【藪医者放浪記~漆拾玖~】

文字数 1,028文字

 松平邸前ではふたりの男が待ちぼうけを食らっていた。

 片方は同心の斎藤、もうひとりは番屋にいた老人であった。斎藤の表情は少し強張っていた。斎藤は天誅屋とは関わりがないとはいえ、松平天馬が天誅屋をやっていることを知っている数少ないひとりだし、それに猿田源之助とも付き合いがあることもあってその事情のようなモノを知っていたこともあって、彼らに対して特に気を掛けていた。

 先程まで一緒にいたお雉のことも当然知ってはいたが、彼女が邸内に事情を知らせるために消えて行ったのは斎藤も承知の上だった。

 斎藤がやるべきは、兎に角時間を稼ぐことだった。まぁ、時間を稼いだところでどうにかなる問題でもなかったが、取り敢えず、この窮屈な状況も多少の時間があればまだマシにはなりはするだろうーー斎藤はそう考えていたようだ。

 何かとゴミゴミして騒がしく忙しい江戸での仕事を退いてからというモノ、ここまで面倒なことになったのは斎藤としても久しぶりだったようだ。剣術だけはその人生の中で大層な腕になったとはいえ、こういう急場にはどうにも慣れないーーそれが斎藤という男だった。

「にしても、遅いですねぇ」

 一緒にいた老人がいうと、斎藤は「はい?」と答えた。まともに老人のことばを聴いていなかったらしい。

「案内の人ですよ」

 来訪を告げてから少しばかり時間が経っていた。確かに広い屋敷とはいえ、主へと用件が伝わるのも、その答えが返ってくるのも遅すぎた。まぁ、今、邸内ではてんやわんやの状況になっているワケだが。

「......そうですね」

 同意はしつつも斎藤の表情はそうなることを拒んでいるのがまるわかりだった。と、突然ーー

「何するんだ!」

 その声と共に何かが斎藤の視界の端を横切った。斎藤が顔を向けるとそれは黒い着物を着た何者かで、手には老人の持っていた荷物があった。斎藤は何が起きたかわからないようだった。

「荷物を盗まれた! 何とかしてくれ!」

 こんな時に限ってモノ盗りが起きるとはつくづくツイていない。斎藤は呆れながらもモノ盗りを追うことにした。にしても、うかつだった。いつもなら狼藉者の気配などすぐに気づくだろうに、この時ばかりは老人と目の前で起きている面倒ごとのこともあって完全にそこまで意識が行っていなかった。

 しかし、流石に年である。65を少し超えれば、いくら剣の腕は達者でも走る体力はなくなる。斎藤は息を切らしながらもモノ盗りの後を追った。だがーー

 何かが可笑しかった。

 【続く】
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登場人物紹介

どうも!    五条です!


といっても、作中の登場人物とかではなくて、作者なんですが。


ここでは適当に思ったことや経験したことをダラダラと書いていこうかな、と。


ま、そんな感じですわ。

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