【いろは歌地獄旅~リバース・オブ・ユー~】

文字数 4,237文字

 七転び八起きなんてことばがある。

 七回転んでも八回起き上がればいいじゃないかという、非常にポジティブな諺だが、これをそのまま遂行出来る人はそう多くない。

 いや、むしろ少ないだろう。人間、何事においてもそれをするだけの気力と体力、粘り強さ、甲斐性が必要となって来るが、そんなモノを持ち合わせている人などひと握りだ。

 大抵の場合は七回も転ぶ前に人は諦めてしまう。そもそも何度も転んで起き上がろうとする胆力以前に、精神的に参ってしまうというのが殆どなのではないか。

 自分は何回転び、何回起きられる人間かーーもし、そう問われたら何と答えるだろうか。少なくともわたしは三回までなら起き上がり、四回目の転倒で諦めるだろう。

 この国では昔から基本的に「諦め」は悪だ、いわれているが、それはウソだ。「諦め」は所詮はひとつの「選択肢」に過ぎない。そして、それを選択することには、かなりのエネルギーが要ることも案外知られていない。

 もしかしたら、この「諦め」に必要な多大なエネルギーを避ける意味合いもあって、「諦め=悪」のような図式、方程式が出来上がったのかもしれない。あるいは、この世の秩序を作った誰かにとって、民衆の「諦め」はある種における「不都合」だったのかもしれない。

 ひとついえるのは、今の世の中においては、七回も転び、八回も起立することは許されていないーーというか、そんな余裕を持つことは認められていないということだ。

 では、何回ならいいのか。それはーー

 一度限り。

 そう、今のこの世におけるチャンスは僅か一度切りなのだ。2190年代初頭、犯罪の多様化と増大によって、悪化の一途をたどる治安の回復に向けて、あるひとつの法案が通った。

 その法案こそが紛れもない「新・治安維持法」だったのだ。

 第二次世界大戦の戦禍における国内の統率と治安を維持する目的で制定された「治安維持法」ーー俗にいうところの「第一次治安維持法」は、戦争の終結と共に消滅した。

 その後はとあるテロリズムによって再発がウワサされたが、あくまでウワサ程度に留まり、結局は発令されることはなかった。

 が、年を重ね、犯罪が多様化、凶悪化していくことに政府は我慢がならなかったらしい。それもそうだろう。治安というのは、ある種では国家の統率の指標となるからだ。

 これ以上、治安を崩壊させてはならぬ。そう考えた新興宗教『思水協会』の教祖であり、第183代総理大臣である『瀬下道玄』の手によって、「新・治安維持法」ーー正式名称「第二次治安維持法」は制定された。

 かつての国家ならば、このようなセンシティブで危険な法案が通ることもなかったであろう。同時に、このような話が出た時点で民衆から政治家まで非難が止まらなかっただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 理由は至極簡単で、『思水協会』が国家の中枢を担うほどに巨大な存在となってしまっていたからだった。そもそも、でなければ一新興宗教の教祖が総理大臣になることなどない。

 国内のほぼ全体が思水協会に牛耳られていることもあって、かつては存在した「人権派」と呼ばれる人間の基本的人権を主張する人種は発言することも出来ず、個人の人権は事実上国家のもとに管理されることとなった。

 だが、その「第二次治安維持法」の制定は国内を更なる無法地帯、地獄に変えたのはいうまでもない。治安維持のために置かれた「特別帝国警察」なる、「公務の執行のためならば、あらゆる法や秩序を無視することが可能な存在」が現れたことにより、言論や思想の弾圧はもちろん、見た目が犯罪者のようだからと逮捕、勾留、拷問されることも起きた。

 また、この「特帝」は「思水協会」の協会員かつ、警察官や高等防力官ーーかつて存在した「自衛隊」の後継組織「防力団」の高等隊員ーーから選出されるため、マーシャルアーツから射撃、近接武器術に長けた人間兵器のような存在が常に街中に立っており、中空を浮かぶ街灯兼監視カメラが、四六時中ストリートを見張っているため、その管理体制は蟻一匹通さない程に厳重なモノとなっていた。

 当然ながら、前述のような「人権」を主張するモノは「特帝」によって拘束され、拷問、勾留されることとなる。つまり、「人権派」は暴力によって屈したということだ。

 また、逮捕、勾留となった者は、かつてはひとつの県であったが、現在では地震や化学事故によって殆どゴーストタウンと貸した場所に設立された巨大収監施設『帝国中央収監所』に島流しという形で送られ、収監される。

 だが、『帝中』における生活は過酷なモノで、収監されて三日以内に発狂するか、自殺するか、拷問で死亡する者が絶えなかった。

 とはいえ、収監所であるが故に、生きて収監されている囚人も当然ながらいる。

 そして、わたしもそんな『帝中』に収監された囚人のひとりだ。罪状はオフィシャルには「危険思想疑惑罪」ーーすなわち、危険思想を持っていそうだからという理由で逮捕、収監されたワケだ。もちろん、危険思想など持っていない。では、何故わたしは疑われたかーーそれは、わたしが単なる自己啓発系の本を書いていた作家だったからという理由からだ。

 だが、この『自己啓発』というのがいけなかった。それはすなわち、他者を煽動、コントロールする恐れがあるから、ということらしかった。故に、わたしは「危険思想疑惑罪」にてこの『帝中』に収監されたのだった。

 帝中での生活は地獄だった。収監された当初の挨拶代わりの拷問はきつく、刑務官に少しでも逆らったり、不真面目、怠惰、その他あらゆる弛緩した態度を見せれば、指導という名目の拷問が施行される。

 また、拷問中に囚人が死ねば、その死体を片付けるのは囚人の役目であり、わたしもこれまで何体の拷問で死亡した囚人の死体を片付けたかわからない。だが、そんな生活にはウンザリだった。こんな暴力が支配する、地獄のような空間にはもうウンザリだったのだ。

 そして、わたしは決意したーー

 帝中から脱獄する。

 もちろん、失敗は即、死。二度目はない。一転び即死である。

 だが、どのようにして脱獄すべきか。

 最初は囚人で結託して暴動を起こせばいいと思っていたが、計画の内は血気盛んな者が、本番で震え上がり、無関係を装うことは容易に考えられたし、そもそも最新鋭の得物を持つ刑務官に素手で立ち向かうのは、不可能だ。

 当然、独房内から音や気配を殺しての暗殺も不可能。だからこそ、ひとりで何かしらの方法を用いて脱獄する必要があった。

 そこでわたしが用いた方法は、監獄内での掃除の仕事を積極的にしたり、電気技師としての勉強をし、かつ監獄内の配電盤のチェックをコンスタントに行う等の様々な仕事を担うことで、僅かなリソースを密かに確保し、かつ監獄内の構造がどうなっているかを時間を掛けて割り出し、頭の中で地図化したのだ。

 独房内は週に一度の点検で何かを隠すことは不可能だが、施設内のあらゆる場所にモノを隠せば、それがバレることはない。

 わたしは兎に角真面目に監獄内の仕事をした。お陰で模範囚しか出来ない夜中の仕事や調理の仕事に就くことが出来たのだ。

 もちろん、調理師はプロが来るのだが、その過酷な労働環境のせいで倒れたり、失踪したり、はたまた囚人となって収監されてしまったりで、常に人が足りなくなるような状態だった。

 そこでわたしは模範囚となって自ら志願し、調理の見習いとして仕事するようになったのだ。

 調理の仕事は翌朝のメシの仕込みの関係から、申告さえすれば夜遅くに監視つきで出歩くことが出来る。そして、厨房内は殆ど治外法権で監視の目も弛くなる。

 わたしはそれを利用することにしたのだ。

 まず、厨房内に入り、調理師のひとりを気絶させる。続いて、くすねて厨房に隠しておいた睡眠薬を盛った飲み物を監視に飲ませるーー模範囚ということで監視がひとりだったのは、本当に助かったーー、そして、眠らせた刑務官の衣服とIDを奪い衣服を交換して拘束した後、そのまま頭の中の地図を元に、経路を辿っていくといった感じだった。

 わたしの作戦は絵にかいたように上手くいった。調理師を気絶させ、刑務官を眠らせて衣服を交換した後、その場にあったゴムホースで拘束し、タオルを猿轡にしてロッカーへ放り込む。それから背筋をシャキッと伸ばしたまま構内を歩き、後はそのまま目的の場所まで。

 歩きながら今まで見てきた脱獄の失敗例を思い返す。みんな、捕まって当たり前だったのだ。それは、みんな色気を出しすぎたというか、トリッキーなことをやりすぎたのだ。

 だが、自分は違う。

 正攻法でわたしはここを出ていくのだ。

 わたしは表門のところまで来た。やはりその警備は厳重だ。門の前には巨大な箱が立っている。その中で行われるのは、サーモセンサーチェックと、肉体全体をセンサーで分析して個人を特定するディテールチェック、肉体に印字された個人を特定するIDのバーコードを読み取る認識装置、そして生まれると同時に埋め込まれるGPSの個体番号を識別する作業である。

 まず、囚人として登録されているわたしには、突破出来ない代物だ。しかしーー

 途端に背面の明かりが消えた。

 そして、前面のも。

 そう、これもわたしが細工したのだ。電気系統が特定の時間でショートするよう、電気工事の仕事をしながらその回路のパターンを見て、どのようにすれば電気系統をショート出来るか、頭の中でその設計図を画いていたのだ。

 わたしは箱の中に入り、スタッフたちにいう。

「只今、囚人が外へ脱獄したそうです!」

 わたしのことばで箱の内部はパニックになった。わたしは更に続けた。

「カメラの映像によれば、脱獄囚は正門付近から脱獄したそうです! 早く追わなければ!」

 わたしの慌てように、監守たちも驚き、正門を開けてしまう。目論見通りだった。

 わたしは正門から堂々と脱獄することに成功した。

 わたしが箱を出るとすぐに、予備電源が作動し、箱の機能が回復した。後少し遅かったら、わたしの脱獄は水泡にきしていただろう。

 だが、わたしは戻ってきた。シャバの世界に。そこに広がるは荒野。いくら見渡してもそこにあるのは平地のみ。人がいればまず目立つだろう。しかし、わたしは何度でも立ち上がる。命が尽きる、その時まではーー

 わたしは敷地の外の乾いた土に足を踏み入れたーーここからわたしの再起が始まるのだ。
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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