【藪医者放浪記~死拾弐~】
文字数 1,075文字
甲高い声に猿田をはじめ、犬吉、お雉は呆然とした。
その声を発したのは紛れもない相手の男だった。サイで打たれた足を押さえ、苦痛を声に反映させていた。隙だらけ。間違いなく隙だらけだった。だが、猿田は攻め込むことはしなかった。構えも緩くなり、完全に呆気に取られていた。
と、男は突然に顔を歪ませて猿田を睨みつけると今度は早足で猿田の目の前まで歩み寄った。猿田はハッとして構え直したが、それを見ても男は何も警戒せず、それどころかまるで鉄砲玉のように猿田のもとへ一直線するのだった。
そして、男は猿田の打撃が届くどころか、打っても近すぎて威力が出ないほどに近くまで寄って来た。顔を猿田の顔に近づけて。
圧倒される猿田。だが、男は拳も蹴りも繰り出しては来なかった。ただ、不満そうな顔を浮かべ続けるばかりだった。
「な、何か......?」
猿田がいっても、男は答えなかった。が、男は少しの沈黙の後に口を開いた。
「アンタ、それは反則だと思うよ」
甲高い声、それに何処かことばの調子が可笑しかった。何処かの訛りがあるという感じではなかった。ただ何というか、この国のことばを使いこなせていないという感じだった。
「え、何が......?」
猿田が恐る恐る訊ねると、男は更に身を乗り出していった。
「サイを使うのはどうなんです、わたくしずっと手! 足! 裸!」
裸ではないのだが、恐らくは徒手で戦っているのだといいたかったのだろう。だが、猿田はそれを考える間もなく、
「いや、裸というのは......」
「どうなの! アナタ! わたくしはアナタに誠心誠意の手でアナタと戦った。なのに、アナタはサイを使うなんてズルイ!」
「いやぁ、でも、これは果たし合いですから......」
「果たし合いでもやっていいことと悪いことがある。違う? わたくし、そんなズルイことは絶対にしないよ!」
「でも、アナタ、ヤクザの用心棒ですよね?」
「ヤクザ? ヤクザって何? わたくしが仕えている銀次は『ろおじゅう』なる御方とのこと! アンタたちがヤクザ!」
まったくもって話が通じていないのだが、猿田は根気強く男に銀次が『ろおじゅう』ではなく、無法を働くヤクザであることを説明し続けた。男は一向に信じようとしなかったが、先程襲撃された一同がむしろ後のろおじゅうになるであろう人で、アナタは完全に担がれていると何度もいい続けた。
「......なるほど、銀次はヤクザだったんだな。でも、アナタがサイを使ったのは許せない!」
男は猿田がサイを使ったことがどうしても許せないようだった。猿田は困惑していた。
【続く】
その声を発したのは紛れもない相手の男だった。サイで打たれた足を押さえ、苦痛を声に反映させていた。隙だらけ。間違いなく隙だらけだった。だが、猿田は攻め込むことはしなかった。構えも緩くなり、完全に呆気に取られていた。
と、男は突然に顔を歪ませて猿田を睨みつけると今度は早足で猿田の目の前まで歩み寄った。猿田はハッとして構え直したが、それを見ても男は何も警戒せず、それどころかまるで鉄砲玉のように猿田のもとへ一直線するのだった。
そして、男は猿田の打撃が届くどころか、打っても近すぎて威力が出ないほどに近くまで寄って来た。顔を猿田の顔に近づけて。
圧倒される猿田。だが、男は拳も蹴りも繰り出しては来なかった。ただ、不満そうな顔を浮かべ続けるばかりだった。
「な、何か......?」
猿田がいっても、男は答えなかった。が、男は少しの沈黙の後に口を開いた。
「アンタ、それは反則だと思うよ」
甲高い声、それに何処かことばの調子が可笑しかった。何処かの訛りがあるという感じではなかった。ただ何というか、この国のことばを使いこなせていないという感じだった。
「え、何が......?」
猿田が恐る恐る訊ねると、男は更に身を乗り出していった。
「サイを使うのはどうなんです、わたくしずっと手! 足! 裸!」
裸ではないのだが、恐らくは徒手で戦っているのだといいたかったのだろう。だが、猿田はそれを考える間もなく、
「いや、裸というのは......」
「どうなの! アナタ! わたくしはアナタに誠心誠意の手でアナタと戦った。なのに、アナタはサイを使うなんてズルイ!」
「いやぁ、でも、これは果たし合いですから......」
「果たし合いでもやっていいことと悪いことがある。違う? わたくし、そんなズルイことは絶対にしないよ!」
「でも、アナタ、ヤクザの用心棒ですよね?」
「ヤクザ? ヤクザって何? わたくしが仕えている銀次は『ろおじゅう』なる御方とのこと! アンタたちがヤクザ!」
まったくもって話が通じていないのだが、猿田は根気強く男に銀次が『ろおじゅう』ではなく、無法を働くヤクザであることを説明し続けた。男は一向に信じようとしなかったが、先程襲撃された一同がむしろ後のろおじゅうになるであろう人で、アナタは完全に担がれていると何度もいい続けた。
「......なるほど、銀次はヤクザだったんだな。でも、アナタがサイを使ったのは許せない!」
男は猿田がサイを使ったことがどうしても許せないようだった。猿田は困惑していた。
【続く】