【帝王霊~拾壱~】
文字数 3,135文字
麺をズルズルと啜る音が心地よく響く。
五村市駅のすぐ近くにある家系ラーメンを専門としたラーメン店である『脂道』は、昼夜問わず混雑している。とはいえ、これが月曜の夜となると、そこまででもない。
いい年した大人にとって、ウィークデーの初っぱなの夜にヘヴィな脂の乗ったラーメンを食うのは胃にもたれるし、何よりニンニクがキツ過ぎて翌日の仕事に支障が出ることもあって、店内は週末と比べると、まだ空いている。
「で、どうだったんだよ?」
祐太朗がいうと、向かいに座る弓永はいつもの人を喰ったような調子で、「何がだ?」と訊ね返す。祐太朗の表情が歪む。
「お前、自分から呼んでおいて何がはねぇだろ。性格悪いぞ」
「お前よかはるかにマシだと自負してるよ」
「そんなんでよく三十年以上も生きてこれたモンだな。人を喰うようなことばっかいって、喰うのはラーメンだけにしとけよ」
「それがお前の渾身の爆笑ギャグか。バカ丸出しだな。クソつまんないぞ」
「ラーメンだけに『うまい』ってことだよ」
「ラーメンは美味くても、お前のギャグはゲロマズなんだよ。それじゃスカトロ・マニアやゲテモノ趣味の変態でも喰わねぇよ」
「ここメシ屋だぞ。品がねぇな。汚えのは身なりだけにしとけよ、税金泥棒。庶民の血税纏って喰うラーメンは美味いか?」
「美味い、美味い、お前ら雑魚の納めた税金で喰うメシほど美味いモンはないね。ほんと公務員万々歳だ! それにおれが何をいおうとな、誰もおれらみたいな有象無象に興味あるバカなんかいないんだよ。どいつもこいつも自分の注文したモンがいつ来るか、或いは金が欲しいだとか、セックスしたいだとか、低俗で下らないことしか考えてないんだからな。そんなことより、早く食えよ。麺伸びるぞ」
弓永はズルズルとラーメンを啜る。テーブルの上には祐太朗のコテコテの醤油ラーメンとニンニクがたっぷり載った弓永の辛味噌ラーメン、そしてニンニク餃子がふた皿載っている。
弓永は凄まじい食欲。次から次へと食い物を胃袋に収めて行く。祐太朗もそんな弓永を見、
「お前、食欲だけは高校生並みだな」
「ガキと一緒にすんな、ガキ成人」
「お前もガキと変わんねぇだろ。大体、明日も仕事だろ? そんなニンニクばっか食って、五村署でバイオ・テロでも起こすのかよ」
弓永は鼻で嗤う。
「どうせ、おれに近づくバカはいないんだから何だっていいだろ。おれはおれの食いたいモンを食う。ニンニクごときでダメになるヤツは消えちまえ、無能役人はクソでも食ってろ」
「まるで『有能な』役人がいるみたいないい種だな。でも、それじゃ糞も味噌も同じ、だな」
「お前、いつからそんなつまらないギャグばっかいうようになったんだ? 本当につまんないから止めたほうがいいぞ?」
「てか、バカ話がしたくておれをメシに誘ったのか?」
「誰がお前なんかと中身のない話をするために時間を使うか。自分を過大評価し過ぎて自尊心が服着て歩くようになったか。お前なんかと一緒にいるってだけでも末代までの恥だってのに、自信だけは世界照準だな」
「んなこというんだったら帰るぞ」祐太朗は腰を若干浮かせる。「代金はテメエが持てよ?」
「お前な、食い逃げで逮捕するぞ」
「逮捕してみろよ。テメエの大事な大事な話し相手のおれが沙婆から消えたら、誰がお前の相手をしてくれるっていうんだよ?」
「ブタ箱にぶち込めば、おれの好きな時にお前と話が出来るんだけどな」
厨房のほうからジューっという心地よい音が響く。飛び上がる野菜炒め。フライパンを炙る炎がゴウゴウと燃え上がる。
祐太朗の表情に緊張が走る。
「お前、マジでキモイぞ……」
「お前ほどじゃない。……まぁ、いい。そんなことより、本題だがーー」
「やっとかよ。人類が滅亡しても本題に入らねえんじゃねえかと心配してたとこだ」
「ハッ! 有害指定人類のお前がそこまで長生きじゃ、神も仏もウンザリだろうよ。それよりお前、何かおれに訊きたいことはねぇのか?」
「別にねぇよ。勿体ぶらねぇで早く話してくれねぇか? おれ、もう疲れて来たよ」
弓永がケタケタと笑う。
「まぁ、そういうな。別におれも気まぐれでそう訊ねたんじゃないんだ。お前、山田の友達の話は知ってるだろ?」
「和雅の友達?」祐太朗は少し考えて、「あぁ、あのことか」
あのこと、とはいうまでもなく、ヤエとシンゴが不審者に襲われたことだ。頷く弓永。
「そうだ。山田から何か聴いてるか?」
「まぁ、大方は……」
「そうか。正直、おれも困ってんだ。何がどうなってんのかわかんねえし、こんな話は、お前にこそ適任じゃないかと思ってな」
「おれに適任?」祐太朗は一瞬考え、「……もしかして、裏のことか?」
弓永は真剣な表情で頷く。
「結論からいうぞ。山田の友達ふたりを襲った野郎なんだけどな。限りなく白に近いんだ」
「はぁ? お前、とうとう耄碌したのか。ジジイなのは見た目と性格だけにしとけよ。現行犯なんだろ? だったら、完全に黒だろ」
「ジジイなのはお前ほどじゃないけどよ、そこは間違いないんだ。だけど、本人が事件の時のことは覚えてないって話の信憑性が高くてな」
弓永がいうには、あの事件の調査がある程度進んだにも関わらず、犯人は依然として容疑を否認、しかもその理由を記憶にないからと証言し続けているのだそう。
「何だそれ。悪党なら拷問でもして容疑を認めさせろよ」祐太朗。
「やったさ。問題にならないくらいにな。でも、認めはしない。オマケに野郎を知るヤツから話を訊いてみれば、野郎は真面目で誠実、家宅捜索をしてもヤバそうなモノは出てこない。悪そうな知り合いもいない。どう考えても限りなくそっちの世界とは縁のないヤツなんだ。でも、その条件でそういうヤツがやらかすとしたら、これはもうーー後はわかるな?」
ため息をつく祐太朗。
「霊の仕業、とでもいいてぇんだろ?」
「しか、考えられないよな」
「まぁ、そうだな。取り敢えず、その件でおれに出来そうなことがあれば手伝う。その代わり、こっちも見て欲しいモンがあんだけどな」
「いいぜ。お前が引き受けてくれんなら、こっちだって譲歩してやるさ。で、何だ」
祐太朗は懐からいくつかの折り目のついた紙切れを一枚取り出して、弓永に提示する。弓永は紙切れを受け取ってまじまじと見る。
「……クソ女、調子に乗りやがって」弓永はふと呟く。「お前、この手紙どうした?」
祐太朗はその紙切れを、ヤエとシンゴが襲われた深夜、和雅とベランダでビールを交わしていた時に紙飛行機となって飛んできたモノだ、と説明する。弓永の顔にシワが寄る。
「……お前、コイツと知り合いなのか?」
「知り合いってほどじゃない。この女はおれらの仕事のオブザーバーってとこだ。でも、まさかテメエがこの女を知ってるとはな」
弓永は紙切れをテーブルに置いて、そこに書いてある「名前」を指差していう。
「『サノメ』ーー本名かどうかは知らねえが、このバカ女の名前は『佐野めぐみ』。おれや、この前の事件の被害者、長谷川八重の妹『武井』にとっちゃ因縁の相手だ。にしても、ちょうどいい。手間が省けた」
「手間? どういうことだ?」
「佐野は『ヤーヌス・コーポレーション』の取締役、成松蓮斗の愛人兼秘書だったのさ」
「は!? マジかよ!」
驚きを隠せないでいる祐太朗を他所に、弓永は不敵に笑いながら頷く。
「そうさ。つまり、今度の事件、この手紙の内容やここまでの話の流れから推測出来ることは、この女がうしろで手を引いてる可能性が高いってことさ」震える弓永。「……クソ女、今度こそ地獄へ送ってやるよ」
店内に、ありがとうございました!という声が響き渡った。
【続く】
五村市駅のすぐ近くにある家系ラーメンを専門としたラーメン店である『脂道』は、昼夜問わず混雑している。とはいえ、これが月曜の夜となると、そこまででもない。
いい年した大人にとって、ウィークデーの初っぱなの夜にヘヴィな脂の乗ったラーメンを食うのは胃にもたれるし、何よりニンニクがキツ過ぎて翌日の仕事に支障が出ることもあって、店内は週末と比べると、まだ空いている。
「で、どうだったんだよ?」
祐太朗がいうと、向かいに座る弓永はいつもの人を喰ったような調子で、「何がだ?」と訊ね返す。祐太朗の表情が歪む。
「お前、自分から呼んでおいて何がはねぇだろ。性格悪いぞ」
「お前よかはるかにマシだと自負してるよ」
「そんなんでよく三十年以上も生きてこれたモンだな。人を喰うようなことばっかいって、喰うのはラーメンだけにしとけよ」
「それがお前の渾身の爆笑ギャグか。バカ丸出しだな。クソつまんないぞ」
「ラーメンだけに『うまい』ってことだよ」
「ラーメンは美味くても、お前のギャグはゲロマズなんだよ。それじゃスカトロ・マニアやゲテモノ趣味の変態でも喰わねぇよ」
「ここメシ屋だぞ。品がねぇな。汚えのは身なりだけにしとけよ、税金泥棒。庶民の血税纏って喰うラーメンは美味いか?」
「美味い、美味い、お前ら雑魚の納めた税金で喰うメシほど美味いモンはないね。ほんと公務員万々歳だ! それにおれが何をいおうとな、誰もおれらみたいな有象無象に興味あるバカなんかいないんだよ。どいつもこいつも自分の注文したモンがいつ来るか、或いは金が欲しいだとか、セックスしたいだとか、低俗で下らないことしか考えてないんだからな。そんなことより、早く食えよ。麺伸びるぞ」
弓永はズルズルとラーメンを啜る。テーブルの上には祐太朗のコテコテの醤油ラーメンとニンニクがたっぷり載った弓永の辛味噌ラーメン、そしてニンニク餃子がふた皿載っている。
弓永は凄まじい食欲。次から次へと食い物を胃袋に収めて行く。祐太朗もそんな弓永を見、
「お前、食欲だけは高校生並みだな」
「ガキと一緒にすんな、ガキ成人」
「お前もガキと変わんねぇだろ。大体、明日も仕事だろ? そんなニンニクばっか食って、五村署でバイオ・テロでも起こすのかよ」
弓永は鼻で嗤う。
「どうせ、おれに近づくバカはいないんだから何だっていいだろ。おれはおれの食いたいモンを食う。ニンニクごときでダメになるヤツは消えちまえ、無能役人はクソでも食ってろ」
「まるで『有能な』役人がいるみたいないい種だな。でも、それじゃ糞も味噌も同じ、だな」
「お前、いつからそんなつまらないギャグばっかいうようになったんだ? 本当につまんないから止めたほうがいいぞ?」
「てか、バカ話がしたくておれをメシに誘ったのか?」
「誰がお前なんかと中身のない話をするために時間を使うか。自分を過大評価し過ぎて自尊心が服着て歩くようになったか。お前なんかと一緒にいるってだけでも末代までの恥だってのに、自信だけは世界照準だな」
「んなこというんだったら帰るぞ」祐太朗は腰を若干浮かせる。「代金はテメエが持てよ?」
「お前な、食い逃げで逮捕するぞ」
「逮捕してみろよ。テメエの大事な大事な話し相手のおれが沙婆から消えたら、誰がお前の相手をしてくれるっていうんだよ?」
「ブタ箱にぶち込めば、おれの好きな時にお前と話が出来るんだけどな」
厨房のほうからジューっという心地よい音が響く。飛び上がる野菜炒め。フライパンを炙る炎がゴウゴウと燃え上がる。
祐太朗の表情に緊張が走る。
「お前、マジでキモイぞ……」
「お前ほどじゃない。……まぁ、いい。そんなことより、本題だがーー」
「やっとかよ。人類が滅亡しても本題に入らねえんじゃねえかと心配してたとこだ」
「ハッ! 有害指定人類のお前がそこまで長生きじゃ、神も仏もウンザリだろうよ。それよりお前、何かおれに訊きたいことはねぇのか?」
「別にねぇよ。勿体ぶらねぇで早く話してくれねぇか? おれ、もう疲れて来たよ」
弓永がケタケタと笑う。
「まぁ、そういうな。別におれも気まぐれでそう訊ねたんじゃないんだ。お前、山田の友達の話は知ってるだろ?」
「和雅の友達?」祐太朗は少し考えて、「あぁ、あのことか」
あのこと、とはいうまでもなく、ヤエとシンゴが不審者に襲われたことだ。頷く弓永。
「そうだ。山田から何か聴いてるか?」
「まぁ、大方は……」
「そうか。正直、おれも困ってんだ。何がどうなってんのかわかんねえし、こんな話は、お前にこそ適任じゃないかと思ってな」
「おれに適任?」祐太朗は一瞬考え、「……もしかして、裏のことか?」
弓永は真剣な表情で頷く。
「結論からいうぞ。山田の友達ふたりを襲った野郎なんだけどな。限りなく白に近いんだ」
「はぁ? お前、とうとう耄碌したのか。ジジイなのは見た目と性格だけにしとけよ。現行犯なんだろ? だったら、完全に黒だろ」
「ジジイなのはお前ほどじゃないけどよ、そこは間違いないんだ。だけど、本人が事件の時のことは覚えてないって話の信憑性が高くてな」
弓永がいうには、あの事件の調査がある程度進んだにも関わらず、犯人は依然として容疑を否認、しかもその理由を記憶にないからと証言し続けているのだそう。
「何だそれ。悪党なら拷問でもして容疑を認めさせろよ」祐太朗。
「やったさ。問題にならないくらいにな。でも、認めはしない。オマケに野郎を知るヤツから話を訊いてみれば、野郎は真面目で誠実、家宅捜索をしてもヤバそうなモノは出てこない。悪そうな知り合いもいない。どう考えても限りなくそっちの世界とは縁のないヤツなんだ。でも、その条件でそういうヤツがやらかすとしたら、これはもうーー後はわかるな?」
ため息をつく祐太朗。
「霊の仕業、とでもいいてぇんだろ?」
「しか、考えられないよな」
「まぁ、そうだな。取り敢えず、その件でおれに出来そうなことがあれば手伝う。その代わり、こっちも見て欲しいモンがあんだけどな」
「いいぜ。お前が引き受けてくれんなら、こっちだって譲歩してやるさ。で、何だ」
祐太朗は懐からいくつかの折り目のついた紙切れを一枚取り出して、弓永に提示する。弓永は紙切れを受け取ってまじまじと見る。
「……クソ女、調子に乗りやがって」弓永はふと呟く。「お前、この手紙どうした?」
祐太朗はその紙切れを、ヤエとシンゴが襲われた深夜、和雅とベランダでビールを交わしていた時に紙飛行機となって飛んできたモノだ、と説明する。弓永の顔にシワが寄る。
「……お前、コイツと知り合いなのか?」
「知り合いってほどじゃない。この女はおれらの仕事のオブザーバーってとこだ。でも、まさかテメエがこの女を知ってるとはな」
弓永は紙切れをテーブルに置いて、そこに書いてある「名前」を指差していう。
「『サノメ』ーー本名かどうかは知らねえが、このバカ女の名前は『佐野めぐみ』。おれや、この前の事件の被害者、長谷川八重の妹『武井』にとっちゃ因縁の相手だ。にしても、ちょうどいい。手間が省けた」
「手間? どういうことだ?」
「佐野は『ヤーヌス・コーポレーション』の取締役、成松蓮斗の愛人兼秘書だったのさ」
「は!? マジかよ!」
驚きを隠せないでいる祐太朗を他所に、弓永は不敵に笑いながら頷く。
「そうさ。つまり、今度の事件、この手紙の内容やここまでの話の流れから推測出来ることは、この女がうしろで手を引いてる可能性が高いってことさ」震える弓永。「……クソ女、今度こそ地獄へ送ってやるよ」
店内に、ありがとうございました!という声が響き渡った。
【続く】