【藪医者放浪記~睦拾壱~】

文字数 1,053文字

 夕暮れ時、陽は沈み始め、松平邸の中庭はひわだ色に染まっていた。

 その真ん中で相対峙するのは猿田源之助と牛野寅三郎。それを端から見守るのは武田家の子息である藤十郎、そしてその対面にいるは如何にもやる気のなさそうな行き連れの清国人、リューであった。

 寅三郎の表情は何処か硬い。寅三郎も結構な技術を持っていると見受けられるが、猿田の刀の腕前を九十九街道にて目にしているせいか、何処か固かった。対する猿田は手を震わせており、その緊張の度合いが如何に高いかを伺わせる様子。だが、それとは裏腹に強張った笑みを浮かべていた。

 猿田が緊張するのも無理はなかった。相手は牛野の長男。弟である『牛馬』が鬼のような強さを誇った男であったが故に、同じ血を引いている寅三郎も並大抵の腕ではないと予想するのも無理もない。

「大変なことになってしまったねぇ......」

 まったく威厳のない様子で松平天馬はいった。もはや顔は青ざめて、夕陽の赤を受けても青さが浮き彫りになっていた。

「いやいや、大丈夫なんですか」

 となりに座っていた茂作がいった。天馬たち一堂は縁側にて腰掛けて中庭で行われる決闘の様子を見守ることとなっていた。本来ならば茂作のような者が松平天馬のとなりを座れるはずがないのだが、決闘前に天馬が、

「順庵先生、かたじけないが、となりにいて下さらんか。わたしは今にでも倒れてしまいそうだよ」

 というのだから、茂作も茂作で断ることも出来ずに天馬のとなりに座ることとなったのだった。本当のことをいえば、茂作はこの混乱に乗じて松平邸から逃げ出すつもりではあったが、天馬からそんなことをいわれてしまったが最後、お羊やらお涼、果てはお咲の君にまで引き留められてしまい、逃げる余裕もなくなってしまった。

「えぇ、わたしは大丈夫です」天馬はいった。「そんなことよりも先生、お咲のことは本当にありがとうございました」

 天馬は両手と額を地面につけて茂作に礼をした。松平邸の人間はそれを見てハッとし、茂作本人も表情を引き吊らせて、

「いえいえ、そんな! おれもご厚意でしたまででございますから!」

 と自分から厚意でやったなどという失言をしつついった。まぁ、茂作としてもこの度の件の真実が明るみになってしまってはすべてが台なし。それどころか身分を偽って旗本の邸宅内に入り込んだ狼藉者もして処刑されるだろう。そう考えたらーー

「それでは、双方とも前へ」

 今回の決闘の仲介をする守山勘十郎がいうと、猿田と寅三郎は前へ出た。

 空には闇が滲み出していた。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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