【西陽の当たる地獄花~伍~】

文字数 2,566文字

 乾いた血がついたたくさんの拷問器具がすえた臭いを放っている。

 土蔵のようなその室内には、手枷や足枷、先の割れた竹刀が壁に掛けられており、そのどれもがドス黒い血を吸っている。生活感をにおわせるモノは何もなく、この部屋が何に使われているかは誰の目にも一目瞭然といった感じだ。

 鼻をほじる牛馬ーーその顔に緊張感は皆無。

「早くしろよ。こっちはテメェらに付き合わされっぱなしでイライラしてんだ」牛馬は鼻をほじりながら苛立たしげにいう。

「待たれよ」閻魔。「こちらにも準備があってな」

「何が準備だ。そんなタラタラした仕事ぶりで死人の断罪なんかできねぇだろ。それとも、おれをイラつかせて正気と集中力を奪おうなんて考えてるようだったら止めときな」

 ほじった鼻くそをそのまま床に飛ばす牛馬。牛馬がこの部屋にいるのは、閻魔のある頼みに対する適正を計るためだった。その頼みを聴いた牛馬は、

「面白ぇ。その代わり、この仕事を済ませたら三十万両寄越せ。いいな?」

 この申し出に対し、閻魔は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。だが、牛馬はーー

「テメェ、人に何させようとしてるのかわかってんのか? 地獄とほぼ縁のない浪人者のおれひとりにこんなことさせようとしてる時点で、テメェが何考えてんのかわかってんだよ。どうせ、おれがしくじったら無関係を装うつもりなんだろ?」

 閻魔が唐突にニヤケ出す。額には汗。

「そんなことは……」

「だったら、ちゃんと支援はするんだろうな?
  身体張るんだから、それなりのことはして貰わないと、こっちも仕事は受けねぇぜ」

 閻魔は目の前で無作法に胡座を掻く牛馬に対して唇を噛み締めた。そしてーー

「……わかった。だが、その代わり腕試しはさせて貰うが構わぬな?」

 牛馬は舌打ちした。

「また腕試しか。テメェら門と森の中で散々クソ餓鬼どもと殺し合いさせておいて、まだおれの腕を信用しねぇってのか?」

「そういうワケではない。これまで何人もの刺客を立てようとしたが、その何れもが門と森で餓鬼に食い殺された。ここまでたどり着いたのは主が初めてだ。だが、所詮餓鬼は餓鬼。その性質は獣と同じで本物の腕を持つ者ではない。だからこそ、地獄の四天王と立ち合って腕を見せて貰わねばならないーー」

 そういうことで、牛馬はこの拷問部屋に連れてこられたワケだ。しかし、牛馬が部屋で待機してもう半時が経つが、資格たちが現れる気配はまったくない。

 突然、天井から四人の鬼が刀を振りかぶって降りて来る。四人は牛馬を取り囲み、落下する勢いを利用しつつ刀を振り下ろす。

 が、次の瞬間には牛馬の姿はない。

 動揺し辺りを見回す四天王。

 突然、四天王のひとりの首が跳ねられる。

 跳ねられた首は部屋の端まで跳び、首を失った身体は血を噴き出しつつ勢いよくうしろへ倒れる。突然の出来事に呆気に取られた残りの四天王三人。そのふたりの前に、魔の影。

 牛馬はひとりの身体を斬り上げの形で斬りつけ、そのまま袈裟掛けに斬る。

 次にとなりのひとりの腹部を右に、左に薙ぎ、立て続けに真っ向に斬りつける。

 一瞬の出来事。

 次の瞬間、並んだふたりの四天王の身体から血が噴き出す。腹を横一線に二度斬られ、正面に斬りつけられた鬼は腸と胃袋をボトボト落として跪き、悲鳴を上げる。

 袈裟掛けに二度斬られた四天王の鬼は斜め掛けに入った切り口からすべての内臓を落として、その場に踞る。ふたりともあまりの痛さに声も出ないらしいが、まだ命はあるようだ。

 三人の鬼の血を受けた牛馬は、全身が紫色に染まる。牛馬は快楽に溺れたように笑みを浮かべている。こころの底から込み上げてくるような小さな笑い声が牛馬の口から溢れる。

 牛馬は二度袈裟懸けに斬られて呻いている鬼の内臓を勢いよく踏みつける。絶叫。だが、牛馬は踏みつけた内臓を何度も何度も踏みにじる。鬼は目を瞑り、顔中に汗を溜めながら全身を震わせている。

 最後に残ったひとりの鬼は腰が引け、そのまま尻餅をつき、失禁。

「はは、坊っちゃん、お漏らししてるぜ」牛馬がケタケタと笑う。「どうした、おれとやり合おうぜ。それとも何も出来ずにそのまま肉片になっちまうか?」

 涙と鼻水でグシャグシャになった最後の四天王のひとりはブンブンと首を横に振る。

「腰抜けが……」内臓を踏みつけながら牛馬はいう。「全員倒したぜ。それとも、ここでおれを殺すつもりだったから後のことは何も考えてなかったかな?」

 皮肉混じりの牛馬のひとこと。閻魔はゆっくりと土蔵のような部屋の入り口扉を開けて入ってくる。牛馬は全身から力を抜きつつ、気を引き締める。対して閻魔はーー、

「警戒しなくていい。……主の実力はわかった。流石だな。だが、もうひとり闘って欲しい相手がいる。その者に勝てたら、是非とも主に仕事を依頼したい」

「もうひとり? 四天王を殺っちまって、まだ強いヤツがいるってのか?」

「あぁ。ワシの付き添いだ。入れーー」

 閻魔のひとことで入って来たのは、屈強な身体つきをした巨大な鬼。袴には長さ四尺もある巨大な太刀が差されている。

「この者と闘って欲しい」

「いいけどよ、今度は汚い手はなしだぜ」

「……わかった」

 そういう取り決めの下、閻魔を中心に牛馬と巨大な鬼は向き合う。巨大な鬼は太刀を正眼に構えているが、牛馬は刀を抜かず突っ立っている。

「刀は抜かなくていいのか?」閻魔。

「あぁ。必要ない」

 牛馬のそのひとことが、巨大な鬼の気に障ったらしく、鬼は口元と頬をピクリと動かす。

「……わかった。では、はじめーー」

 閻魔が闘いの宣言をし終わるより早く、牛馬は刀を抜き、鬼に投げつける。

 次の瞬間には、鬼の目に牛馬が投げた刀が突き刺さっていた。刀身は頭骨を貫通。鬼はそのままうしろへ倒れてピクピクと痙攣する。

「これでどうかな?」不敵な笑みを浮かべて牛馬がいう。

「汚い手はなしだといっていたはずだが」閻魔は不愉快そうに目尻にシワを寄せる。

「別に汚くないだろ。『はじめ』とは耳で聴いたし、刀を投げるなともいわれてない。そもそも殺し合いの場で正々堂々なんて、そんなこと考えてるバカは死んで当然だ。違うかーー?」

 嗤う牛馬。閻魔は牛馬から目を逸らす。その場でへたっていた四天王のひとりは、全身を震わせながら、再び失禁したーー

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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