【冷たい墓石で鬼は泣く~伍拾伍~】

文字数 1,085文字

 それが藤十郎様との出会いだった。

 このお方は兎に角大変な人だった。そもそも学問などというモノにはまったく興味を示そうとしなかった。刀も好きは好きだが、刀の腕は壊滅的に悪かった。そもそも手合わせした時点で拍子抜けだと思えるくらいだったのだが、いざ教育係となって剣術の稽古をしてみると、その酷さはより目立った。

 そもそも中段に構えた時点で隙だらけなのだ。

 大体、刀を中段に構えれば、余程のことがない限り隙なんて生じない。もちろん、意識が弛んでいれば、それだけでも隙にはなるとはいえ、構えだけで隙になることはそうはない。そもそも、相手からしたら真っ直ぐに刀の切っ先を向けられているのだから、それだけでもかなりの圧迫感はあって攻めて行きづらいところはある。

 だが、藤十郎様にはそれがまったくない。もはやそれは玩具を手にした小さな子供のように浮かれていて、まるで刀と刀のやり取りをお遊びとしか見ていないのがまるわかりだった。これはヒドイ。これが直参の旗本様のご子息様だというのか。それだったら、無頼漢になってしまったとはいえ、わたしや馬乃助のほうがずっと優秀だった。

 馬乃助ーー藤十郎様とは立場的には似ているようで全然似ていない。そもそも藤十郎様はこの武田家の跡継ぎになられる方だ。最初から跡継ぎになることのなかった馬乃助とは違い、その点でいえばわたしのほうが立ち位置的には近い。というか、学問も武術も飛び抜けて優れていた馬乃助とどちらにも難ありな藤十郎様では話にならなかった。

 馬乃助は決まりに縛られはしないモノの、興味のあることに対しては勤勉な男だった。だが、藤十郎様にはその勤勉さが欠片もなかった。そもそも興味のあることが剣術ではあったが、それも下手の横好き、技術をしっかりと詰めるなどということは決してしなかった。それはわたしのような中途半端男でも簡単に倒せてしまうワケだった。

 ある剣術の稽古の時だった。その時の剣術の稽古をして下さる方は新陰流の達人といわれる方だったのだが、そもそもが藤十郎様はそのご教示に興味がないようだった。達人は明らかにイラ立っているようだった。だが、怒りを表に出せないのは、間違いなく藤十郎様が武田家の人間だったからだった。

 達人のイラ立ちは殆ど頂点まで達していた。わたしは仕方なく藤十郎様に、

「藤十郎様、少しは真剣に稽古なされては」

 というしかなかった。達人はもはやヤル気の欠片も見えなかったが、わたしのことばで幾分救われたらしかった。が、藤十郎様はーー

「んー、じゃあそうだな......」

 次のことばを聴いて、わたしは絶句した。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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