【冷たい墓石で鬼は泣く~死拾睦~】
文字数 1,084文字
久しぶりに死の恐怖を覚えた。
早すぎた。早すぎて見えないなどということはなかった。だが、見えたところで何の意味もなく、わたしの首が飛んでいたであろうことは同じだった。
わたしは何とか尻モチをついたり、うしろじさったりすることなく立ち続けることが出来た。だが、わたしが完全に退きの体勢にあったことはこの旗本から見ても、その従者たちから見ても一目瞭然だっただろう。
「......なかなか根性のあるお方だな」旗本がニヤリと笑っていった。「そうでもなければ、某を殺すことなど出来ないからな」
いや、根性だけではこの男を殺すことは出来ないだろう。根性なんてモノは前提条件であって、そもそも言及するのも憚れるといっていい。問題はこれだけの従者を掻い潜って、かつこのとてつもなく速いかまいたちのようなのが主であるということだ。仮に最初の関門を通っても、最後が地獄。つまりーー
「だが、アンタ。某を狙って何がしたかったのだ?」と旗本。
「貴殿を狙ったのではありません」
そのことばに嘘も偽りもなかった。だが、それを信じられない者がほぼ全員といった様子だった。足軽をはじめ、従者の武士たち、みな刀を抜いてわたしのほうへと注目していた。
「待て」旗本が力強く従者たちを制し、いた。「......わたしを狙ったのではない、とすると、何故手裏剣を投げた。結構な腕前と見るが、主が狙いを外したとはどうしても思えん」
「......アレです」
わたしはゆっくりと、狼藉と見なされないよう可能な限りゆっくりと腕を上げてある場所を指差した。と、そこには従者の武士がひとり立ちすくんでいた。右脚にはわたしの投げた手裏剣が突き刺さっていた。
「......アレは某の部下だが。あの者が何かしたというのかね?」
「殺気を感じたのです。あの者は何かを知らせに貴殿にお近づきになろうとした。そしてその時、左の親指は鯉口を切り右手が柄に走ろうとしていた。わたしを狙ったのではないでしょう。だとしたら、わざわざ貴殿のほうに向かうのではなく、わたしのほうへと向かって来るはずです」
「......なるほど。しかし、主ならあの者のいる場所でも容易に頭を撃ち抜けただろう。どうして脚を狙った?」
「絶命させてしまえば、それだけでわたしは打ち首モノです。たまたま貴殿に当たらず、向こうの従者の頭に刺さってしまった、と。そもそもわたしは人の命を奪うのは好きではないし、奪われる様も見たくはないのです。それに脚を狙えば命を取ることなく、かつ逃げることも出来なくなる」
わたしの説明に場は騒然となった。旗本はただ笑みを浮かべていた。
【続く】
早すぎた。早すぎて見えないなどということはなかった。だが、見えたところで何の意味もなく、わたしの首が飛んでいたであろうことは同じだった。
わたしは何とか尻モチをついたり、うしろじさったりすることなく立ち続けることが出来た。だが、わたしが完全に退きの体勢にあったことはこの旗本から見ても、その従者たちから見ても一目瞭然だっただろう。
「......なかなか根性のあるお方だな」旗本がニヤリと笑っていった。「そうでもなければ、某を殺すことなど出来ないからな」
いや、根性だけではこの男を殺すことは出来ないだろう。根性なんてモノは前提条件であって、そもそも言及するのも憚れるといっていい。問題はこれだけの従者を掻い潜って、かつこのとてつもなく速いかまいたちのようなのが主であるということだ。仮に最初の関門を通っても、最後が地獄。つまりーー
「だが、アンタ。某を狙って何がしたかったのだ?」と旗本。
「貴殿を狙ったのではありません」
そのことばに嘘も偽りもなかった。だが、それを信じられない者がほぼ全員といった様子だった。足軽をはじめ、従者の武士たち、みな刀を抜いてわたしのほうへと注目していた。
「待て」旗本が力強く従者たちを制し、いた。「......わたしを狙ったのではない、とすると、何故手裏剣を投げた。結構な腕前と見るが、主が狙いを外したとはどうしても思えん」
「......アレです」
わたしはゆっくりと、狼藉と見なされないよう可能な限りゆっくりと腕を上げてある場所を指差した。と、そこには従者の武士がひとり立ちすくんでいた。右脚にはわたしの投げた手裏剣が突き刺さっていた。
「......アレは某の部下だが。あの者が何かしたというのかね?」
「殺気を感じたのです。あの者は何かを知らせに貴殿にお近づきになろうとした。そしてその時、左の親指は鯉口を切り右手が柄に走ろうとしていた。わたしを狙ったのではないでしょう。だとしたら、わざわざ貴殿のほうに向かうのではなく、わたしのほうへと向かって来るはずです」
「......なるほど。しかし、主ならあの者のいる場所でも容易に頭を撃ち抜けただろう。どうして脚を狙った?」
「絶命させてしまえば、それだけでわたしは打ち首モノです。たまたま貴殿に当たらず、向こうの従者の頭に刺さってしまった、と。そもそもわたしは人の命を奪うのは好きではないし、奪われる様も見たくはないのです。それに脚を狙えば命を取ることなく、かつ逃げることも出来なくなる」
わたしの説明に場は騒然となった。旗本はただ笑みを浮かべていた。
【続く】