【帝王霊~参拾捌~】
文字数 2,163文字
不敵な笑みと驚き、神妙な顔が交差する。
「時間稼ぎ?」弓永はいう。「どういうことだ?」
「この男、自分の存在をおれらの前に露にしたにも関わらず、いつまで経ってもクリティカルな用件を話そうとしねぇじゃねぇか」
祐太朗のひとことに成松は依然として不敵な笑みを浮かべている。そこからは真理と虚偽、いずれのことも伺えない。
「確かにそうだな」弓永は納得する。「だとしたら、この野郎は何でおれらを足止めしてんだ。てか、それならコイツはおれらがここに来るってことをあらかじめわかってたってことになるけど、それは……」ハッとする。「まさか、そうなのか……?」
「まず間違いないだろうな」と祐太朗。
「ほう、どういうことでしょうか?」成松は余裕の笑みを浮かべていう。
「おれとコイツはお前のかつての手下だった元コメディアンの上井のつてでここまで来たんだ。上井におれたちを送り込ませたな?」
「なるほど、上井が、ですか。面白いですね。ですが、それで上井とわたしが未だに繋がっている証明にはならないかと思いますが」
「逆だ。話があまりにも出来すぎている。上井の周りに霊の気配はなかった。ってことはどういうことだか、わかるよな?」
「わかりませんねぇ」まるでふたりを挑発するように成松はいう。「どういうことでしょうか?」
「お前が画策しなきゃ、おれとコイツはここまで辿り着くことはなかった。確かに上井のところまで辿り着けたのは、コイツの捜査網のおかげかもしれねぇけど、それがまさかの形でここまで至った。そして、お前はまるでおれらを歓迎するかのように姿を現した。お前は弓永とは面識があるかもしれない。でも、立場を悪くするかもしれないのに、仮にも公僕の人間にそんな形で姿を現す必要なんかあったのか? 確かに既に死んだ人間が裏のカジノを取り仕切っているなんていっても、普通の人間ならまず信じないし、五村署の人間からいわせたら、弓永のことだから、またイカレたことでもいってるんだろうぐらいにしか思わないはずだろ」
「おれは確かに人望はないけどな、そこまで酷くはないぞ」弓永は反論する。「まぁ、でもそうだな。普通、死んだ人間が別の身体をもって蘇り、裏の稼業にどっぷり浸かってるなんて誰も信じようとはしないだろうからな」
「その通り。とまぁ、それはさておいて、だ。問題はどうして、おれとコイツがここまで招かれたのか、だ。それに気になることがある」
「ほう、それは何でしょうか?」成松。
「お前がさっきいってたことだよ。お前、和雅の身体を乗っ取ってたっていってたな。お前、どうしておれが和雅と関係があるみたいなことをいったんだ? お前みたいな無関係の人間に、おれの交遊関係がわかるはずなんかないと思うんだがな」
静寂が広がる。と、成松は手で指し示し、「続けて下さい」という。祐太朗は続ける。
「それと、だ。お前は突然に武井愛の話を持ち出した。それも武井の姉の存在を知らずに、その被害者が姉であったと感嘆して見せた。色々と可笑しなことが多すぎはしないか? この話に関わるヤツのことをお前は進んでおれたちに言及していやがる。まるで、自分がおれたち界隈のことをすべて知っているとでも豪語しているような感じで、な」
祐太朗のことばに成松は小さく声を上げて笑う。かと思いきや、その声は次第に大きくなって行き、部屋全体に響き渡らんとする程度のところで成松は声を笑みに込めて沈黙する。
「……まぁ、おおよそいいたいことはわかりました。ただ、推理のほうはやはり武井さんと比べるとやはり劣る部分がありますねぇ」勝ち誇ったように成松はいう。「ではひとつ追及させて頂くと、わたしはアナタが『恨めし屋』であることを知っている。その稼業が死んだ人間の無念をはらさんとするモノだということも知っている。わたしが依頼人になる可能性もあるとは思われないのですか?」
「……そうなのか?」
「そうですねぇ。例えば、お金を支払うから、『武井愛』を殺してくれ、といわれたらアナタはちゃんと殺してくれますかねぇ?」
「あ?」弓永は眉間にシワを寄せる。「テメェ、舐めてんのか?」
「舐めてませんよ。でも、そうするまでもないかもしれませんね」
「そうするでもない?」
祐太朗はそういうと、ハッとしてドアのほうへと走っていく。弓永はそんな祐太朗の背中に向かって声を掛ける。
「おい、どうしたんだよ!」
「コイツがおれたちを変に足止めしたかったのは、それかもしれねぇってことだ」
「……どういうことだ?」
「コイツ、武井愛を狙ってる。だから、邪魔な存在でしかないおれらを目の前に置いて隔離しておく必要があったんだ」
「だとしたら……」
「まぁ、素人推理にしては、いい線行ってますね」成松がロッキングチェアに深々と腰掛けたままいう。「ですが、本当の狙いはそこではないのですよ。ふたついいたいのは、わたしが『恨めし屋』という稼業を知っているということ、そして何故わたしが山田和雅を狙ったか、ということです」
「……失礼する」
祐太朗はそういって重いドアを開ける。が、身体はピタリと止まる。
「どうぞ、気をつけてお帰り下さい」成松はいう。「帰れれば、の話ですが」
祐太朗の水晶体に、たくさんの鍛え抜かれた男たちが束になって待ち構える姿が映った。
【続く】
「時間稼ぎ?」弓永はいう。「どういうことだ?」
「この男、自分の存在をおれらの前に露にしたにも関わらず、いつまで経ってもクリティカルな用件を話そうとしねぇじゃねぇか」
祐太朗のひとことに成松は依然として不敵な笑みを浮かべている。そこからは真理と虚偽、いずれのことも伺えない。
「確かにそうだな」弓永は納得する。「だとしたら、この野郎は何でおれらを足止めしてんだ。てか、それならコイツはおれらがここに来るってことをあらかじめわかってたってことになるけど、それは……」ハッとする。「まさか、そうなのか……?」
「まず間違いないだろうな」と祐太朗。
「ほう、どういうことでしょうか?」成松は余裕の笑みを浮かべていう。
「おれとコイツはお前のかつての手下だった元コメディアンの上井のつてでここまで来たんだ。上井におれたちを送り込ませたな?」
「なるほど、上井が、ですか。面白いですね。ですが、それで上井とわたしが未だに繋がっている証明にはならないかと思いますが」
「逆だ。話があまりにも出来すぎている。上井の周りに霊の気配はなかった。ってことはどういうことだか、わかるよな?」
「わかりませんねぇ」まるでふたりを挑発するように成松はいう。「どういうことでしょうか?」
「お前が画策しなきゃ、おれとコイツはここまで辿り着くことはなかった。確かに上井のところまで辿り着けたのは、コイツの捜査網のおかげかもしれねぇけど、それがまさかの形でここまで至った。そして、お前はまるでおれらを歓迎するかのように姿を現した。お前は弓永とは面識があるかもしれない。でも、立場を悪くするかもしれないのに、仮にも公僕の人間にそんな形で姿を現す必要なんかあったのか? 確かに既に死んだ人間が裏のカジノを取り仕切っているなんていっても、普通の人間ならまず信じないし、五村署の人間からいわせたら、弓永のことだから、またイカレたことでもいってるんだろうぐらいにしか思わないはずだろ」
「おれは確かに人望はないけどな、そこまで酷くはないぞ」弓永は反論する。「まぁ、でもそうだな。普通、死んだ人間が別の身体をもって蘇り、裏の稼業にどっぷり浸かってるなんて誰も信じようとはしないだろうからな」
「その通り。とまぁ、それはさておいて、だ。問題はどうして、おれとコイツがここまで招かれたのか、だ。それに気になることがある」
「ほう、それは何でしょうか?」成松。
「お前がさっきいってたことだよ。お前、和雅の身体を乗っ取ってたっていってたな。お前、どうしておれが和雅と関係があるみたいなことをいったんだ? お前みたいな無関係の人間に、おれの交遊関係がわかるはずなんかないと思うんだがな」
静寂が広がる。と、成松は手で指し示し、「続けて下さい」という。祐太朗は続ける。
「それと、だ。お前は突然に武井愛の話を持ち出した。それも武井の姉の存在を知らずに、その被害者が姉であったと感嘆して見せた。色々と可笑しなことが多すぎはしないか? この話に関わるヤツのことをお前は進んでおれたちに言及していやがる。まるで、自分がおれたち界隈のことをすべて知っているとでも豪語しているような感じで、な」
祐太朗のことばに成松は小さく声を上げて笑う。かと思いきや、その声は次第に大きくなって行き、部屋全体に響き渡らんとする程度のところで成松は声を笑みに込めて沈黙する。
「……まぁ、おおよそいいたいことはわかりました。ただ、推理のほうはやはり武井さんと比べるとやはり劣る部分がありますねぇ」勝ち誇ったように成松はいう。「ではひとつ追及させて頂くと、わたしはアナタが『恨めし屋』であることを知っている。その稼業が死んだ人間の無念をはらさんとするモノだということも知っている。わたしが依頼人になる可能性もあるとは思われないのですか?」
「……そうなのか?」
「そうですねぇ。例えば、お金を支払うから、『武井愛』を殺してくれ、といわれたらアナタはちゃんと殺してくれますかねぇ?」
「あ?」弓永は眉間にシワを寄せる。「テメェ、舐めてんのか?」
「舐めてませんよ。でも、そうするまでもないかもしれませんね」
「そうするでもない?」
祐太朗はそういうと、ハッとしてドアのほうへと走っていく。弓永はそんな祐太朗の背中に向かって声を掛ける。
「おい、どうしたんだよ!」
「コイツがおれたちを変に足止めしたかったのは、それかもしれねぇってことだ」
「……どういうことだ?」
「コイツ、武井愛を狙ってる。だから、邪魔な存在でしかないおれらを目の前に置いて隔離しておく必要があったんだ」
「だとしたら……」
「まぁ、素人推理にしては、いい線行ってますね」成松がロッキングチェアに深々と腰掛けたままいう。「ですが、本当の狙いはそこではないのですよ。ふたついいたいのは、わたしが『恨めし屋』という稼業を知っているということ、そして何故わたしが山田和雅を狙ったか、ということです」
「……失礼する」
祐太朗はそういって重いドアを開ける。が、身体はピタリと止まる。
「どうぞ、気をつけてお帰り下さい」成松はいう。「帰れれば、の話ですが」
祐太朗の水晶体に、たくさんの鍛え抜かれた男たちが束になって待ち構える姿が映った。
【続く】