【聖夜に浮遊霊は何を思う~最終幕~】

文字数 5,172文字

 五村霊園ーーそこは都下でも最大の規模を持つ霊園であり、祐太朗と詩織の弟、和雅が眠っている霊園でもある。

 祐太朗はとある女性とともに並び立つ墓石の間を歩いていた。速水、野添、高城、武井、そして大原……、墓石にはどことなく見たことのあるような苗字が並んでいる。が、それも所詮はよくある同じ苗字に過ぎないだろう。

 その女性は、クリスマスイブに咳をしたことで老人に因縁をつけられていた、あのOL風の女性だった。

「ここです」

 OL風の女性はとある墓石の前で立ち止まり、祐太朗にいった。

 村山家の墓ーー墓石にはそう彫られている。その横には眠っている村山家の人の名前が彫られており、そこには充の名前も入っている。

 クリスマスイブから二日後の土曜日、祐太朗たちの元に一件の依頼があった。セーフティレベルはSーー即ち信頼できる依頼人ということだった。日時はその日の一九時、場所は兄妹の自宅ということになった。

 約束の時間五分前にその依頼人はやって来た。詩織が依頼人を出迎える中、祐太朗はソファでひとり読書に勤しんでいた。

「あれ……?」

 女性の声ーー祐太朗は依頼人に目を向けた。

 クリスマスイブの日、老人に絡まれていたあのOL風の女性だった。

「あぁ、アンタか」

「その節は、ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる女性に、詩織は不思議そうに「知り合い?」と訊ねた。

「イブに面倒なジジイに絡まれててな。おれが割って入ったんだよ」

「あの時は本当に助かりました。あの後、大丈夫でした?」

「まぁ、話のわかる警官が何とかしてくれてな。全然問題なかったよーーそれより、依頼ってのは?」

「それですが……」

「ほら、依頼人をいつまでも立たせてないで、座らせてあげなよ。さ、どうぞ、座って」

 詩織は女性をテーブル席に座らせると、祐太朗は女性の斜め前に座った。正面に座ると後で面倒だからだーー当然、詩織のことで、だ。

 詩織がキッチンでコーヒーを入れる中、祐太朗は早速女性に質問をし始めた。

「さて、この度はよく来てくれたな。『恨めし屋』の鈴木祐太朗だ。あっちは妹の詩織。で、アンタの名前は?」

「はい、『村山香緒里』と申します」

「村山?」祐太朗は口をぽっかり開けた。「もしかして、村山充の?」

「兄をご存知なんですか?」

「あぁ。二日前、一緒にいたからな」

 そういうと、香緒里は驚愕の表情を浮かべ、テーブルから身を乗り出した。

「兄は! 今、どうしているんですか!?」

「……となると、依頼は兄貴に会わせて欲しいってことか。そうなんだろ?」

「そうです! 兄はーー充は今……!?」

「充なら、二日前に成仏したよ」

 香緒里の表情が青ざめていく。そんな、と声を漏らし、力なく身を引く。

 祐太朗は香緒里にすべての事情を話した。香緒里が老人に絡まれていたすぐ傍に充がいたこと、充は恋人である美香に最後の別れを告げたがっていたこと、充は美香に自分の想いを告げて成仏したこと……。

 話を聴く香緒里はまるで怒られている子供のようにうつむきながら、目に涙を溜めていた。

「充は消えた。想いを果たして、この世から未練が消えたんだろう」

「そんな……! でも、じゃあわたしたち家族のことは……」

 香緒里のことばは次第に消え入り、そして途切れた。祐太朗は真剣な目で香緒里を見据えた。

「家族のことはどうでもよかったのか、だろ?」香緒里の目に涙が浮かぶ。「おれは確かに充が亡くなった場所で充に会ったっていった。でも、ヤツは本当にあそこにずっと留まっていたのだろうか?……充はずっとアンタの傍にいたんじゃないか?」

 祐太朗がそういうと、香緒里はハッとした表情を浮かべて顔を上げた。

「兄が……?」

「あぁ。充はきっとアンタのことをずっと見ていたんだろう。現に、あの男は、おれに妹がいるとわかると、自分にも妹がいるといって嬉しそうにアンタのことをずっと話してた。……その口振りは、まるでアンタのここまでの生活を見てきたように詳細で鮮明だった」

 これは祐太朗の出任せではなかった。事実、充は祐太朗と共に五村西に移動する最中や、西からセントラルエリアに戻る際に何度となく妹の話をしてきた。

「夜、唐突に訪れる寂しさで泣いていたことも、充が亡くなってから実家に戻って両親と暮らしていたことも、充は全部知っていた。きっと、ヤツは病院なり、葬式なり、どこかのタイミングでアンタに憑いたんだろうな」

「そんな……! でも、それなら、何故美香さんに憑かなかったんですか……!?」

「家族か恋人か、それを天秤に掛けるのは酷ってもんじゃないか?」

 祐太朗の質問返しに、香緒里は口をつぐんだ。祐太朗は更に続ける。

「これはおれの想像でしかないがーー充が彼女に別れを告げたかったのはいうまでもないだろう。だけど、同時に彼女への想いを絶ち切る必要もあった。その為に、彼女に取り憑かなかったんじゃねえか」

「どういうこと、ですか……?」

「確かに距離が離れれば、それだけ想いも強くなるだろう。でもな、ずっとくっついているといざ別れが来る時に踏ん切りがつかなくなる。それに、恐らくだが、充はあまり彼女の日常に深く踏み込みたくなかったんじゃないか」

「どうして、そう思うんですか……?」

「こんなことをいうと男女差別になるかもしれないが、男と女、二種類の性別がある以上、そこに考え方の違いも現れる。女はどこまでも相手のことを知りたがる生き物だ。でも、男は違う。男は過度に相手に踏み込むことを避ける傾向にある。それが例え、恋人相手でも」

「わかりません……、どうしてそんな……」

「男はプライベートを大事にする生き物だ。それに、自分が見たくない恋人の一面を見たとしたらどう思う? 生きていれば別れたり、距離を取ったりすれば済む話だが、幽霊ではそうはいかない。未練が消え、絶望の果てに成仏していくのは本人だってイヤだろう。ならば、自分の記憶にある美しい彼女のままであの世へといきたいはずーー違うか?」

 香緒里は力なく首を横へ振った。

「……納得いってないみたいだな」

「……だって、それなら兄はわたしたち家族に対しては何の未練もなかったってことでしょう? ならーー」

「何にもわかってねぇな」ため息混じりに祐太朗はいう。「どうして充がアンタに憑いたのかーーそれはアンタや両親が心配だったからだ。じゃなきゃ、別の誰かに取り憑いて、とっくに美香を探してるさ。充がアンタら家族に未練を残さなかった理由ーーというより未練が消えた理由は、アンタを介して家族をずっと見つめていたからだ。充はこうもいっていたーー」

 それは、祐太朗と充が五村西から戻る道中で充がいったことだったーー

「辛いことは沢山ある。でも、うちの家族なら大丈夫だと思うんです。確かにぼくがいなくなって悲しむことはある。でも、三人で支え合って生きている様を見ていたら、いつまでも心配してちゃダメだって。ぼくが家族にできることはもう終わった。後はぼく自身の問題だ。何とかして、彼女に別れを告げなければならなかった。それがぼくの最後の未練なんです」

 祐太朗が充のことばをリフレインすると、香緒里は声を上げて泣き出した。祐太朗は泣きじゃくる彼女を静かに見つめていた。

 香緒里の目の前に出来立てのコーヒーが置かれた。詩織ーー香緒里の背中をさすっている。

「いいお兄さんじゃないですか。うちのユウくんとは大違い」詩織は朗らかな声色でいった。

「何でおれの話になるんだよ」

「だって、ユウくん、あたしのことなんかほったらかしでパチンコにいっちゃうし、そうじゃなければ、何かトラブルに巻き込まれるか、幽霊を連れてくるかなんだモン」

「何いってやがる。パチンコは兎も角、トラブルと幽霊はお互い様じゃねえか」

「でも、ユウくんのほうがずっと多いよ」

「比率の問題じゃねぇ、事実の問題だ」

「そんなこといって、いっつもあたしに迷惑掛けるのはーー」

「仲、いいんですね」

 ふたりのケンカを割って香緒里が口を挟んだ。ふたりは口をつぐんだ。

「ごめんなさい……」詩織はいった。

「いいんですよ。わたしも少し取り乱してしまって、本当にごめんなさい。でも、羨ましいというか。兄は祐太朗さんとは違うけど、祐太朗さんがいいお兄さんなのには変わりないと思う。確かに口調こそ乱暴だけど、いっていることは厳しいようでとても暖かい。詩織さんも、祐太朗さんみたいなステキなお兄さんを大切に、ね」

 香緒里のことばに詩織は顔を真っ赤にし、トイレにいくといってその場からいなくなってしまった。祐太朗はソワソワしてどこか極り悪そうにしている。

「もしかして、照れてます?」

 さっきまで泣きじゃくっていた香緒里の顔にうっすらと陽の光が差していた。

「バカいうな。おれがそんな……」

「じゃなくて、詩織さんですよ」

「は?」祐太朗の顔が赤く染まっていく。「……そうだな。詩織は確かに照れてーー」

「祐太朗さんもですよ」クスクス笑う香緒里。

 祐太朗は何もいえなくなってしまった。

「冗談ですよ! からかってごめんなさい。わたし、どうも昔から友達や好感を持った人をからかっちゃう傾向があって。それに、祐太朗はさん、初めて会った時からいい人なんだろうなって思ってましたよ。確かに暴力を奮うのはどうかと思うけど、わたしを助けてくれて、本当に嬉しかったんです」

「いいさ、別に。別に……な」

「あぁ……、拗ねないで下さいよ」

「拗ねちゃいねぇよ」

「そうですか? なら、いいですけど。でも、今日は本当にありがとうございました。料金はどうしましょう?」

「料金? いらねぇよ」

「そうはいきませんよ。兄の話をしてくれて、こんなに親切にしてくれたんですから」

「とはいっても、別に何かしたワケじゃーー」祐太朗は何かを思い出したように声を上げた。「ちょっと、頼みがあるんだがーー」

 その頼みこそが、『充の眠る墓まで連れていって欲しい』だった。ちなみに、祐太朗の交通費ーーというより、香緒里が持つガソリン代ーーは、香緒里が払うといった料金と相殺という形になっている。

 充の眠る墓石の前に立つ祐太朗。いつも通りの粗末な格好ではあるが、変に改まればあの世の充も笑い転げることだろう。

 祐太朗さん、何ですか、その格好、似合わないですよーーとそんな具合に。

「本当ならひとりで来る予定だったんだがな」

「ひとりで?」

「あぁ、場所なら美香から聴いてた」

 そう。イブの夜に充が消えた後、祐太朗は美香から充の墓の場所を聴いていたのだ。美香は自分もいくといったが、祐太朗は拒否した。というのも、

「アンタがアンタの人生を歩み始めるのは明日からじゃない。今からだ。だから、今はうしろを振り返る必要なんかない。まぁ、もし、幸せを掴んで、ある程度落ち着いたら、充に報告がてら墓参りするのはいいかもしれないけどな」

 という意向からだった。美香は祐太朗のいうことに従った。その代わりーー

 祐太朗は懐から鎖状のチョーカーネックレスとふたつの大きさの違う指輪を取り出した。

「それは?」

「充と美香のペアリングと、充が美香に送ったチョーカーだ。美香は当分ここに来ることはない。その代わり、これを充の墓に備えて欲しいとのことだ」

「なるほど、ね」

 祐太朗はチョーカーにふたりの指輪を通し、村山家の墓に備えた。無言で合掌する祐太朗ーー香緒里もそれに合わせる。

「さてと、残りの料金はどうすればいい?」

 合掌し終えると、香緒里はいった。

「いったろ、交通費で相殺だって」

「でも、それじゃ足りないよ」

「んなこといってもな……」

「祐太朗さん、今から時間ある?」

「あるけど、何だよ?」

「一緒にごはんでもどう? 勿論、料金分はわたしが払うからお金は気にしないでいいよ」

「バカいうな。女にメシ代出させる男がどこにーー」

 祐太朗はハッとして財布を取り出し、中身を改めた。小銭で百数十円。イブにてパチンコとオカベのコーヒー代で財布の中身は消えたまんまだった。祐太朗はことばを失った。

「何だ、ないじゃん」祐太朗の財布を見て香緒里はいった。

「人の財布の中身なんか見んーー」

 その時、香緒里は祐太朗のジャケットの肩口を掴んだ。香緒里の上目遣いの視線が祐太朗を捉える。

「お願い……。今日だけはわたしに持たせてよ……」

「今日だけはって……、まるで次があるみてえじゃねえか」

「ダメ……?」

 沈黙が流れる。祐太朗はどぎまぎしつつ、半ば自棄になったようにいった。

「あぁ、わかったよ!……ご馳走になるわ」

「そうこなくっちゃ!」

 香緒里は満面の笑みを浮かべて、祐太朗にいこうと促し、ふたりは村山家の墓の前から立ち去った。

 年末の寒空に浮かぶ太陽がふたつの指輪に輝きを与えていた。

 【終幕】

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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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