【モノローグ~恨めし屋・事故物件篇~』】
文字数 2,200文字
祐太朗が真ん中にいる。その奥に椅子が一脚ある。
「恨めし屋。技術や文明が発達した現代ですら、そんな名前の仕事は見つからない。当たり前だ。これは闇の稼業、一種の都市伝説として扱われている。仕事の内容は主に三つ。ひとつ、クライアントの依頼で霊をこの世に降ろすこと。ふたつ、悪霊を徐霊すること。そして三つ、霊の晴らせぬ未練を晴らすこと。恨めし屋、そこにあるのは地獄か、極楽かーー」
祐太朗、手を叩く。暗転。
「テメェ、いい加減にしろッ!」
怒号と共に明かりがつく。祐太朗が椅子に座って前を睨み付けている。
「だから出て行けって言ってんだよ」
(地上げ屋ですか。怖いですねぇ)
「地上げ屋ぁ? それは権利者から土地をふんだくるヤツラのことを言うんだよ。テメェみてえな悪霊が、人の土地に勝手に入ってデケェ面すんな」
(そんなこと急に言われても......)
「しょぼくれたって許さねえからな。こっちはクライアントから言われてお化けが出るとか、事故物件がどうとかで調査に来てんだ。立ち退くまで帰らねえからな」
(何でですか......?)
「何でって、それがおれの仕事だからだ」
(そんな仕事、聴いたことありませんが......)
「聴いたことあるワケねえだろ。表の仕事じゃねえんだから」
(じゃあ、反社なんですか?)
「反社ァッ!?.....まぁ、間違いじゃねえけどーー何だその面ぁ! だから地上げじゃねえって言ってんだろ!」
(じゃあ、インチキ霊媒師ですか?)
「インチキ霊媒師でもねぇよ。テメェ、ぶっ殺すぞ!ーーまぁ、幽霊は殺せないよな。にしても、何だってこんな古臭いアパートに居座り続けてんだよ? ここに取り憑いてたって何にも変わらねぇし、成仏してあの世に行ったほうがずっと楽なんじゃねえのか?」
(ここが好きなんです)
「ここが好きって、何処がいいんだよ、こんなとこ?」
(ここ、わたしの生まれ育った場所なんです)
「......なるほど。ここで育ったのか。でも、お前、地縛霊だよな? 何でまたガキの時に住んでたアパートで死のうと思ったんだよ。見たところ、ちゃんとスーツ着て、まともに働いてたようだけど」
(何というか、つい懐かしくなってしまって)
「懐かしさ、ねぇ。でも、わかる気がするよ。おれもたまには昔住んでた家が恋しくなる時があるからな」
(でしょう?)
「あぁ。人間、一度暮らした土地はそこをどんなに愛し憎んでも、そこで生きた事実からは逃げられないからな。でも、どうして?」
照明が暗くなる。独白。
「どうせ終わるなら、自分にとって暖かい記憶の眠るこの場所ですべてを終わらせたかった。男はそう言った。三十二歳、両親を早くになくし、これから働き盛りというところで上司のパワハラに遭い、精神を病み、仕事を辞め、オマケに両親を事故で亡くして人生に絶望している中、唯一自分を受け入れてくれたのが、少年時代を過ごしたこの部屋での記憶だった。最後の最後、男はまるで母親に抱き締められるようにこの部屋の温もりに包まれながら死んでいったという」
独白終わり。照明が戻る。
「そうだったのか......」
沈黙。考えながら上手へ。
(あの......)
「何だよ?」
(お名前、何でしたっけ)
「名前? あぁ、祐太朗。鈴木祐太朗だ」
(祐太朗さん、でしたか。祐太朗さんは、霊を徐霊することは出来ますか?)
「徐霊? まぁ、出来るけど」
(わたしを徐霊して貰えませんか?)
「お前を徐霊すんのか? いいのか......?」
(どうしてです?)
「あ、いや、それは......」
(可笑しな話ですね、さっきまではわたしにここから出て行けと言ってたのに)
「......可笑しなこと言ってるのはわかってる。でも、おれだってそんな話聴かされて簡単に徐霊出来るかって言われたらーー」
(出来ない、と)
「......まぁ、躊躇いはあるよな」
(そうですよね。でも、わたしもわかったんです。祐太朗さんの言う通り、こうやって同じ場所に留まっていたって何も変わらないって)
「確かに、人間、同じ場所にこだわってたって何も変わらない。でも、お前はーー」
(幽霊だから関係ない、と)
「......いや、幽霊だからどうとかじゃなくて。何て言うか、こうやって騒ぎになるからマズイんだろ? なら、黙って静かにしてるなら誰も文句言わないんじゃないか?」
(えぇ。だからこそ、わたしはここで新たな人生の1ページを刻もうとしている人にイヤな気分になられるのはイヤだな、と。でも、ひとつ言えるのは話を聴いて貰えて嬉しかった。久しぶりに人と話せて。気が晴れました。ありがとうございました)
「いや、話し相手になるのはいいんだけど、話を聞いたぐらいで未練は晴れたのか?」
(もう決めたんです)
「......わかったよ」
(じゃあ、お願いします)
「......あぁ、行くぞ」
祐太朗、手を叩く。照明が点滅し、徐霊が完了する。消えた霊の余韻を残しつつ、一歩前へ出る。
「『同じ場所に長くいると、その場所が自分自身になる』、昔観た映画にそんなセリフがあった。土地は人を支え、成長を見守り、共に年老いていく。故郷の大地は地盤であり母親だった。過去を振り返るのは後退することと同じかもしれない。だが、今の自分があるのは、自分を育ててくれた大地があったからだということも忘れてはいけないのかもしれない。何故なら、故郷には思い出という宝がたくさん埋まっているのだから」
「恨めし屋。技術や文明が発達した現代ですら、そんな名前の仕事は見つからない。当たり前だ。これは闇の稼業、一種の都市伝説として扱われている。仕事の内容は主に三つ。ひとつ、クライアントの依頼で霊をこの世に降ろすこと。ふたつ、悪霊を徐霊すること。そして三つ、霊の晴らせぬ未練を晴らすこと。恨めし屋、そこにあるのは地獄か、極楽かーー」
祐太朗、手を叩く。暗転。
「テメェ、いい加減にしろッ!」
怒号と共に明かりがつく。祐太朗が椅子に座って前を睨み付けている。
「だから出て行けって言ってんだよ」
(地上げ屋ですか。怖いですねぇ)
「地上げ屋ぁ? それは権利者から土地をふんだくるヤツラのことを言うんだよ。テメェみてえな悪霊が、人の土地に勝手に入ってデケェ面すんな」
(そんなこと急に言われても......)
「しょぼくれたって許さねえからな。こっちはクライアントから言われてお化けが出るとか、事故物件がどうとかで調査に来てんだ。立ち退くまで帰らねえからな」
(何でですか......?)
「何でって、それがおれの仕事だからだ」
(そんな仕事、聴いたことありませんが......)
「聴いたことあるワケねえだろ。表の仕事じゃねえんだから」
(じゃあ、反社なんですか?)
「反社ァッ!?.....まぁ、間違いじゃねえけどーー何だその面ぁ! だから地上げじゃねえって言ってんだろ!」
(じゃあ、インチキ霊媒師ですか?)
「インチキ霊媒師でもねぇよ。テメェ、ぶっ殺すぞ!ーーまぁ、幽霊は殺せないよな。にしても、何だってこんな古臭いアパートに居座り続けてんだよ? ここに取り憑いてたって何にも変わらねぇし、成仏してあの世に行ったほうがずっと楽なんじゃねえのか?」
(ここが好きなんです)
「ここが好きって、何処がいいんだよ、こんなとこ?」
(ここ、わたしの生まれ育った場所なんです)
「......なるほど。ここで育ったのか。でも、お前、地縛霊だよな? 何でまたガキの時に住んでたアパートで死のうと思ったんだよ。見たところ、ちゃんとスーツ着て、まともに働いてたようだけど」
(何というか、つい懐かしくなってしまって)
「懐かしさ、ねぇ。でも、わかる気がするよ。おれもたまには昔住んでた家が恋しくなる時があるからな」
(でしょう?)
「あぁ。人間、一度暮らした土地はそこをどんなに愛し憎んでも、そこで生きた事実からは逃げられないからな。でも、どうして?」
照明が暗くなる。独白。
「どうせ終わるなら、自分にとって暖かい記憶の眠るこの場所ですべてを終わらせたかった。男はそう言った。三十二歳、両親を早くになくし、これから働き盛りというところで上司のパワハラに遭い、精神を病み、仕事を辞め、オマケに両親を事故で亡くして人生に絶望している中、唯一自分を受け入れてくれたのが、少年時代を過ごしたこの部屋での記憶だった。最後の最後、男はまるで母親に抱き締められるようにこの部屋の温もりに包まれながら死んでいったという」
独白終わり。照明が戻る。
「そうだったのか......」
沈黙。考えながら上手へ。
(あの......)
「何だよ?」
(お名前、何でしたっけ)
「名前? あぁ、祐太朗。鈴木祐太朗だ」
(祐太朗さん、でしたか。祐太朗さんは、霊を徐霊することは出来ますか?)
「徐霊? まぁ、出来るけど」
(わたしを徐霊して貰えませんか?)
「お前を徐霊すんのか? いいのか......?」
(どうしてです?)
「あ、いや、それは......」
(可笑しな話ですね、さっきまではわたしにここから出て行けと言ってたのに)
「......可笑しなこと言ってるのはわかってる。でも、おれだってそんな話聴かされて簡単に徐霊出来るかって言われたらーー」
(出来ない、と)
「......まぁ、躊躇いはあるよな」
(そうですよね。でも、わたしもわかったんです。祐太朗さんの言う通り、こうやって同じ場所に留まっていたって何も変わらないって)
「確かに、人間、同じ場所にこだわってたって何も変わらない。でも、お前はーー」
(幽霊だから関係ない、と)
「......いや、幽霊だからどうとかじゃなくて。何て言うか、こうやって騒ぎになるからマズイんだろ? なら、黙って静かにしてるなら誰も文句言わないんじゃないか?」
(えぇ。だからこそ、わたしはここで新たな人生の1ページを刻もうとしている人にイヤな気分になられるのはイヤだな、と。でも、ひとつ言えるのは話を聴いて貰えて嬉しかった。久しぶりに人と話せて。気が晴れました。ありがとうございました)
「いや、話し相手になるのはいいんだけど、話を聞いたぐらいで未練は晴れたのか?」
(もう決めたんです)
「......わかったよ」
(じゃあ、お願いします)
「......あぁ、行くぞ」
祐太朗、手を叩く。照明が点滅し、徐霊が完了する。消えた霊の余韻を残しつつ、一歩前へ出る。
「『同じ場所に長くいると、その場所が自分自身になる』、昔観た映画にそんなセリフがあった。土地は人を支え、成長を見守り、共に年老いていく。故郷の大地は地盤であり母親だった。過去を振り返るのは後退することと同じかもしれない。だが、今の自分があるのは、自分を育ててくれた大地があったからだということも忘れてはいけないのかもしれない。何故なら、故郷には思い出という宝がたくさん埋まっているのだから」