【ナナフシギ~玖~】
文字数 2,292文字
死んだように口を閉ざした昇降口は、まるで魔窟の入り口のようだった。
霧がないのに霧掛かっているような、何処かこの世とは違う場所と繋がっている異世界への入口。そんな風に見えた。
「ここに入って行ったって?」
弓永が訊ねると祐太朗は頷いた。
「確かに、な」
「でもよ、ここはさっきカギが掛かってたろ。てことは、ここに……」
「入れるとしたら、生きた人間じゃない」
弓永のことばを継ぐようにして祐太朗はいった。生きた人間じゃない。そのことばが弓永とエミリの表情を強張らせた。それもそうだろう。生きた人間ではないということは死んだ人間、すなわち幽霊というに他ならないのだから。
「そんな……」エミリは絶句した。
「なぁ」祐太朗はふたりに呼び掛けた。「『ナナフシギ』のひとつ目、何だかわかるか?」
弓永とエミリは考えを巡らせた。が、弓永はその手のゴシップにはまったくといっていいほど興味を示さなかったこともあって、知らないのひとこと。祐太朗はエミリのほうを見た。
「……確か、夜の西小のとある昇降口は異世界の入口で、そこに入ると戻れなくなるって」
「そうだ」祐太朗は頷いた。
「バカじゃねぇの?」弓永はいった。「そんなの迷信に決まってんじゃん」
「迷信か」と祐太朗。「普通はそう思うよな」
「違うっていうのかよ」
「お前らには見えないだろうけど、今この昇降口は普通の昇降口じゃなくなってる」
普通の昇降口じゃない。そのことばはエミリと弓永を更に困惑させる。
「普通の昇降口じゃないって、どういうこと?」エミリは不安そうにいった。
「この昇降口自体が霊道になってる」
祐太朗のことばに弓永とエミリは首を傾げた。その意味を問うふたりに祐太朗は答えた。
霊道とは、早い話が「霊の通る道」のことだ。ここでいう霊というのは浮遊霊から動物霊、低級霊と一般的にはあまりよろしくない霊が多い。またそのような霊の出現頻度も多いため、その付近にいると霊感のない者でも、心身ともに疲弊し体調を崩したり、ありもしない音を聴いたりとダメージを受けることがある。
また、霊道が最も活発になるのは、いわゆる丑三つ時、深夜の二時から三十分の間だといわれている。
「つまり、この昇降口が異世界へ繋がっているっていうウワサは、霊道に繋がっていて、あの世とこの世を繋いでいるってこと?」エミリ。
「あぁ。もっというと、異世界っていうのも間違いじゃない。神隠しって知ってるか?」
エミリは知らないと首を横に振った。代わりにといわんばかりに弓永は説明する。
「突然人がいなくなることだろ」
「そうだ。この神隠しってのは、霊道の出現によってあの世とこの世が繋がり、『歪み』が出来ることで起こるんだ」
「『歪み』、って……?」
「アニメやマンガなんかであるだろ? ワープする時に時空がグニャッてなるヤツ」
「あぁ……。つまり、あのグニャッてヤツが、霊道が繋がることで出来て、あの世とこの世の間に入り込んじゃうってこと?」
「その通りだ。だけど、ちょっとヤバイな」
「何がヤバイんだよ?」
「神隠しってのは、今いったようにあっちとこっちの間に迷い込むことだ。でも、迷い込んだらいつでも出れるって話じゃないんだよ」
「出れない? 入った道があるのにか?」
「そうだ。一度霊道に迷い込んで間に入り込んじゃって、その日の霊道の流れが落ち着いちゃうと、人は間に飲み込まれて出口を見失っちゃうんだよ。だから、神隠しに遭うとその人の存在そのものが消えてしまうんだ」
「じゃあ、それって……」エミリは今にも泣き出してしまいそうだ。
「夜中の二時半までに石川先生を見つけてこっちに連れてこないと、石川先生はこっちに戻って来れなくなる」
弓永もエミリも絶句した。
「そんな……、じゃあどうするの? 誰か、大人の人を呼んで助けて貰おうよ!」
「無駄だ。明かりがつけば、霊道はその動きを止める。人が増えてもそうだし、大人がこんな話を信用するはずがない。ちょっと危険だけど、ここは試してみるしか……」
「お前、バカじゃねえのか?」弓永はイラ立ちを隠すことなくいった。「こんなこと、おれらだけで何とかなるワケねえだろ」
「ならない、かもな」祐太朗はいった。「でも、このまま放っておけば、石川先生は戻って来ないんだぞ? それでもいいのかよ」
これには弓永もことばに詰まる。弓永自身、石川先生に気がある素振りを見せていたこともあってか、そのまま反論は出来ないようだった。だけど、というが、その先は続かない。
と、祐太朗は昇降口の扉に手を掛けた。
開いた。
先程までは開かなかった昇降口の扉。カギは開かれ、その口を開いている。エミリと弓永はハッと息を飲んだ。何でと声が漏れる。
「……さっき見掛けたアイツだ。ヤツがおれたちをここに引き込もうとしてるんだ」
「じゃあ……!」
「……消える時は先生と一緒、ってことだ」
祐太朗は昇降口の扉を大きく開き、そのまま中へと入って行った。弓永とエミリは制止するも、祐太朗に戻る気配はなかった。
「ここから先は霊の棲みかだ。来るも来ないもお前たちに任せるよ。おれは行く。危ないのと怖いのがイヤなら、そこにいてくれ」
そういって祐太朗は学内へ入っていった。それに続くようにエミリも学内へ入っていく。
「田中! 待てよ!」制止しようとする弓永。
「わたし行く。このままじゃ石川先生がいなくなっちゃう。それに、鈴木くんが一緒なら大丈夫だって思えるんだ。だから、わたしも行く」
エミリも学校の中へと消えて行った。たったひとり残された弓永。
「……クソッ! 行けばいいんだろ!」
【続く】
霧がないのに霧掛かっているような、何処かこの世とは違う場所と繋がっている異世界への入口。そんな風に見えた。
「ここに入って行ったって?」
弓永が訊ねると祐太朗は頷いた。
「確かに、な」
「でもよ、ここはさっきカギが掛かってたろ。てことは、ここに……」
「入れるとしたら、生きた人間じゃない」
弓永のことばを継ぐようにして祐太朗はいった。生きた人間じゃない。そのことばが弓永とエミリの表情を強張らせた。それもそうだろう。生きた人間ではないということは死んだ人間、すなわち幽霊というに他ならないのだから。
「そんな……」エミリは絶句した。
「なぁ」祐太朗はふたりに呼び掛けた。「『ナナフシギ』のひとつ目、何だかわかるか?」
弓永とエミリは考えを巡らせた。が、弓永はその手のゴシップにはまったくといっていいほど興味を示さなかったこともあって、知らないのひとこと。祐太朗はエミリのほうを見た。
「……確か、夜の西小のとある昇降口は異世界の入口で、そこに入ると戻れなくなるって」
「そうだ」祐太朗は頷いた。
「バカじゃねぇの?」弓永はいった。「そんなの迷信に決まってんじゃん」
「迷信か」と祐太朗。「普通はそう思うよな」
「違うっていうのかよ」
「お前らには見えないだろうけど、今この昇降口は普通の昇降口じゃなくなってる」
普通の昇降口じゃない。そのことばはエミリと弓永を更に困惑させる。
「普通の昇降口じゃないって、どういうこと?」エミリは不安そうにいった。
「この昇降口自体が霊道になってる」
祐太朗のことばに弓永とエミリは首を傾げた。その意味を問うふたりに祐太朗は答えた。
霊道とは、早い話が「霊の通る道」のことだ。ここでいう霊というのは浮遊霊から動物霊、低級霊と一般的にはあまりよろしくない霊が多い。またそのような霊の出現頻度も多いため、その付近にいると霊感のない者でも、心身ともに疲弊し体調を崩したり、ありもしない音を聴いたりとダメージを受けることがある。
また、霊道が最も活発になるのは、いわゆる丑三つ時、深夜の二時から三十分の間だといわれている。
「つまり、この昇降口が異世界へ繋がっているっていうウワサは、霊道に繋がっていて、あの世とこの世を繋いでいるってこと?」エミリ。
「あぁ。もっというと、異世界っていうのも間違いじゃない。神隠しって知ってるか?」
エミリは知らないと首を横に振った。代わりにといわんばかりに弓永は説明する。
「突然人がいなくなることだろ」
「そうだ。この神隠しってのは、霊道の出現によってあの世とこの世が繋がり、『歪み』が出来ることで起こるんだ」
「『歪み』、って……?」
「アニメやマンガなんかであるだろ? ワープする時に時空がグニャッてなるヤツ」
「あぁ……。つまり、あのグニャッてヤツが、霊道が繋がることで出来て、あの世とこの世の間に入り込んじゃうってこと?」
「その通りだ。だけど、ちょっとヤバイな」
「何がヤバイんだよ?」
「神隠しってのは、今いったようにあっちとこっちの間に迷い込むことだ。でも、迷い込んだらいつでも出れるって話じゃないんだよ」
「出れない? 入った道があるのにか?」
「そうだ。一度霊道に迷い込んで間に入り込んじゃって、その日の霊道の流れが落ち着いちゃうと、人は間に飲み込まれて出口を見失っちゃうんだよ。だから、神隠しに遭うとその人の存在そのものが消えてしまうんだ」
「じゃあ、それって……」エミリは今にも泣き出してしまいそうだ。
「夜中の二時半までに石川先生を見つけてこっちに連れてこないと、石川先生はこっちに戻って来れなくなる」
弓永もエミリも絶句した。
「そんな……、じゃあどうするの? 誰か、大人の人を呼んで助けて貰おうよ!」
「無駄だ。明かりがつけば、霊道はその動きを止める。人が増えてもそうだし、大人がこんな話を信用するはずがない。ちょっと危険だけど、ここは試してみるしか……」
「お前、バカじゃねえのか?」弓永はイラ立ちを隠すことなくいった。「こんなこと、おれらだけで何とかなるワケねえだろ」
「ならない、かもな」祐太朗はいった。「でも、このまま放っておけば、石川先生は戻って来ないんだぞ? それでもいいのかよ」
これには弓永もことばに詰まる。弓永自身、石川先生に気がある素振りを見せていたこともあってか、そのまま反論は出来ないようだった。だけど、というが、その先は続かない。
と、祐太朗は昇降口の扉に手を掛けた。
開いた。
先程までは開かなかった昇降口の扉。カギは開かれ、その口を開いている。エミリと弓永はハッと息を飲んだ。何でと声が漏れる。
「……さっき見掛けたアイツだ。ヤツがおれたちをここに引き込もうとしてるんだ」
「じゃあ……!」
「……消える時は先生と一緒、ってことだ」
祐太朗は昇降口の扉を大きく開き、そのまま中へと入って行った。弓永とエミリは制止するも、祐太朗に戻る気配はなかった。
「ここから先は霊の棲みかだ。来るも来ないもお前たちに任せるよ。おれは行く。危ないのと怖いのがイヤなら、そこにいてくれ」
そういって祐太朗は学内へ入っていった。それに続くようにエミリも学内へ入っていく。
「田中! 待てよ!」制止しようとする弓永。
「わたし行く。このままじゃ石川先生がいなくなっちゃう。それに、鈴木くんが一緒なら大丈夫だって思えるんだ。だから、わたしも行く」
エミリも学校の中へと消えて行った。たったひとり残された弓永。
「……クソッ! 行けばいいんだろ!」
【続く】