【薮医者放浪記~参拾玖~】

文字数 1,231文字

 九十九街道にはもはや屍しか残っていなかったーーふたりを除いて。

 そのふたりというのはいうまでもない猿田源之助とお雉である。相も変わらず風は吹き続けていた。砂ぼこりは宙を舞い、渦を巻いていた。源之助は刀を納めたまま屍になったようにユラユラと街道の真ん中を歩いていた。そこにお雉が街道の終わり側からやって来たのだ。

「武田の坊っちゃんは?」猿田が訊ねた。

「何とか逃がしたよ。街道の外には、ね」

「外には?」

「うん。後はあの牛野とかいうおサムライが何とかしてくれるとは思うけど......」

「結構な身分のお家の後継ぎが、役人に捕まって牢屋敷に入れられるとでも思ってんのか?」

 猿田は、そんなことあるワケがないといった調子でいった。お雉は首を傾げた。

「あの土ぼこりと泥にまみれたお召しモノで、水戸の直参の後継ぎだなんていわれて信用する?」

 猿田はお雉のことばに対して即答はせず、若干の唸りを上げてからことばを紡いだ。

「......まぁ、確かにそうではあるけど。とはいえ、葵の御紋をお持ちだからな」

「その御紋を汚した人間を不届き者だと勘違いしない可能性はどれほどある?」

 確かに泥だらけ土ぼこりだらけで、お召し物の葵の御紋は血で更に汚れていた。それにあの世間知らずの坊っちゃんのことだ。少々よろしくない展開が待っていても可笑しくはない。確かに比較的常識人の牛野寅三郎がついている。その点は申し分ないだろう。だが、それ以上に問題なのは、藤十郎本人であったのはいうまでもなかった。

 だが、猿田は苦い顔をしつつも、

「まぁ......。でも、その点も何とかなると思う。斉藤さんにはすべて伝えてあるから」

 斉藤さんが川越の城下にある奉行所に勤める同心であることは既に説明したことだろう。そう、猿田は九十九街道に来る前に屋敷近くにある番屋まで寄ると、斉藤さんに事情をつげ、もしかしたらボロボロの服装をした葵の御紋の男とその一向が向かうかもしれないので、その点はお気をつけ下さいと伝えてあったのだ。

 斉藤さんはいつもの温和な笑みを浮かべてひとことわかりましたといった。殆ど仕事のない窓際同心ではあるが、実をいえば斉藤さんは仕事の出来る男で、かつ賢くて剣の腕も奉行所内では誰よりも立つであろうお人だった。

 表面的なモノの見方しか出来ず、地位だけにこだわるような連中からしたら斉藤さんは嘲笑の対象でしかなかったが、猿田からしたら斉藤さんは畏敬の存在で、可能ならば敵には回したくない相手ではあった。とはいえ、今は共に剣術の稽古に励んだり、酒を飲み交わす仲ではあるので、そこはなんの心配もなかったのだが。

「アンタ、ほんとにあの平同心のこと好きね」

「本当に腕が立つ人間はそう見られちゃいけないんだよ」

「どうして?」

「命知らずのバカが列を作るからさ」

「ふぅん。で、それよりも犬は?」

 突然、大きな音が聞こえた。ふたりが振り返るとそこには、戸を突き破って外へ転がり出して来た犬吉の姿があった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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