【帝王霊~拾玖~】
文字数 2,212文字
すえたニオイが沈殿する小屋の中は、ボロボロの雑貨で溢れ返っている。
間取りでいえば二畳、広く見積もっても三畳といったところだろうか。狭苦しく、一畳分のスペースには薄汚れた毛布とその下に敷き詰められた古雑誌や古新聞の束が広がっている。
毛布は雑に取り払われ、ウェインけいじ、こと上井圭次はそんな古新聞も古雑誌の束の上に胡座を掻いて腰掛けている。
「不潔だな。女にモテないぞ」弓永は不快感を露にしていう。
「ほっとけ」と上井。「どうせ、今となっちゃ女を抱ける余裕はねぇんだ」
「まぁ、それはそうだろうな」
祐太朗はひとり苦虫を噛み潰したような顔をして室内を見回している。
ゴミ捨て場から拾ってきたであろう軽く欠けた汚れたコップ、本来は白かったであろうやや茶色くなった半袖のシャツ、長針の折れてしまった掛け時計、組み立てた段ボールは机代わりなのか、汚れた食器が置いてあり、段ボールの横には筆記用具やマンガ本のページを切り取った一辺が何枚か重ねられている。
「ニオう、とでもいいたげだな」
上井がいうと、祐太朗は首を横に振る。
「いや、そんなことは」
「無理すんな。顔に書いてある」
「……悪いな」
「いいよ。おれだって、ここまで堕ちたらそう思われても仕方ないと思ってるから」
「ハッ! 無様だな」
弓永がイヤミたらしくいう。
「お前、あんまそういうこというなよ」
と祐太朗。だが、上井はそんな弓永の態度に少しも不満な様子を見せることなく、
「いいさ。おれだって自分の立場を弁えてる」
「随分と大人しくなったモンだな」
弓永の冷笑にも、上井は特に動じることなく、落ち着きを見せている。
「……そんなことより、おれに何の用だ? 片方は五村署の刑事、だったか。で、アンタは」
「あぁ」と祐太朗。「祐太朗、鈴木祐太朗だ。今日らアンタに訊きたいことがあって来た」
「訊きたいこと。おれにも喋れることと喋れないことがあるぞ。それだけはーー」
「追われてるのか」
「……あぁ。ワケあってな」
「警察でもテメェのことは探してる。でも、そこまで真剣には探しちゃいない。テメェみたいな小物、捕まえたところで禄な手掛かりにもなりはしないからな」
弓永の煽りことばに、上井は少々語気を強めていう。
「アンタ、おれに何か訊きたいことがあってここまで来たんだろう? そこの祐太朗さんみたいに、少しは慎んだらどうだ?」
「あ? テメェ、誰に意見してんだ。売れない三流芸人が、如何わしい三流ベンチャーの社長とつるんで、結果この様とは、偉そうなことほざくのは堅気になってからいいな」
上井は親指で弓永を指しながら祐太朗に、
「コイツ、ほんとにムカつくな。祐太朗さん、少しは友達選んだほうがいいぞ」
「あぁ、いや」祐太朗は手を振る。「コイツは単なる同級生だ。こんなのが友達だなんて、流石に有り得ねぇよ」
「だろうな。正直、この警察の犬には進んで何かを話したいって気分にはならんね」
「あ?」弓永は上井の胸ぐらを掴む。「テメェ、さっきと態度を一変させやがって。テメェがここにいるって叫んでやってもいいんだぜ」
「……わかったよ。で、何が訊きたいんだ」
上井が訊ねると、弓永は懐から数枚の写真を取り出す。上井はそれらに目を行き来させる。
「これらの写真に写ってるヤツラな見覚えあるな?」
上井は右端の写真を手に取る。そこに写っているのは、武井愛だ。
「……あの女探偵か」
「武井愛、だ。テメェが成松に泣きついて襲わせた女だ。確か、不倫を暴かれた腹いせだったよな?」
「……よく知ってるな」
「この女をハメた事件に、おれも関わってる」
「……あぁ、アンタ、あの刑事か。殺されたほうはアンタの上司か」
「高城か。あの男はバカだったな。生計を立てるために昔の部下を売って、その果てに殺されるなんて、ギャグにしても笑えない」
「……そうだったな」
「で、その女と成松についてだ」
弓永は二枚目の写真を指さす。その二枚目の写真に写っているのは、件の成松蓮斗だ。
「成松はこの女をどう思っていた?」
「どうって、あまりいい気はしてなかったんじゃないか。アンタも知ってるだろうけど、成松さんとあの女はまったく逆の存在だ。成松さんとしても、自分の思うようにならない相手でメンツを潰されたってイラ立ちを隠しきれてなかったし、何かしらの恨みはあるんじゃないか」
「例の一件?」
祐太朗が口を挟む。と、弓永が、
「そのことなら後で説明してやる」と祐太朗にいうと、今度は上井に向かって、「それより成松が武井を恨んでるなんて初耳だな。まぁ、あの三流企業の気取ったクソ社長なら承認欲求だけなら人一倍って感じだし、逆恨みも可笑しくはないか。で、何でテメェは追われてる」
「単純な話だ。市長選は成功した。でも成松さんの死で、これまで成松さんに肩入れしていたヤツは二分された。片方は撤退。もう片方は責任を取れと残党狩りを始めた。特におれは成松さんから色々と事業を任されていたから、余計に追われるはめになったってことだ」
「なるほどな。そこでだ。三枚目を見てもらおうか」弓永は三枚目の写真を指す。「コイツのことは当然覚えているだろう?」
上井は写真を眺めたまま、
「忘れるワケがない」上井は表情を曇らせる。「佐野めぐみ。おれを破滅に導いた裏切り者だ」
三枚目の写真、それは、かつて佐野が祐太朗の監視に乗り出した際に、和雅が隠し撮りした佐野の写真だった。
【続く】
間取りでいえば二畳、広く見積もっても三畳といったところだろうか。狭苦しく、一畳分のスペースには薄汚れた毛布とその下に敷き詰められた古雑誌や古新聞の束が広がっている。
毛布は雑に取り払われ、ウェインけいじ、こと上井圭次はそんな古新聞も古雑誌の束の上に胡座を掻いて腰掛けている。
「不潔だな。女にモテないぞ」弓永は不快感を露にしていう。
「ほっとけ」と上井。「どうせ、今となっちゃ女を抱ける余裕はねぇんだ」
「まぁ、それはそうだろうな」
祐太朗はひとり苦虫を噛み潰したような顔をして室内を見回している。
ゴミ捨て場から拾ってきたであろう軽く欠けた汚れたコップ、本来は白かったであろうやや茶色くなった半袖のシャツ、長針の折れてしまった掛け時計、組み立てた段ボールは机代わりなのか、汚れた食器が置いてあり、段ボールの横には筆記用具やマンガ本のページを切り取った一辺が何枚か重ねられている。
「ニオう、とでもいいたげだな」
上井がいうと、祐太朗は首を横に振る。
「いや、そんなことは」
「無理すんな。顔に書いてある」
「……悪いな」
「いいよ。おれだって、ここまで堕ちたらそう思われても仕方ないと思ってるから」
「ハッ! 無様だな」
弓永がイヤミたらしくいう。
「お前、あんまそういうこというなよ」
と祐太朗。だが、上井はそんな弓永の態度に少しも不満な様子を見せることなく、
「いいさ。おれだって自分の立場を弁えてる」
「随分と大人しくなったモンだな」
弓永の冷笑にも、上井は特に動じることなく、落ち着きを見せている。
「……そんなことより、おれに何の用だ? 片方は五村署の刑事、だったか。で、アンタは」
「あぁ」と祐太朗。「祐太朗、鈴木祐太朗だ。今日らアンタに訊きたいことがあって来た」
「訊きたいこと。おれにも喋れることと喋れないことがあるぞ。それだけはーー」
「追われてるのか」
「……あぁ。ワケあってな」
「警察でもテメェのことは探してる。でも、そこまで真剣には探しちゃいない。テメェみたいな小物、捕まえたところで禄な手掛かりにもなりはしないからな」
弓永の煽りことばに、上井は少々語気を強めていう。
「アンタ、おれに何か訊きたいことがあってここまで来たんだろう? そこの祐太朗さんみたいに、少しは慎んだらどうだ?」
「あ? テメェ、誰に意見してんだ。売れない三流芸人が、如何わしい三流ベンチャーの社長とつるんで、結果この様とは、偉そうなことほざくのは堅気になってからいいな」
上井は親指で弓永を指しながら祐太朗に、
「コイツ、ほんとにムカつくな。祐太朗さん、少しは友達選んだほうがいいぞ」
「あぁ、いや」祐太朗は手を振る。「コイツは単なる同級生だ。こんなのが友達だなんて、流石に有り得ねぇよ」
「だろうな。正直、この警察の犬には進んで何かを話したいって気分にはならんね」
「あ?」弓永は上井の胸ぐらを掴む。「テメェ、さっきと態度を一変させやがって。テメェがここにいるって叫んでやってもいいんだぜ」
「……わかったよ。で、何が訊きたいんだ」
上井が訊ねると、弓永は懐から数枚の写真を取り出す。上井はそれらに目を行き来させる。
「これらの写真に写ってるヤツラな見覚えあるな?」
上井は右端の写真を手に取る。そこに写っているのは、武井愛だ。
「……あの女探偵か」
「武井愛、だ。テメェが成松に泣きついて襲わせた女だ。確か、不倫を暴かれた腹いせだったよな?」
「……よく知ってるな」
「この女をハメた事件に、おれも関わってる」
「……あぁ、アンタ、あの刑事か。殺されたほうはアンタの上司か」
「高城か。あの男はバカだったな。生計を立てるために昔の部下を売って、その果てに殺されるなんて、ギャグにしても笑えない」
「……そうだったな」
「で、その女と成松についてだ」
弓永は二枚目の写真を指さす。その二枚目の写真に写っているのは、件の成松蓮斗だ。
「成松はこの女をどう思っていた?」
「どうって、あまりいい気はしてなかったんじゃないか。アンタも知ってるだろうけど、成松さんとあの女はまったく逆の存在だ。成松さんとしても、自分の思うようにならない相手でメンツを潰されたってイラ立ちを隠しきれてなかったし、何かしらの恨みはあるんじゃないか」
「例の一件?」
祐太朗が口を挟む。と、弓永が、
「そのことなら後で説明してやる」と祐太朗にいうと、今度は上井に向かって、「それより成松が武井を恨んでるなんて初耳だな。まぁ、あの三流企業の気取ったクソ社長なら承認欲求だけなら人一倍って感じだし、逆恨みも可笑しくはないか。で、何でテメェは追われてる」
「単純な話だ。市長選は成功した。でも成松さんの死で、これまで成松さんに肩入れしていたヤツは二分された。片方は撤退。もう片方は責任を取れと残党狩りを始めた。特におれは成松さんから色々と事業を任されていたから、余計に追われるはめになったってことだ」
「なるほどな。そこでだ。三枚目を見てもらおうか」弓永は三枚目の写真を指す。「コイツのことは当然覚えているだろう?」
上井は写真を眺めたまま、
「忘れるワケがない」上井は表情を曇らせる。「佐野めぐみ。おれを破滅に導いた裏切り者だ」
三枚目の写真、それは、かつて佐野が祐太朗の監視に乗り出した際に、和雅が隠し撮りした佐野の写真だった。
【続く】