性格が一変した、とかかな」
【続く】