【西陽の当たる地獄花~参拾壱~】

文字数 2,390文字

 ざわつく室内では、恐怖が疫病のように伝染している。

 牛馬ということばが、その場にいる控えの者たちと神の身体を強張らせ、震わせる。

「どういうことだ……、貴様、確かに殺したといったではないか!」

 神は長机をバンッと叩いて声を荒げる。が、白装束はまったく臆することもなく、

「確かに手応えはありました。ですが、死体は見ていないといったではないですか。あの者が完全に死んだと早合点したのは貴殿ではーー」

「黙れ!……黙れ、黙れーー黙れ!」神は取り乱す。「この役立たずが! これでは一体何のために貴様を使ってやっているかわからないではないか! 恥を知れ、奥村!」

「わたしは確かにあの者を貴殿から遠ざけるという仕事はした、と申し上げるが」

「遠ざけはしても、殺さなければ何の意味もなさんではないか! この役立たず!」

「おことばを返すようではありますが、彼岸では仮に他者に殺されたとて畜生になるか、餓鬼になるかではないですか。だとしたら、あの男は転生して畜生になろうと、餓鬼になろうと貴殿を殺しに参るか、とわたしは思うのですが」

「黙れ!……彼岸では、他者を殺めた者は何もない大地獄へと送られるモノと決まっておるのだ。仮に貴様がヤツを完璧に仕留めておったならば、間違いなくここには来んだろうが!」

「取り乱すのは御勝手ですが、それよりも逃げるかどうかなされたらどうなのですか?」

 白装束の声に厳しさが宿る。神はハッとし、

「そうだ、逃げなくては! 奥村、さっさとお供しないか!」

「何故ですか?」白装束はピシャリという。

「貴様の役目だからに決まっておるではないか!」

「わたくしめは、かの牛馬なる者を仕留められなかった役立たず。かような役立たずは貴殿の用心棒をするには不足かと思いますが」

 神は発狂したように唸り声を上げる。だが、白装束はあくまで冷静に、

「そんな声を上げたら、ヤツに自分が何処にいるかを伝えているようなモノだと思いますが」

「黙れ! 誰が貴様に暇を与えるといった!」

「では、死罪ですか? それともお得意の別室行きでしょうか?」

「貴様……ッ! 何処まで朕をコケにすれば気が済むのだ!」

「人をコケにするのは貴殿の十八番ではありませぬか」冷めきった調子で、白装束はいう。

「……貴様をどうするかはまた後の話だ。今はあのキチガイからどう逃れるかが先決ではないか! それに貴様も牛馬相手にひと悶着あったというのであれば、ただじゃ済まぬだろ!」

「わたしがあの者を斬ったというのはウソだと断言したにも関わらず、わたしとあの者にどのような因縁があるというのですか?」

 神は歯軋りをして怒りにうち震える。

「……貴様、後で覚えておれよ。貴様は必ずや死罪にする。それもこの朕の手で直々に」

「おやおや、わたしやあの者のように直接手を汚す者は三流なのではないのですか? だとしたら、彼岸と現世を統治なさる御神殿は取るに足らない三流の支配者であり創造主、ということになられまするが」白装束は無表情でいう。

 白装束のことばに神は気が狂ったように取り乱す。配下の者たちはどう立ち振る舞えばいいのかわからないようで、みな一様にオロオロするばかりで何の役にも立たない。

「……わかった。先程のことはかたじけなかったといっておいてやろう。だからーー」

「いっておいてやろう?」白装束は語調を強めていう。「それが人に詫びようとする態度であろうか。わたしが子供の頃ーー」

「黙れ! 今は一刻を争っているのだ! 貴様とこうしてノンビリしている暇などない!」

「それはわたしも同じことです。とはいえ、わたしはヤツを退けるだけの腕がある。もしかすれば、ヤツとわたしは五分と五分。次に斬り合えば、わたしが殺されるかもしれない」

「わかった!」神はピシャリという。

「わかった、とは?」

 神は白装束の問いに対し、即座には反応しなかった。代わりに白装束から視線を外して、ふてぶてしいいつもの態度を引っ込めた、まるで配下の者たちと同じようにオロオロして見せ、

「朕に、どうしろというのだ……。どうすれば、貴様……、主は朕を許すというのだ……?」

「許して欲しいのであれば、簡単なことです。わたしに詫びればいい」

「はぁ? 貴様……、いや主は何をいっているのだ。朕は確かに詫びをーー」

「あんなのが詫びといえるでしょうか。相手に対して本当に済まないと思っておるのであれば、地面に膝と手、額を付いて詫びるのが筋ではないでしょうか。もちろん、この彼岸と現世を御統治なさる御神殿ならば、その程度のことは存じておられるかと思われまするが」

「朕に……、土下座をしろ、というのか……?」

 神は信じられんといわんばかりにいう。だが、白装束は当たり前だといわんばかりに、

「いけませぬか? ならば、わたしはーー」

「わかった!……やればいいのだろう!」そういって神はその場で膝と手を付き、一瞬だけ額を地面に擦ったかと思えば、またすぐに顔を上げる。「どうだ、これで良かろう」

「良からぬ。もっと、ちゃんと額を付けて詫びのことばをいわねば、わたしは貴殿にお力添え出来ませぬな」

 より強く歯軋りして神はいう。

「足許を見おって……ッ!」

「イヤなら構わん。勝手に殺されて下され。わたしはひとりで逃げますので」

「わかった! わかったから!」そういって神はゆっくりと、ゆっくりと頭を下げて額を地面に擦りつけたまま、「……先程は申し訳ございませぬ。是非とも奥村殿、いえ、貴殿の御力添えを願いたいのだが、如何だろうか?」

「ほう、神ともあろう野郎が随分とみっともねぇ姿を晒してんじゃねぇか」

 不作法なそのいい種を聴いて、その場にいた一同は開きっぱなしだった扉のほうへと目をやる。と、そこには、

 紛れもない牛馬の姿があった。

 【続く】


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み