【マキャベリスト~初志~】
文字数 1,844文字
すべてが終わった時には何も残っていなかった。最後に残ったアウトローは誰ひとりとしていなかった。みな、死んでしまったのだ。
カオフンのオペルームを後にすると弓永は、佐武と合流し、これまで自分が辿ってきた軌跡を虚偽を交えて報告した。
その後、他県の埠頭と都内の廃ビルから大量の死体が発見された。弓永はその責任を追及されはしたが、状況が状況だったこともあって、深く言及されることはなかった。
弓永は科捜研に破り取ったシャツの一辺を渡した。そう、佐野の血液が付着した袖口だ。血液検査の結果、佐野の本名が発覚した。
佐野めぐみーー本名「真野悦子」は、その後、数々の殺人及び道路交通法違反、公務執行妨害等で指名手配された。
弓永は真野の個人情報を大鳩と武井に流し、更なる捜査を進めた。が、真野は、そう簡単に尻尾は出さなかった。
「どうしたんだよ?」ゲーミングPCに向かったまま大鳩はいった。
弓永は「忘れ物」であるハンカチを取りに大鳩の部屋を訪ねていた。大鳩は配信外でタイムアタックの練習をしているところだった。
「あ?……いや、別に」弓永が答えると大鳩は興味もなさそうに相づちを打った。「そんなことより訊きたいことがある。真野の依頼で助部の持っていたデータを消去したろ?」
「助部のデータ? いや」平然とする大鳩。
「惚けんな。お前ほどの能力があれば、他のデータベースをハッキングして情報を抜き取ったり、破壊したりすることは簡単だろ」
「まぁな。事実、得体の知れない女からそれっぽい話はあったさ。でも、それは助部のデータベースじゃなく、ヤーヌスと協力関係にあった連中が握っていた情報に関してだったよ」
「ヤーヌス以外の?ーー引き受けたのか?」
「受けたよ。金を積まれさえすれば、その手の仕事はすることにしてるんでな。おれだってボランティアでハッキングしてるワケじゃない。猛獣だらけのサファリを上手く抜けるには、猛獣が欲しがるエサを撒きながら進むしかない。でも、心配するな。アンタに不利になるような依頼は引き受けはしなかった」
「てことは、そういう依頼をされたってことか」
弓永が訊ねると、大鳩は意味深に笑った。
「心配すんな。お前がおれの家に忘れ物をする限り、おれがお前の敵に回ることはねえからさ」
大鳩の口調は穏やかだったーー
夜の五村のストリート、弓永はひとり武井と通話しながら歩いていた。
「……そう。あたしもダメだね。まぁ、佐野がそう簡単に尻尾を出すとは思わないけどさ。そもそも、埠頭で二発も弾食らって、海に落ちたんなら、無事では済まないんじゃない?」
武井のいう通りだった。脚と肩口に銃弾を受けた状態で海に落下すれば、まず無事ではないだろう。その後の捜査で死体が発見されていないとはいえ、もしかしたら今頃は海中深く沈んでいるかもしれない。もしかしたら、だが。
「とはいえ、相手はあの女だ。まずーー」
唐突に弓永は振り返った。その表情は緊張で引き釣っている。何もいなかった。弓永は顔を引き釣らせたまま、息をついた。
「どうしたの?」武井が訊ねた。
「いや、何でもない……」
何かが弓永の傍をかまいたちのように通りすぎた。弓永はそれを目で追った。が、そこには何もいなかった。
また何かが通った。そしてーー
「元気そうだね」
明るくもどこか妖艶な声。この声はーー
「やっぱり、生きてたか」
弓永の水晶体に、佐野ーー真野の姿がしっかりと映った。傷口はパンツスーツに隠れてどうなっているかはわからない。
「残念ながらね。でも、わたしを殺せなくて残念だったね」真野の表情には艶があった。「でも、バカだね。わたしを殺し損ねたら、アナタは不利になる。アナタの不祥事をわたしはいつだって公表できるんだからね」
弓永は不敵に笑ってみせた。
「でも、安心して。アナタみたいに手段を選ばない人はレアでね。秘密はまだ黙っててあげる。わたしもアナタも『似た者同士』なんだから。そうでしょ? マキャベリストさん」
そういって真野は踵を返した。
「待てよ。おれを見逃したら、後悔するぜ」
真野は首を傾けていった。
「今、わたしを見逃しても後悔するよ」
歩き出す真野ーー遠ざかっていく背中には一辺の弱さも見えなかった。弓永は真野を追い掛けることはしなかった。
「弓永くん! どうしたの?!」
電話口の向こうで武井が声を上げていた。弓永はスマホに耳を当て、再び口を開いた。
「本当にしょっぴくべきは真野じゃなくて、おれなのかもしれないな」
【幕】
カオフンのオペルームを後にすると弓永は、佐武と合流し、これまで自分が辿ってきた軌跡を虚偽を交えて報告した。
その後、他県の埠頭と都内の廃ビルから大量の死体が発見された。弓永はその責任を追及されはしたが、状況が状況だったこともあって、深く言及されることはなかった。
弓永は科捜研に破り取ったシャツの一辺を渡した。そう、佐野の血液が付着した袖口だ。血液検査の結果、佐野の本名が発覚した。
佐野めぐみーー本名「真野悦子」は、その後、数々の殺人及び道路交通法違反、公務執行妨害等で指名手配された。
弓永は真野の個人情報を大鳩と武井に流し、更なる捜査を進めた。が、真野は、そう簡単に尻尾は出さなかった。
「どうしたんだよ?」ゲーミングPCに向かったまま大鳩はいった。
弓永は「忘れ物」であるハンカチを取りに大鳩の部屋を訪ねていた。大鳩は配信外でタイムアタックの練習をしているところだった。
「あ?……いや、別に」弓永が答えると大鳩は興味もなさそうに相づちを打った。「そんなことより訊きたいことがある。真野の依頼で助部の持っていたデータを消去したろ?」
「助部のデータ? いや」平然とする大鳩。
「惚けんな。お前ほどの能力があれば、他のデータベースをハッキングして情報を抜き取ったり、破壊したりすることは簡単だろ」
「まぁな。事実、得体の知れない女からそれっぽい話はあったさ。でも、それは助部のデータベースじゃなく、ヤーヌスと協力関係にあった連中が握っていた情報に関してだったよ」
「ヤーヌス以外の?ーー引き受けたのか?」
「受けたよ。金を積まれさえすれば、その手の仕事はすることにしてるんでな。おれだってボランティアでハッキングしてるワケじゃない。猛獣だらけのサファリを上手く抜けるには、猛獣が欲しがるエサを撒きながら進むしかない。でも、心配するな。アンタに不利になるような依頼は引き受けはしなかった」
「てことは、そういう依頼をされたってことか」
弓永が訊ねると、大鳩は意味深に笑った。
「心配すんな。お前がおれの家に忘れ物をする限り、おれがお前の敵に回ることはねえからさ」
大鳩の口調は穏やかだったーー
夜の五村のストリート、弓永はひとり武井と通話しながら歩いていた。
「……そう。あたしもダメだね。まぁ、佐野がそう簡単に尻尾を出すとは思わないけどさ。そもそも、埠頭で二発も弾食らって、海に落ちたんなら、無事では済まないんじゃない?」
武井のいう通りだった。脚と肩口に銃弾を受けた状態で海に落下すれば、まず無事ではないだろう。その後の捜査で死体が発見されていないとはいえ、もしかしたら今頃は海中深く沈んでいるかもしれない。もしかしたら、だが。
「とはいえ、相手はあの女だ。まずーー」
唐突に弓永は振り返った。その表情は緊張で引き釣っている。何もいなかった。弓永は顔を引き釣らせたまま、息をついた。
「どうしたの?」武井が訊ねた。
「いや、何でもない……」
何かが弓永の傍をかまいたちのように通りすぎた。弓永はそれを目で追った。が、そこには何もいなかった。
また何かが通った。そしてーー
「元気そうだね」
明るくもどこか妖艶な声。この声はーー
「やっぱり、生きてたか」
弓永の水晶体に、佐野ーー真野の姿がしっかりと映った。傷口はパンツスーツに隠れてどうなっているかはわからない。
「残念ながらね。でも、わたしを殺せなくて残念だったね」真野の表情には艶があった。「でも、バカだね。わたしを殺し損ねたら、アナタは不利になる。アナタの不祥事をわたしはいつだって公表できるんだからね」
弓永は不敵に笑ってみせた。
「でも、安心して。アナタみたいに手段を選ばない人はレアでね。秘密はまだ黙っててあげる。わたしもアナタも『似た者同士』なんだから。そうでしょ? マキャベリストさん」
そういって真野は踵を返した。
「待てよ。おれを見逃したら、後悔するぜ」
真野は首を傾けていった。
「今、わたしを見逃しても後悔するよ」
歩き出す真野ーー遠ざかっていく背中には一辺の弱さも見えなかった。弓永は真野を追い掛けることはしなかった。
「弓永くん! どうしたの?!」
電話口の向こうで武井が声を上げていた。弓永はスマホに耳を当て、再び口を開いた。
「本当にしょっぴくべきは真野じゃなくて、おれなのかもしれないな」
【幕】