【薮医者放浪記~漆拾伍~】
文字数 1,062文字
表のほうが騒がしくなっていた。
裏のほうで話をしていた猿田源之助、牛野寅三郎、茂吉の三人も表の喧騒に気がついていたようで、影から外の様子を伺っていた。
「今、客人といいましたか?」
寅三郎が訊ねると猿田は、そのようですねと答えた。その表情はとても固かった。その表情の固さはまるで表の緊迫した空気を象徴しているようだった。
「何で客人ってだけでそんなに慌ててるんだよ。別によくあることだろ?」
茂吉がその慌ただしさを掻き消さんとするようにいった。だが、そうせんとする茂吉本人までもが慌てふためいた様子でもあった。猿田は神妙な面持ちでいった。
「今日は特別なお客人はいらっしゃる予定はありませんーーある一団とおふたりを除いては」
茂吉は小さく、ふたりと呟いたかと思うと突然にハッとした。そう、本来であれば特別に来るであろう客人といえば、武田藤十郎の一団だけの予定であった。だが、そういうワケにもいかなくなった。もちろん、水戸の街道から川越まで向かっている武田家の一団に即席の伝達など難しい。人を使って伝言を頼むのも手ではあるが、仮にスレ違ってしまえば、それはそれでことだ。
だが、同時にもうふたり、屋敷に呼び寄せていた者がいた。恐らくは到着が武田家の一団と殆ど同じ時期になってしまうであろうが、もうふたりの客人がいたはずなのだ。
「それって、もしかしてーー」
茂吉は顔を引きつらせていった。猿田はゆっくりと首を縦に振った。
「そう、お咲の君を診て頂くために呼び寄せた順庵先生です」
茂吉はアゴが外れんばかりに大きく口を開いて驚いて見せた。それもそうだろう。本来来るはずの客人である武田家の一団とお咲の君の治療のために来るはずの順庵はすでに到着しているのだから。もっとも、その到着した順庵というのが、偽者だというのは大多数には未だバレていないようで、だからこそ問題になっているワケで。
「でも、その順庵先生というのがこの御方なのでしょう?」
寅三郎が訊ねた。猿田は寅三郎を見るも、頷いたり、肯定の姿勢を見せようとはしなかった。それはまるで猿田が、今目の前にいる順庵が順庵その人ではないと知っているかのようだった。茂吉もそのことに気づいていた。
「なぁ、アンタ、もしかしてーー」
茂吉が何かをいおうとしたところで、猿田はそばを通り掛かった女給に何があったのかを訊ねた。女給は慌てながら、ふたりの客人が来て、ひとりは年老いた男で、もうひとりは奉行所同心の斎藤であるといい、そのまま急いで去っていった。
猿田は何かを考えている様子だった。
【続く】
裏のほうで話をしていた猿田源之助、牛野寅三郎、茂吉の三人も表の喧騒に気がついていたようで、影から外の様子を伺っていた。
「今、客人といいましたか?」
寅三郎が訊ねると猿田は、そのようですねと答えた。その表情はとても固かった。その表情の固さはまるで表の緊迫した空気を象徴しているようだった。
「何で客人ってだけでそんなに慌ててるんだよ。別によくあることだろ?」
茂吉がその慌ただしさを掻き消さんとするようにいった。だが、そうせんとする茂吉本人までもが慌てふためいた様子でもあった。猿田は神妙な面持ちでいった。
「今日は特別なお客人はいらっしゃる予定はありませんーーある一団とおふたりを除いては」
茂吉は小さく、ふたりと呟いたかと思うと突然にハッとした。そう、本来であれば特別に来るであろう客人といえば、武田藤十郎の一団だけの予定であった。だが、そういうワケにもいかなくなった。もちろん、水戸の街道から川越まで向かっている武田家の一団に即席の伝達など難しい。人を使って伝言を頼むのも手ではあるが、仮にスレ違ってしまえば、それはそれでことだ。
だが、同時にもうふたり、屋敷に呼び寄せていた者がいた。恐らくは到着が武田家の一団と殆ど同じ時期になってしまうであろうが、もうふたりの客人がいたはずなのだ。
「それって、もしかしてーー」
茂吉は顔を引きつらせていった。猿田はゆっくりと首を縦に振った。
「そう、お咲の君を診て頂くために呼び寄せた順庵先生です」
茂吉はアゴが外れんばかりに大きく口を開いて驚いて見せた。それもそうだろう。本来来るはずの客人である武田家の一団とお咲の君の治療のために来るはずの順庵はすでに到着しているのだから。もっとも、その到着した順庵というのが、偽者だというのは大多数には未だバレていないようで、だからこそ問題になっているワケで。
「でも、その順庵先生というのがこの御方なのでしょう?」
寅三郎が訊ねた。猿田は寅三郎を見るも、頷いたり、肯定の姿勢を見せようとはしなかった。それはまるで猿田が、今目の前にいる順庵が順庵その人ではないと知っているかのようだった。茂吉もそのことに気づいていた。
「なぁ、アンタ、もしかしてーー」
茂吉が何かをいおうとしたところで、猿田はそばを通り掛かった女給に何があったのかを訊ねた。女給は慌てながら、ふたりの客人が来て、ひとりは年老いた男で、もうひとりは奉行所同心の斎藤であるといい、そのまま急いで去っていった。
猿田は何かを考えている様子だった。
【続く】