【冷たい墓石で鬼は泣く~壱~】

文字数 2,041文字

 雪の降る辻は寂れて枯れ掛けた雑草が萎れ倒れているばかりだった。

 通りに人通りが少ないのは、地面の雪に足跡が殆どなく白さを保っていることで容易にわかった。いうまでもなく人影も殆どない。あるのは笠を被った白装束の者の影がひとつ。

 白装束はそこら辺で拾ったであろう木の棒を杖にし歩いている。笠の下から僅かに伺える口許からは白い息が絶えることなく吐き出され続けている。脚絆も草鞋も既に汚れに汚れている。足を僅かに引き摺っている様を見るに、足も棒になっている。

 白装束は急に立ち止まり、前のめりになる。大きく息を吐く。その息づかいは既に身体の限界を告げている。唾を飲み込み、何とか息を整えようとするが、それすら瞬間的な慰めにすらなっていない。もはや満身創痍。

 白装束の頬に水気。ひと筋の水滴が垂れる。口許は歪み震え、幾分茶色掛かった歯をグッと噛み締めている。

「アンタ、お遍路さんかい?」

 突然、そんな声が聴こえる。男の低くて荒々しい響き。白装束はハッとし、顔を伏せる。

「そ、そんなことねぇだ……」白装束は蚊の鳴くような小さな声で呟く。

「あれぇ、コイツ、袈裟がねぇぞ?」

 また別の声がいう。軽々しく品のない何処か人を嘲笑するような男の声。まるで白装束のことを値踏みするようにジロジロと眺める。

「あぁッ!」軽々しい男の声が跳ねる。「コイツ、女じゃねぇか!」

「女ぁ?」

「そうだぜ、兄貴。良く見てみぃ。胸、でっかいぜ、コイツぁ」

「し、失礼するだ……ッ!」

 白装束は男たちの横を通り抜けて行こうとする。が、ふたりの男たちの内、最初に白装束に声を掛けた男が振り返りいう。

「おい、待ちなよ。アンタ、女がこんなちんけな場所に何のようだい?」

 白装束は足を止め、男たちのほうに振り返ることなく答えるーー肩を震わせながら。

「た、大した用じゃ、ねぇだ……」

「大した用じゃねぇならゆっくり休んだほうがいいんじゃねぇか? もう身体も悲鳴を上げてるぜ」最初の男がいう。

 ふたりの男。ふたりとも袴ははいていないが帯に刀を差しており、揃って髷はあるが月代はない。見るからにならず者、といった風貌。最初に白装束に声を掛けた男は眉毛が太く目も大きければ、体つきもデカイ。もうひとりはほっそりとしたキツネ目でひょろっとした出っ歯で、まさに虎の威を狩るキツネといった様子。

「お、オラなら大丈夫だから、構わねぇでくれねぇか……?」

 白装束はそのまま行こうとする。が、その肩を掴む者がいる。キツネ目の男だ。

「そうはいわねぇでさぁ、ちょっといっしょにどうだよ? 悪くはしねぇからさぁ?」

「離してくれねぇか!」

 暴れる白装束。が、キツネ目は白装束を羽交い締めにして自由を奪う。と、白装束の前に眉毛の男が立ちはだかる。

「アンタ、そんなこといってねえで……」

 急に黙り込む眉毛の男。そうかと思いきや、眉毛の男は突然白装束に倒れるようにしてもたれ掛かる。白装束は悲鳴を上げる。だが、眉毛の男の様子は明らかに可笑しく、キツネ目も困惑している。

「あ、兄貴ぃ?」

 と、眉毛の男はそのまま力なく地面に倒れ込む。その背中には両袈裟掛けに結ばれたふたつの切り傷が刻まれている。

「お痛はそこまでにしな」

 ドスの利いた女の声。白装束は恐れを抱きつつ、ゆっくりと目を上げる。と、白装束は吐息を吐くようにハッと声を漏らす。

「あ、兄貴ぃ! て、テメェ……よくも兄貴をッ!」

 そういうキツネ目は兄貴分に駆け寄り様子を見ようとはしない。それどころか、自分に危害が加わらないようにするためか、白装束をがっちり掴み、盾にしようとしている。

「その人を離しな」鋭い女の声がいう。

「う、うるせぇ! やれるもんならやってみやがれぃ! この女がどうなっても……」

 キツネ目は突然にことばを打ち切る。かと思いきや、次の瞬間にはその場に響き渡る程の悲鳴を上げて白装束を放したかと思うと、左目を抑える。キツネ目の左目、手裏剣が突き刺さっている。目を抑える手の隙間からは真っ赤な血が垂れて、地面を白く染める雪を赤く染め直す。

「お、覚えてやがれぇ!」

 そういってキツネ目は途中転びそうになりながら必死に走って逃げていく。

 ため息をつく声が聴こえる。

「大丈夫?」

 女の声がそう訊ねるが、白装束は答えない。ただ口許を震わせるばかりだ。そんな白装束を不思議そうに眺める女。その姿は袴姿に着物。胸は大きい。右手には勝たないが握られている。一見して侍のようだが、髷は結わず、その代わりに総髪の髪をうしろで縛りそのまま下ろしている。

「お雉さん……ッ!」白装束がいうと、女侍がハッとする。「お雉さでねぇか!?」

「だ、誰のことかわからないね!」

「ウソついてもわかるだ! いくら侍の格好したって、オラにらわかるだ! だって……」

 白装束が笠を取る。と、女侍はハッとする。

「アンタ……」

 笠を取った白装束の素顔、それは甲子の寺のひとり娘、「お京」その人だった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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