【帝王霊~拾漆~】

文字数 2,298文字

 あたしも人のことをいえた性質でもないと不意に思ってしまった。

 これまで散々、弓永くんのことを一匹オオカミだとかいって来たけれど、改めて考えると、あたしも一匹オオカミな人間でかつ、人から干渉されるのを嫌うタイプだということだ。

 こんなことをいうのは、これまでひとりで調査をしていたあたしに、ちょっとした相棒が出来てしまったからだ。

 その人の名前は鈴木詩織。そう、大原という偽名であたしの事務所に来た女だ。

 別にあたしが望んだワケじゃない。ただ、電話で弓永くんがいったのは、

「この件について調べるなら、詩織さんと一緒がいい」とのことだった。

 一見すると二十代前半の女子大生にしか見えないのだが、実際の年齢はあたしよりもふたつ上とのことだった。職業は相も変わらず不詳だが、その出自はとんでもないモノで、近年、何かと話題になっている『ハヌマン教』という新興宗教の教祖を親に持っているという。

 あたしの薄い知識でいうと正確な情報は一ミリも伝わらないかもしれないが、ハヌマン教はヒンドゥーとインド式仏教の教えから生まれた新しい信仰の形、ということだったはずだ。

 はじめは何となく胡散臭い雰囲気で、しかもかつて国内でカルト教団が起こしたテロリズムの影響で、新興宗教はおろか、宗教自体が下火になっている国であるにも関わらず、ハヌマン教はいつしかその勢力を強め、今では全国に支部を持つ、巨大な新興宗教となった。

 まさかそんなところのお嬢さんがあたしのパートナーを務めるとは驚きだが、詩織は何ともマイペースでおっとりとした印象だった。とてもじゃないが、バリバリに宗教を『運営』している家柄の出とは思えない。

 さて、そんなあたしと詩織だが、今、江田市にある高級タワーマンションの一室にいる。

 とてもじゃないが、あたしには家賃が払えるような代物ではなかった。だが、弓永くんの情報からして、この物件はある時を境に人の出入りが激しくなったというのだ。

 というのは、どんな富豪であっても、一週間程度で部屋を出て行ってしまうというのだ。

 別に部屋そのものが悪いワケではないらしい。見た目的には豪奢だし、広くて街並みを見下ろした景色が何とも素晴らしい。こんな部屋をお払い箱にする理由など普通ならないと思うのだが、ことはそう単純ではないらしい。

 その理由はまったくもって見当がつかなかったのだけど、不動産にて話を聴いてみてわかった。というのは、

 この物件は、所謂「出る物件」というのだ。

 出る物件。早い話が事故物件なのだが、この物件、かなり性質が悪く、話によれば、出るといわれている幽霊は一体や二体ではない、とのことなのだ。

 お陰で借り手は遠退き、高級タワマンの一室だというのに、その賃金は破格も破格といった激安な値段となっていた。

 まったくもって理解に苦しむ話ではあるが、実際に住んだ人がみんなしてそういっているというのだから間違いはない。とも思ったのだが、不動産に頼んで、実際に室内に入らせて貰ったらその理由が一発でわかった気がした。

 玄関をくぐったその瞬間に、体感温度が五度くらい下がったような寒気がしたのだ。

 唐突。確かに今のシーズンは寒いけど、この部屋に入った時に感じた寒気は、ただ寒いというのとはまたベクトルが違うというのが何となくわかる気がした。

 おまけに身体の中が粟立つような不快感も止まらないし、これは確かに住むには厳しいモノがあるかもしれない。

 しかも案内役の職員もこの部屋の案内は出来ればしたくないという始末で、部屋の外で待っているから自由に見てくれというのだ。

 まぁ、でもそのほうがあたしも詩織も好都合だ。何故なら、この部屋はーー

「アイちゃんはさぁ、好きな人とかいる?」

 唐突に詩織がそう訊ねて来て、あたしは思わず面食らってしまった。あたしが答えあぐねていると、詩織はリスがドングリをかじるようにクスクス笑い、

「大丈夫だよ、いてもいなくても可笑しなことじゃないからさ。ちなみに、わたしはねぇ、いるんだぁ」

 と自分のペースで話を進めて行く。胃がもたれてくる。事務所に来た時の感じは一体何処へ行ってしまったのやら。

 しかし、弓永くんもどうして詩織をあたしに同行させるべきといったのだろう。

 確かに全国区に手を伸ばしている新興宗教教祖の娘。その肩書きから、信者には手厚くもてなして貰えるだろう。

 だが、その程度だ。

 教祖の娘だからといってスピリチュアルな能力があるだとか、そんなことはないだろう。確かにそれっぽい言動もあるにはあったけど、それは恐らくあたしを動かすためのエクスキューズ、リップサービスといったところだろう。

 そもそも、この手の新興宗教はビジネスの形態のひとつであり、神の信仰なんて形だけだ。

 今の世の中、神は「金」という紙切れに姿を変えている。金こそが崇められ、下賎な民は平伏す。イエスを銀貨二十枚で売ったユダも、結局は金という神には勝てなかったのだ。

 それはさておき、だ。詩織はさっきからしきりにひとりごとを話しては笑っている。しかも、それがどうも「友達」だとか「大切な人」だとか、「好きな人」だとか、そんな話題でひとり盛り上がっているのだ。あたしにはそれが気になって仕方なかった。

「ねぇ、さっきから何ひとりで話してるの?」

「え? ひとりじゃないよ?」

 ワケがわからない。ここにはあたしと詩織のふたりしかいないのに。

「ひとりじゃないって、じゃあ他に……」

「だって、この部屋いっぱいに浮遊霊がいるんだもんッ!」

 あたしの体感温度が更に十度くらい下がった気がした。吐き気がして来た。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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